家族になる日
「ラミさんよ……頼む。あの子を……ナナを俺に預からせて欲しい……いや、俺が一生面倒を見る!ナナを俺に……任せてくれ!!!!」
戻るなり俺は真っ先にそう切り出した。カウンターに頭をこすりつけて……以前の軽薄な俺の言動を謝罪する所から始まる。
「……」
当然に視線は厳しい。昨日今日で言ってる事が二転三転している事についてなんと言われようとそれは仕方が無い事。全て甘んじて受け入れよう。けれどその後で俺は別の意味で頭を下げ続けよう。ラミさんが俺を認めてくれるまで……たとえどんな条件を出されようともナナの為なら俺は……
「分かりました。既に手続きの方は殆ど完了してますし……後はこの書類に目を通して貰っていくつかの誓約をして頂ければ養子関係が結ばれる事になります。」
「……え。」
「どうかしましたか?」
「……あ、え、いや……その、ん?なんか、聞き間違いと言うか……だいぶ途中の過程がすっ飛んだような気が……」
俺の予想だととりあえずラミさんに無責任な事を咎められてその後ナナを育てる気構えがしっかりあるのかを問われてそれすらもどうにか突破したうえでようやく手続きに入れるのだろうかなんて思ってたんだが……
「逆にレイナードさんの方から他に何かありますか?」
「……こないだと言ってる事が全然違うじゃないかとか……」
「そりゃああれから何日も経ってるんですし、気持ちが変わってもおかしい事じゃないですよね。」
「……そんな気持ちをころころ簡単に変えちまうような奴が本当にナナを引き取ってもいいのかとか……」
「そんな軽い気持ちでナナちゃんを引き取ろうと思っているんですか?」
「そんなはずは無い!!けど、俺がそう思ってても、ラミさんや他の人の目は……」
「逆に私が信頼出来ない人に任せるような適当な仕事をするような人に見えるんですか?」
「……あんた程自分の仕事に誇りを持ってる人は、そうそう居ないだろうと思ってる。」
「ありがとうございます。そしてそんな私はレイナードさんならナナちゃんをしっかり育ててくれると信じています。だから……任せてもいいと言っているんです。」
「……ラミさん……」
……現実は、想像よりずっと俺に優しい結果をもたらしてくれた。嬉しい反面……
「……どうして、そんなにも俺を……勢い任せで無責任な事を言っちまった俺を……一度は出来ねえって逃げ腰になっちまった俺を……どうしてそんな風に……信じてくれるんだ……?」
「今日までのレイナードさんの姿を見ていたら、ナナちゃんの事を真剣に考えているのがよく分かりましたから。」
「……っ……」
「……人を育てるのは大変な事です。ナナちゃんにとってもレイナードさんにとっても……だから一度立ち止まってしまったりするのは普通の事。悩んで悩んで……それでも育てていきたいって思ってくれたなら私はその真心を信じたいんです。」
俺のワガママをこの人は……それを真心と呼んでくれた。
「それに……レイナードさんの想いはきっと変わってなんていませんよ。あなたは最初から……ナナちゃんの傍に居ようとしてくれていました。あの夜の言葉……たとえ酔っていたからの言葉だったとしても……それは嘘じゃなかった。現に今のレイナードさんの想いがそれを証明しています。」
……
「……こんないつもと違う場所に急に連れて来られてどうしたらいいか分からねえ子を……どうして放っておけるってんだよ……だから俺が引き取ってそいつを立派に世話してやる……そんでもって元の世界にちゃーんと返してやるぅ!!!」
……
今になって、その言葉を思い出す事が出来た。
確かにその言葉に嘘など無かったつもりだ。
「あの言葉が……俺の……本当の想い……」
「私は、そう感じていました。本気のその想いが伝わったからこそ……ナナちゃんもレイナードさんを信じようと思ったんじゃないでしょうか。だから……これからは彼女のその信頼に応え続けてあげてください。それだけ私から……お願いします。」
