その名を呼ぶ日
「ナナちゃんレイナードさんにとても懐いていますね~。」
「そんな事は……無いだろう。こんなデカい男、子供はきっと怖がるに決まってる。」
「そんなわけないじゃないですか~。そんな事言うなら私直接聞いてきちゃいますよ~?」
「あっ、ちょっ!!」
……ゲームをして楽しんでいる所に意気揚々と割り込んでいってしまった。
「ナナちゃんレイナードさんの事どう思ってますか~?」
しかもそんなストレートに!?もうちょっと遠回しに聞いたりしてくれよ……もしこれで素直に拒絶されたら……
「レイナードさんですか?いつもお世話してもらって嬉しいです。とっても優しいです。」
「……ぐはっ。」
俺が見えてないのか……恥ずかしげも無くそんな事を言う。子供特有の無邪気さがキツイ……
「それじゃあレイナードさんの事好きですか~?」
「はい!大好きですよ!」
「ぐはぐはっ……!」
……これはこれでキツイって……
「(あんにゃろう高評価を得やがって……)そしたら俺の事はどれぐらい好きだ?」
「シドさんは……はい。好きですよ。いつも遊んでくれてありがとうございます。」
「そうか……ならいい。(なんかあの野郎と比べて答え方が淡泊でわ……?)」
……やがて笑顔のままトテトテとこちらに戻って来た。
「今レイナードさんの事聞いてきたんですけど、やっぱり大好きって言ってましたよ~。」
「正直こっちまで聞こえてた……」
……人から嫌われるよりは好かれた方が良い。良い、けど……このパターンに関して言うなら実に複雑な気分だ……
「でもレイナードさんもナナちゃんの事好きですよね~?だから毎日依頼所に来てくれてるんですよね~?」
……気になってしまっているのは、もう、間違いなかった。あの胸のモヤモヤした感じの正体はあの子が原因だったのだ。
「……貰い手になってくれるって人の話はどれぐらい進んでるんだろうか。」
「ん~……結構進んでるみたいですよ~。今3、4人ぐらいの人が候補に挙がってるんですけど皆さん喜んで受け入れてくれるような感じだとかラミさん言ってましたね~。」
「……そりゃ、良い事だな。」
……ラミさんが決めた人選なら、間違いなんてあるはずも無いんだろう。
「レイナードさんもしかして……ナナちゃんの事、やっぱり自分が引き取ってあげたいって思い始めてますか~?」
ドキッ……と図星を突かれたこの感情を……否定は出来なかった。
「……」
「ふふ~。やっぱりそうでしたか~。」
「……だとしたら、自分勝手なもんだよな。勢いで引き取ると言っておきながらやっぱり出来ねえと断って……結局また同じ事を言い出したりして……振り回されるあの子は迷惑だろう……」
「そんな迷惑をかけてもいい存在って言うのがきっと家族じゃないですかね~?辛い事やわがままが言い合えるようになったら、それって絆ですよね~。」
……それを結ぶ資格が、俺には無い。
「……やっぱダメだな。こんな中途半端な気持ちで人一人の人生背負っていいはずがねえ……」
覚悟も決まってない奴に面倒を見るなんて言われたって……迷惑なはずだ。
「……きっとみんな、迷いながらだと思いますよ~?」
「……」
「迷わず救いの手を差し伸べられるのもとっても良い事ですけど、その人の事を想って必死に悩むのも……それはそれで素晴らしい事だと思いますよ~?私はレイナードさんの事応援しちゃいますよ~?それに……決めるのはナナちゃんです。ナナちゃんの事を真剣に想ってあげているなら、進む道の選択肢を増やしてあげてもいいんじゃないでしょうかね~?」
……身の程を弁えず俺なんかが、立候補しても良いのだろうか。
「それとも……生半可な気持ちで今も思い続けてるんですか~……?」
「……そんな事は……ねえ。」
最初こそ、何の想いも無かった。けれど数日であろうと共に過ごす事で俺の中に気持ちが芽生えた。
「……きっと俺じゃないもっと相応しい人ってのは居るんだと思う。俺なんかが引き取る事があの子の最良じゃない事は……理解してる。これは半分……俺のワガママでもある。俺があの子を……必要とし始めている……そんな、エゴなんだよ。」
