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7・旅の相棒

 聖剣の銘は《クルチュリア・ガウ》。

 翻訳すると、《神聖なる神の牡牛》だ。間違っても()牛ではない。

 それにしても、神のオス牛がどうして聖剣の銘になったのか。牛がどうした? 神様専用の騎牛なのか? 勇猛果敢な戦闘牛なの? と、オネェで無骨な聖剣を眺めながら、有希矢は溜飲を下げた。

 そんな有希矢の気持ちなど知りもせず、《クルチュリア・ガウ》は態度を一変させて己の来歴を二人を前に切々と語りだした。


 太古の昔、大森林を中心とした広大な縄張りを持つ狂暴な巨大魔獣が存在した。敵味方の関係なく、ただ殺戮と破壊を楽しむためだけに生きていた。その有様を見咎めた神は、討伐のために一人の英雄を遣わす。

 人間にしては異様なほどの巨躯を誇る英雄だったが、巨大魔獣の前では虫けら同然。敵にもならないと舐めて掛かった結果、一撃のもとに倒され死んだ。

 膨大な神力を宿した屍は、刃こぼれした英雄の両手剣の材料として使われ、彼の最後の時まで共に戦った。相棒だ恋人だと大事にされ、幸せな日々だった。

 しかし、英雄がこの世を去っても剣の継承者は現れず、神は悪用を避けるために大森林に神域を敷いて封印した。心清く正義を貫く者が求めた時、封印は解けるだろうと告げて。


『長い年月を孤独に過ごしたわ……。その間に何人もの素敵な漢たちが現れたけど、誰もアタシを攫ってくれなかった……』


 胸焼けを起こしそうな吐息混じりに話す聖剣に、有希矢はこっそりと肩を竦めて白目を剥く。


「ねえ、もしかして、その人たちに話しかけた?」

『当然でしょう? 寂しがり屋のアタシが口説かないわけないじゃないっ。積極的に売り込まなくっちゃ、パートナーになってもらえないでしょ!』


 有希矢の耳にはパートナーと聞こえたが、その声に含まれたどろりとした粘着性の甘さがまぶされると、どうしても《恋人》と変換されてしまう。

 《クルチュリア・ガウ》を見つけた男たちも、はじめは至宝を発見したと驚喜したはずだ。だが、人恋しさのあまり聖剣が話しかけ――きっと彼らも同じ幻聴を聴いたのだろう。ロックオンされているだけに、有希矢よりももっと胸が悪くなりそうな状況で。


「それが原因ね……」

「……だな」

『何よっ!? どこに原因が!?』


 刀身を震わせて有希矢たちにしつこく答えを要求したが、二人は固く口を閉ざした。


「それよりも、どうするの? 私が力不足なのもあるけど、その大きさじゃ持ち運びできないわ」


 何気なさを装って話題を切り替えた有希矢は、観光地に設置されたモニュメントのように意味もなく立つ聖剣をまじまじと観察する。埋まった部分を入れると、有希矢の身長と同じくらいの長さになる。その上、刃幅は有希矢をすっぽり隠すほどだ。

 二人と一振りは、口にしなかったがほとんど同時に同じ見解を持った。

 これでは、大盾にしか使えない。


『くっ、悔しいけど、今は我慢するしかないわねっ』


 厳しい現実を前にして、《クルチュリア・ガウ》は切歯扼腕する思いで己の主張を引っ込めた。

 今は、大森林から移動することだけを考えるべきだ。理想のパートナーを見つける機会は、きっと訪れるから、と。

 突如として銀色の刀身は溶け出し、見る見るうちに短くなってゆく。柄も鍔も粘土のように形を崩して、息を呑んで見入る有希矢たちの前で片手剣に変転した。

 またもや、聖剣の名を持つとは思えない素朴過ぎる片手剣に。


「すご……い。凄いよ!《クルチュリア・ガウ》」


 見るからに機能重視の剣だが、有希矢は喜色満面で褒め称えた。


『見損なわないでよ。アタシは聖剣よ? それとね、アタシのことはクルチェって呼んで。けっしてガウって呼ばないよーにね!』


 ことさら《ガウ》を強調して呼び名を正す聖剣に、巨大魔獣は牡牛型だったんだなと有希矢は確信する。

 巨大な牛魔獣の黒歴史といい、雄々しい姿の刀身といい、完全な荒くれマッチョでありながら中身は乙女という業に、世界は違っても魂の在り方に違いはないんだと感慨深く思う。

 不幸自慢なら負け知らずの有希矢とは対照的に、熊のようなチャウチャウのような謎の迷宮主は、心が狭かった。


「……ガ……クルチェよ。できるなら、はじめからそうすればよかろうが。無駄な時間を使わせおって、何を偉ぶっておるのやら」

『ぐっ……!』


 遂にはウルの嫌味が炸裂し、言い返す言葉を失った聖剣《クルチュリア・ガウ.》ことクルチェはそれきり静かになった。



 武器(クルチェ)を手にした有希矢は、上機嫌で大森林の中を進んでいた。

 剥き出しの剣を不憫に思い、鞘を作ろうかと有希矢が提案すると、クルチェは申し訳なさそうに断った。

 なんでも、せっかく移動しているのだから風景を感じ、己が能力を再確認したいからと話した。能力についても、神域内に封印されたせいで試すことすらできず、威力と加減に関して曖昧な記憶しかないのだそうだ。

 ウルと有希矢は、思わず顔を見合わせて首を傾げる。

 物である剣のどこに記憶が貯蔵され、思考し、話しているのかと。


「クルチェも不思議だけど、ウルも同様に不思議よね? どうやってその骨格で発声して喋ってるんだか」

「それを言うなら、そなたもだぞ。どうしてただの小娘の魂が、最上級の神力の塊でできておる肉に耐えうるのかとな」

「異世界……から来た……から? とか」

『え? アンタ、異世界から来たの? 召喚されて? それとも彷徨人?』


 そういえば自分の経歴を話していないことを思い出し、有希矢はクルチェに自己紹介がてら話して聞かせた。


「というわけで、あっちの世界で死亡したのは確定してるんだけど、こっちには召喚されたのか何なのか、はっきりしないのよ」

「アンタの話を聞いちゃうと、アタシって案外幸せなのねぇって思えるわ……。それにしても、その女神ってヤツ、許せないわねっ。それに《女難の呪い》なんて……アタシは乙女だけど、絶対にアンタの味方だからね!」


 話を聞いて同情し、自分のことのように憤ってくれる新たな相棒に、有希矢はすこしだけ胸の奥が疼いた。

 

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