「……約束する。きっと悲しい想いや不安な想いにさせたりしないと。一人で抱え込まなくちゃいけないようなそんな事もう……させねえ。」
「……それを聞ければ……何も心配はありません。」
そう言って、心の底から安心したような笑顔を浮かべてくれた。
……この人もまた、俺と同じように……いや、俺よりもずっと、ナナの幸せを願っているのだ。
そんなラミさんから託された想いを俺は……しっかりと守り続けなければならない。
「ナナちゃんの事……よろしくお願いします。」
「……ありがとうよ、ラミさん。」
……
「(決めるならさっさとしろよと思っていたら……なんという展開の早さ……)」
つい1、2時間前までうだうだとしていた男は戻って来るなりラミの所へ行って1対1で話をし始めた。その雰囲気からもただ事でない話な事ぐらいは察する事が出来たし、俺達の所へ来たナナから聞かされた内容を知ってその確信を得た。
今野郎が話しているのは、ナナの奴を自分が引き取りたいって話のようだ。何がそう決意させたのか興味なんて無いが……ラミがどんな決断を下すのかは少し関心があった。
「ナナもレイナードと一緒に暮らしたいんだね。」
「……迷惑かけちゃうかもしれませんけど、それでも良いって言ってくれて……とっても嬉しかったんです。」
「嬉しいですよね。ナナちゃんがレイナードさんを大好きなように……レイナードさんもナナちゃんを大切に想っていたんですから。」
……相思相愛って奴かよ。男女の間柄のそれでなかったにしろ……ちょっといけ好かねえ。
「本当は私も一緒にラミさんにお話するべきなんですけどレイナードさん……自分一人で話をつけるからここで待ってて欲しいって言ったんです。しっかり自分の言った事にケジメをつけなくちゃいけないからって……」
「……カッコつけやがってからに。」
「真っ直ぐなんですよ。とっても立派な事です。」
酔った勢いで口から出て来た事がまさかそのまま真実になるなんて世の中分からんもんだ。しかもそれが立派とはねえ……これが普段からの信頼度の違いってやつか?俺だったら絶対最低とか人間のクズとか言われるに違いないのによ……あー、面白くねえ。
「あ……レイナードとラミ、話し終わったみたいだよ。」
「……」
どっちともつかねえような表情しやがって……どうせ十中八九答えは決まっているというのに……くそ、意外な方の結果だったりしねえかな。
……
「レイナードさん……お話の方は……」
「……とりあえず……オッケーは貰えた。」
「(……ちっ、見え透いた結果だな。)」
「そ、それじゃあ……」
「……これから、よろしくって事になるんだが……」
「……」
この……どんな言葉が返って来るのか分からない絶妙な間と……
「……!!こ、こちらこそ……ふ、不束者ですがどうぞよろしくお願いします!」
……この溢れんばかりの喜びに溢れたその声と表情……俺は一生忘れないだろう。
「良かったですねナナちゃん。」
「私……喜んでもいいんですよね……!」
「うん!もちろんだよ!たくさん喜んでいいんだよ!」
「……はい!」
……嬉しい気持ちが少しと、複雑な気持ちが大部分。
「ちっ……随分回り道させやがってからに……けどまあ、決まっちまったもんは仕方ねえ……てめえ、言った事には責任持ちやがれよ。」
「……ああ。もちろんだ。ナナはしっかり俺が育てていく。」
「……ふん。」
こんな感じで発破をかけてやれば、嫌味を言いつつも、周りからは激励しているように見えるだろう。このぐらいの対応が落としどころって奴だろう。
「でもそうしたらナナもゴーバスに行っちゃうんだね……ちょっと寂しいなぁ。」
「いつでも遊びに行けますよ。私達冒険者ですから。」
「そだね。えへへ、自由っていいね。」
「楽しい雰囲気に水差すわけじゃないが……大変なのはこっからだろ。浮かれてばっかじゃ仕方あるまい。」