……俺の知らなかった感覚。誰かと一緒に居て、あんな穏やかな時間がある事を、暖かな気持ちになれる事をあの子から教わった。受け取った。
……そんな時間をもっともっと過ごしていきたい。
……だからこそだ。俺が胸を張って言えないのは。
あの子の事なんざ実の所考えちゃいない。ただ自分の幸せの為にあの子を必要としているだけ。
「ナナちゃんと一緒だと、楽しいですか~?」
「……」
「だったら……レイナードさんが感じたぐらい楽しい気持ちを……これからずっとナナちゃんにも感じさせてあげたらいいと思いますよ~?」
「この……楽しい気持ちを……」
「自分だけが楽しいのはエゴかもしれないですけど……お互いがとっても楽しいならそれは幸せじゃないですか。」
「……」
「レイナードさんならきっとそれが出来るって私なら信じてますし、きっとラミさんもそう感じてますよ~。」
……俺は、らしくもなく葛藤していた。
……
「あんなデカい図体して何思い悩んでやがる。似合わねえし、らしくねえ。」
美人の悩みだったらいくらでも相談に乗るんだが見ての通りの子供も大人もビビるようなガタイの野郎だ。ただ単純に不快感を催す。
「多分ナナの事で悩んでるんだよ。」
「あぁ?まさか惚れたとかそんな恋煩いと言う話でもあるまい?」
「ある意味半分正解なのかもしれやせんね。」
……こいつ、しれっと出てきたな。なかなかに気配を掴みづらいんだが前職は何だったんだ……
「半分正解ってどういう意味だよ。」
「あの子を引き取ってあげたいってずーっと悩んでるようですなぁ……」
「引き取るって……まさかナナの奴をか?一回断ったじゃねえかよ。」
「ところが日を重ねていくうちにだんだん気持ちも変わっていってるみたいで、今もあの通りと。」
……ちらり。
「レイナードさん忙しいですか……?もし良かったらまた一緒にお散歩に行ってくれませんか……?」
「俺なんかとか?」
「レイナードさんがいいんですけど……ダメですか……ワガママですか……?」
……ひとしきり遊んでやった後ナナはどこに行くのかと思えば……あの野郎のとこに駆け寄っていったのだ。そして今はお出かけの誘い……見ようによってはデートに誘われている。
「ら、ラミさんよ、あんまりこの子を俺みたいな奴が連れ回しちまうのは……いかがなもんかな……あんま教育上良くなかったり……」
「いいと思いますよ。何よりナナちゃんたってのお願いですし。遠慮して自分のしたい事を言わないナナちゃんがそこまで言うなんてよっぽどレイナードさんと散歩に行きたいって事です。そんなささやかなお願い事を聞かない方がよっぽど教育上良くありません。愛がありません。」
「……(ちら……)」
「(キラキラ!)」
「じ、じゃあ、行くか……?」
「い、いいんですか!?!」
「あ、あんまり楽しませてやれないかもしれないぞ……?」
「一緒にお出かけするだけで良いです!ありがとうございます!」
「……」
ラミお得意の正論論法で何も返す言葉も無くなった野郎はそのキラキラした瞳に背く事も出来ず店から出ていった。
……俺は視線を元の場所に移す。
「あの通りべったりでさあ。」
「確かにあんな風に慕ってくれたら可愛くなっちゃいますよね。」
「……理解不能だ。よりにもよってなんであんな野郎に懐く事が……」
「私がシド様を好きになったりする事がある時点で人の心に常識なんて通用しないですよ。」
「それにレイナードは普通に良い人だもんね。強いし楽しいし優しいし。」
……微妙にシノの奴にディスられた気がする。
「だが……その時だけ可愛がるのとずっと面倒見るのは全く別問題だろ。」
「その通りでやす。だから……悩んでおられるんでさぁ……一度無責任な言い方をしちまったと後悔してるからこそそうなっちまうんでしょうね……」
「結局ナナはその事は知らないのにその事を悩んじゃうなんて真面目なんだね。」
