6・似合いの剣
二人目(?)の相棒。女難の呪いの影響は……。
【索敵】機能を使い続けていると、三つのスキルがアクティブに変化した。練度が上がり、上位スキルが使用可能になったらしい。
彷徨い歩いてすでに半月になるが、アビリティ値は上がったものの攻撃スキルは一向に伸びない。ウルの指示に従って必死に魔獣に立ち向かいながらも、力不足と経験の浅さで、結局はウルが倒すか【俊足】で逃げるしかない。
それだけに、たとえ守備スキルであっても選択肢が増えた状況は、有希矢を歓喜させた。
【偵察】、【鑑定】、【隠蔽】の内、有希矢は迷わず【偵察】を使用した。
意識を向ければ、空中や地面内部など望んだ設定で偵察できる。見通しの悪い森の中では、敵の位置は把握できても地形情報がないのは厳しく、回避するにも行く先が不透明では、瞬時の判断ができずに足が鈍る原因になった。
有希矢は、上空からの偵察を楽しみにしながらスキルを唱えた。
だが、【偵察】スキルが展開された瞬間、残りのスキルがまたノン・アクティブに戻ってしまい、選択式だったことに考えが及ばなかった迂闊な自分を呪って肩を落とした。
一連の流れを黙って見ていたウルが、呆れたように鼻を鳴らす。
冷静さを欠いて興奮した恥ずかしさと腹立たしさに、有希矢は思わず八つ当たりしてしまった。
「知ってたんなら、教えてくれればいいのにっ」
「教える前に、ユキが先走ったのだが?」
「……怒鳴って止めてくれれば」
「お前の頭の中まで見通せん」
怒りにまかせて、ずんずんと足を進める。小型魔獣程度ならば、攻撃スキルと蹴りで撃退できるくらいには努力し、成長した。
この先に見つけた不自然な空き地に向かいながら、行き当たった障害を片っ端から蹴り上げて憂さを晴らした。
「ねぇ、変な空き地の中央に、何かあるんだけど」
「おお。それだ。ユキに似合いの聖剣が、神域に納められているのだ」
「はぁ!? 聖……剣って」
「まあ、行ってみるがよい。もうすぐだ」
有希矢の腕を蹴って降りたウルはそれだけ告げると、振り返りもせずに一目散に木々の間を駆けていった。
そこは円形に拓けた地だった。草木一本生えていない均された剥き出しの固い地面の中央に、巨大な石板が横たわっている。
そして、石板の上には一振りの大きな両手剣が突き刺さっていた。
ウルは聖剣と言ったが、有希矢には聖剣という呼び名とはかけ離れた粗野な印象しか感じない。
煌びやかさも静謐さもない、ただ長大で荒々しい気を放つ白銀の異物。
「これが聖剣……ねぇ?」
石板に上ろうとしているウルを、胡乱な目つきで見やる。
神域に聖剣。
どちらも法螺話でしかないように思えるほど、それらしい神聖さは何も感じない。
その上、片手剣を求めていたのに、有希矢の身の丈以上の長物を提示されても、自分が扱えると思えないでいた。
「悪いけど、私じゃ無理。長すぎるし大きすぎる。こんなのぶん回したら自分が怪我しそう」
「そうは言っても、剣が必要なのであろう?」
「必要だけど、身に余りすぎよ。大体、どうやって持ち歩けってのよ。さあ、行きましょ」
神に納められた聖剣と聞いて期待していただけに、失望は大きかった。
剣にではない。扱いきれないと納得するしかない自分にだ。
似合いだと言ったウルの心情が理解できず、何をもって似合いなんだと首を傾げる。自信をもって扱える技量あればと、と悔しくもなる。
これ以上ここにいては諦めきれなくなると自身に言い訳し、有希矢は石板を無視して後ろに広がる森林に足を向けた。
いまだ、森林地帯の終わりは見えない。奥に行けば行くほど、厄介な強さを持つ魔獣ばかりが襲ってくる。
盛大に溜息を吐いて、頭を上げた。
「ウルー! 行くよ!」
「ああ……」
石板の上でうろつく黒くべったりとしたモップに声をかけ、足を速める。
と、その時だ。
『ちょっ、ちょっとー! 触りもしないで無視って酷くない!?』
「え……?」
耳元で、誰かが喚いた。
言葉使いは女性的だが声自体は野太い男の声で、強引に裏声を作って話している感がありありだ。むしろ、努力の果てに身に馴染んだ癖のよう。
『アタシよ、アタシ! あんたが無視した剣よ!』
有希矢は足を止めると勢いよく身を翻し、油断なく構えた。
危険を感じると、手に握れる武器が心底欲しくなる。攻撃にも盾にも使え、心の拠り所にもなる。これも癖になるまで馴染んだ証だ。
拳を握ってスキルを選択し、視線を尖らせ周囲に走らせる。
『馬鹿じゃないの? 剣だって言ってんでしょ!! その目は節穴なの!?』
やはり、奇妙は喋りをする男の声が頭に響く。
有希矢は、この不愉快な口調と声に聞き覚えがあった。おもに、前の世界で見たテレビやネット動画の中で。
カノジョたちは、並みの女性より女性的だった。美しくあるための努力を惜しまず、好悪関係なく個性を前面に押し出していた。男であり女であり、性を拒絶しながらも己を受け入れて。
「オ……ネェ?」
『何よ! なんでそこで切るのよ! ちゃんと最後まで「オネエサマ」と呼びなさいよ!』
「お、お姉さまは……剣って、その聖剣!?」
『そうよ。やっと……やっとアタシを助け出してくれるステキで逞しい漢が現れたと思ったのにっ、なんで来たのがオンナなのよ……』
必死に人を呼び止めておいて、何て言い草だと、有希矢はムカッときた感情のまま踵を返した。
「すみませんねぇ! 逞しいマッチョ野郎じゃなくてっ。ご期待に添えないようなので、この辺で失礼します!」
肉体は男で心が女なら『女難』に分類されるのかと、有希矢は遠い目をして歩き出した。これから先は、男相手でも気は抜けないなと自戒する。
『え? ウソ! ちょっと、ねぇ! 単なる乙女の夢を語っただけじゃないっ。ちょとぉ! お願い、助けてよーーーっ!』
背後で上がる悲鳴――雄叫びに、有希矢は般若のように顔を顰め、拳を握ってぶるぶると震えながら足を止めた。
「ウル……どこが私に“似合い”だって?」
その震えは怯えているからではなく、怒りが全身を駆け巡っているからだった。