「……だな。ナナの育て方って奴をここで教わったりこれから必要になるようなものを買ったりしなくちゃいけないからもうしばらくはここに居るつもりだ。今まで戦いのやり方ぐらいしか知らなかったから……苦労をかけちまうのは目に見えてるが、少し辛抱してくれな。」
「その気持ちがあればきっと大丈夫です。後は気負い過ぎない事です。お互いゆっくり進んでいけば自然と上手くいきますよ。」
「あ、ラミさん!ありがとうございます!」
「私は大した事してないわ。ほんの少し書類やらなんやらの手続きを進めてただけだもの。」
「ラミさんいつレイナードさんが切り出してくれるか待ってたんですよね~?」
「……時間の問題だとは思ってたからね。望んだ通りの結果になって本当に良かったわ。」
どいつもこいつもこの野郎には甘いなぁ……どんだけ好かれてんだよ。
「明日からはナナちゃんと一緒に暮らす準備で忙しくなりそうですね。私にも手伝える事があれば何でも言って下さい。」
「ありがとうよ嬢ちゃん。一人で何とかしたいってのが本音ではあるが……多分色々頼んじまう事になると思う。何せてんで門外漢なんでよ。」
「知らない事を素直に知らないって言えるのは良い事です。私二人の為ならいくらでも協力します。」
「(……ぶす~……)」
「?どうしてシドそんな顔してるの?」
「……普通だよ。生まれつきこの面だ。」
「それじゃあ明日から忙しいなら……今日はまだ忙しくは無いんですよね~?」
「?と、言いますと?」
「そうしたら今日はみんなでナナちゃんとレイナードさんの家族記念のお祝いをしませんか~?」
「お祝い……!」
「!そしたら今日はみんなでパーティだね!パーッと遊んだり食べたりしようよ。ね、シド?」
そんな事したら俺までこの野郎がナナを連れてっちまうのを祝福したみたいで嫌になるが……かと言ってこの雰囲気をぶち壊しちまうのが大人げないってのも理解している。ここはグッと堪えて……少し大人な対応をするか……
「……場所はどうすんだよ。今から適当に探すか?」
「ここが良いよ!だっていつもみんなここで一緒に居るんだもん!」
「いやいや……ここは依頼所であってパーティをやるような場所じゃねえだろ?」
「え~……でもここがいいよー……ねぇラミ……ダメー……?」
「……私の立場的から言うと、こいつが言ってる事の方が正しいけど……でも、そうね。今日は……特別な日だものね。いいわ。」
「!本当!?わぁい!やったぁ!!」
「い、いいんですかラミさん……私の為にそんな事を……」
「いいのよ。大した事もしてあげられてないし……せめてこれぐらいはさせてちょうだい?」
「(ぱぁぁぁ……!!)」
見る見るうちに笑顔がこの場に溢れていく。そして俺はラミに近づいて耳打ちする。
「……おい。(小声)」
「何よ。」
「今日はやけに甘々じゃねえかよ……(小声)」
「確かにそうね。ま、気に入らないならこの事を上にでもチクれば?そのせいでお怒りを受ける事になったとしても私は今日みんなが喜んでくれる事の方が嬉しいから。」
「……文句なんかねえよ。」
こんな形で握った弱みが何の役に立つのか。そんな下らない事するぐらいなら俺も一緒になって提供された場で美味い物を食ったりした方が得だな。
そんなわけでかくしてすぐさまパーティの準備が進められた。依頼所の一画にてささやかなれど飾りつけをする奴だったり料理の材料を買ってくる奴だったりゲームやらおもちゃやらぬいぐるみやら場を盛り上げるものであろうものを買い込んでくるものやら……そんな奴らの動きを俺はずーっと見ていた。
「アンタも少しは何か手伝いなさい。」
「……」
適当に出て行ってあたかもプレゼントのゲームを買って来たかのように振る舞ってみせた。本当は俺が個人的に所有していたまぁまぁレアなゲームなのだが……こんな機会もそうそうあるものでも無いだろうと今日は大盤振る舞い気分だった。
ちなみに俺が帰って来た時ラミが俺を蔑んだような目で見て来た事は忘れない。忘れてやらない。