「……育ててあげたいけど、その資格が無いと思ってるから辛いんですね……だから一緒に居たいけどさっきみたいにどこか遠ざかろうとしてしまう……一緒に居れば居るほど自分の大好きな気持ちを強く感じちゃうから……」
……やけに、寂しそうな顔をしている。あの野郎を気遣っているのもあるんだろうが……どこか自分への自嘲的な意味も感じさせる意味深な顔だ。
「(たまにこんな顔見せるよな……前は確か……)」
「……でもレイナードさんならきっと大丈夫だと思います。きっとナナちゃんを大切に……守ってあげられるはずです……私なんかと……違って……」
……最後の方はやや小声すぎて、聞き取れなかったのかタンザナイト達もそこに突っ込む事は無かった。
「(今のどういう意味だ……?)」
少し気に留めておこう……
「……何にしたって、ウジウジして進展する事じゃ無いならとっとと行動に移しゃいいだろうよ。そんでナナの奴にバッサリ断られりゃいい。」
「……実際の気持ちは、本人しか分かりやせんからね……」
「あんまり急かせちゃダメなんだよ。人を引き取って育てるかどうかを決めるのはそれだけ重要な事なんだから。」
「シド様は私の時は即決でしたね。」
「……まさかあんなにすんなり着いてくるとは思わねえだろ。」
誘い方もロクでもないものだったし……
「今となってはいい思い出です。」
まだ数ヶ月しか経ってないものを既に思い出に昇華している。
「今は暖かく見守りやしょう。きっと答えが出るまでもうさほど時間はかかりやせんよ。」
……引き取るか……
どうでもいいけど決めるならさっさとしろよと思う。
その心に確かなものがあるなら尚の事だ。少なからず互いに想いあうなら後はぶつけるだけじゃねえか。見ててアホらしい。
……
「レイナードさんはいつか自分の国に……ゴーバスに帰っちゃうんですよね……」
「……一応こんな男でも、待っててくれる奴らや仕事もあるからな……」
「色んな人に慕われて立派です。私もいつかこの町から離れる時が来るんですよね。いつまでもラミさん達のところでお世話になれないのも知ってます。」
……
「私のような色々至らない人を引き取ってくれる人が居たら嬉しいですけど、なかなか難しいですよね。」
……
「でもどんな所で生きていくとしても私、この町で過ごした事はいつまでも忘れません。この町で出会った人達の事……レイナードさんの事もずっと忘れません。」
……
「そしてもし今よりもっと大きくなれたら、その時はレイナードさんみたいなみんなから必要とされるような頼り甲斐のある優しい大人になりたいです。」
……
「俺が……」
「?」
「もし俺が、お前を引き取りたいって言ったら……どう、思う……?」
「……レイナードさんが……私を……?」
俺の、思い込みだとしても自惚れだとしても……構わない。言うべきタイミングがここじゃないなんて言われたってしゃあない。そういう空気を読む力なんて俺には無い。
「……俺みたいなぶっきらぼうで生活力の無い男がお前を……なんて笑っちまうか?」
けど言わずには居れなかった。だんだん遠ざかっちまう事が、その方が良いって理解してても……俺には出来なかった。
「……そうだよな。誰が聞いても冗談にしか思えねえよな。」
この胸に芽生えちまった気持ちを……押し殺してただ見送るなんて。
「……何か心残りだったんだ。これを言わないで別れる事になるってのがよ。」
……結果よりも、自分に正直になれた事を誇らしく思いたい。
「悪いな、せっかくの良い天気良い気分に水差すような話しちまって。」
「……」
小さな口をぽかんと開けている。気持ち悪いと思われてるかな……二度と近づきたくないって思われたか……だとしても、それでも俺に気遣ってか、俺の言葉に口を挟まず、最後まで聞いてくれた。それだけで、俺は十分だ。
「……ありがとな、聞いてくれて。」
……たった数日の付き合いだったけど、一生分感謝したかった。俺の知らなかった暖かさをくれたこの子に。そしてこれからの未来を、幸せを願って祝福を……
「れ、レイナードさん……待って、ください!私の返事……聞いてくれないんですか?」
「……女々しいって思われるかも知れねえが、やっぱり直接断られちまうのは……ちょっとだけ辛えんだ。」
「断るだなんて……そんな……こ、断ったり……しません!」
……やはり俺は、女々しい。そのハッキリとした言葉が無ければ、彼女から離れようとする歩みを止める事なんて出来なかった。
「……今……なんて……」
「……そのう……きゅ、急に言われちゃったから、少し驚いて、面食らっちゃって……だ、だって……私もずーっと、そうだったらいいなって思ってましたから……でも、私みたいな見ず知らずの子供を急に引き取るなんて……いくら優しいレイナードさんだってそんな事するはず無いだろうって……それにもしそうなったとしてもきっと散々迷惑かけちゃうだろうって思ったから私もその気持ちだけは……絶対言っちゃいけないって……ワガママ言っちゃいけないって思ってたから……」
不安じゃないはずなんて、無かったんだ。
見知らぬ世界に来て見知らぬ誰かの所に行く事に抵抗が無いなんて事、あるはずなかった。
「……お前は本当に、良い子だな。そんなに気を使わせちまってたとは……」
ただ必死に隠していただけだ。周りに心配をかけさせないようにと。
「……レイナードさん……」
「俺なんかの所で良ければ、一緒に来てくれねえか……?どれだけの事をしてやれるか、今でも正直想像はつかねえんだけど……けどこれだけは約束する。俺はお前が毎日笑って暮らせる為ならどんな事だってする。どんな事からもお前を守ってやる。お前が楽しそうにしてると、俺も何かこう……心が暖かくなるんだ。そんな時間を、これからは一緒に過ごしていってくれねえかな……」
……ついちょっと前まで、俺なんかには荷が重いと断ったはずなのに……我ながらなんて、単純なのだろう。
「いいん……ですか?私を……連れて行ってくれるんですか……?」
「……俺はそうしたい。」
「……ず、ずっと、一緒に居てもいいんですか……?」
「……一週間じゃ、俺には短すぎる。お前が俺に呆れて自分から出て行っちまうような事にならない限り……いつまでも居ていいさ。」
「れ……レイナードさん……」
……今日までずっと、自分の中にある恐れを押し殺していた彼女の心の奥底にようやく……少しだけ近づけた気がする。この溢れて来そうな涙がその……一歩の証明。
「……とりあえず散歩が終わったら、ラミさんに頼んでみようと思う。そこで断られちまったら今の話も無かった事になっちまうけどな。」
自虐的に笑わずにはいられなかった。昨日今日で意見を変えるような男に果たしてこの子を任せて良いのかと、そこはあの人の裁量だった。
……けど、簡単に引き下がろうとは思っていない。少なくとも数日前の勢い任せで言っちまったあの時とは違う。
この子の一生を背負って生きていく覚悟を……もう、決めた。
「私からもラミさんにお願いしてみます……レイナードさんと一緒に暮らせるように!」
「……あんがとな。」
この子の為であり、そして俺の為でもある。そんなワガママが通ったら……それってどんなに幸せな事なんだろうか。
「れ、れ……レイナードさん……」
「……?」
「あ、あの……まだ一緒に暮らせるかどうか分からないけどその……もし、どんな結果になったとしても、実はお願いしたい事があるんです。」
「……何だ?」
「わ、私の……な、名前を……」
「……その事か。」
まだ一度も、呼んだ事が無かった。
一度でもそう、呼んでしまったら、なんだか自分の中の歯止めが利かなくなりそうな気がしたから。
中途半端な気持ちで歩み寄ろうとした俺がこの子に近付くなんて、許せない事だったから。
「少し、腹が減ったな……何か食ってから帰ろうぜ。ナナ。」
「……あっ……は、はい!」
……どうにも照れ臭くて仕方が無かった。まるで、自分の子供のように思えてしまう事が。
でも……今度からは、その想いを背負い続けなければならない。
血の繋がりは無くとも俺は……こいつの親代わりなのだから。




