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*天の座* Ⅰ

 創造神ウィンベルグは、神の座にどっと腰を落とすと目を閉じた。

 永の留守は下位の神たちを焦らせたようだが、その甲斐あって成長を促したことだろうと呑気に構えていた。

 宙を生み、星を生み、世界を創造する主神たちの定例会議は、ウィンベルグにとって苦行でしかない。それでも顔を出すのは、世界を構築する上で必要な最新情報を手に入れなければならないからだ。

 文明が短いだの文化レベルが低いだのと、これ以上田舎者呼ばわりされるのは業腹だ。配下の神たちもそうだ。信心を集めることばかりに血道を上げ、神の名の下で何が行われているかを視ようとしない。


(格を上げるのは、何も信心だけではないのだがな……)


 一柱一柱が任された範囲をはみ出すことなく、より良くより豊かに生物を育む力を与えて見守るだけで良い。ウィンベルグは何度も教訓を口にしたが、目先の甘露に目が眩む者ばかりなのには、いささか疲れていた。

 そろそろ荒療治が必要かと、起爆剤になる切っ掛けはないかと考えあぐねていたところに、別の世界の主神が声をかけてきた。

 邪神堕ちした配下の呪いが飛び火して、罪なき者たちを穢してしまったと、別世界の主神は悲し気に語った。

 邪神の放つ呪いは魂の深い処まで浸透し、輪廻の渦で(すす)いでも容易には消滅しない。気が遠くなるほどの時をかけて、呪いの効力が落ちるのを待つしかない。

 疲れた顔で薄く微笑む老いた主神は、ウィンベルグの持つ世界のいくつかで保護してくれないかと頭を下げてきた。邪神から次元を隔てれば、途切れはしないが効力は薄くなる。すこしでも魂の摩耗を防ぎたいからと、力ない声が協力を請う。

 ウィンベルグは先達の頼みを快く引き受け、善は急げとばかりに受け取ったプロフィールにじっくりと目を走らせた。

 予定調和の報告など聞き流し、頭に記憶した情報を精査する。

 縁がある者同士は引き離し、なるべく寿命の長い種族を選び、転生する者は中流階級の家庭に、転移させる者には加護と助手をつけるようにと代行に指令を送った。

 

(これで彼の主神の世界のように、すこしは進化を加速できるやもしれん)


 帰還したウィンベルグは、嫌々行った集まりだったが結果的には出席して良かったと微笑んだ。他神の不幸の上に成り立つ好機だが、掴み取らなければ何も始まらない。

 だからといって、何もかもがウィンベルグにとって都合よくできているわけではない。

 異世界の情報は、時に世界を揺るがし破壊の種になる。創った神が違えば、込められた力量も違うのだ。蒔いて放置では、禍に変化しないとは限らない。

 しっかりと注視し、観測しなければ過剰な変化を見逃してしまう。芽を摘むのは簡単だが、大樹になられては修正も削除も一苦労だ。

 だが、ウィンベルグは配下を試すにちょうど良い機会だと考えたのだった。

(さてさて、経過はどうなっておるかな?)


 瞼を閉じたまま、配下の業務履歴と預かった魂の行方を追う。

 数多のスクリーンが起動しては消えを繰り返し、さまざまな情報が創造神の中に流れ込んでくる。

 と、突如ウィンベルグはカッと目を見開いて立ち上がった。

 暴風のような神威が噴き出し、混沌の海が荒れ狂う。


(あの大馬鹿者は! なんてことをしてくれたのだ!)




「アーラシェ、八割の能力を封印の上で最下級に降格だ」

「しゅ、主神様! それは酷過ぎます! わ、わたくしは良かれと思って」

「馬鹿を言うな! お前の成した行いは、下級使徒にも劣るわ! それとも、この世界を破滅に導くつもりでおったか?」

「違います! あの……あのような呪われ穢れた魂はきっと重き罪をと!」

「我がなんのために仔細を記したと思っている! お前のような愚か者がおるから、細心の注意を払うべく織り込んでおいたのだ。それを……」


 真っ白な空間の中で、ウィンベルグは足元に蹲る下位の一柱を睨み据えていた。一片の慈悲すら混じることのない冷酷な神威が、絶え間なく女神の背に降り注ぐ。

 頭上の主神と背後に控えたウィンベルグの片腕である上級神ラーディエンに、媚びるような上目遣いの眼差しが送られるが、そのたびに鞭のごとき冷気が白い背を打った。

 帰還した主神ウィンベルグにすこしでも良いところを見せようと、下級神たちはこぞって仕事に励んだ。

 そこまでは良かったが、他神からの預かりゆえにとウィンベルグが気を遣って詳細をつけたことが仇になった。

 魂の浄化を担う下級女神アーラシェは、逸る気持ちを抑えきれず神書にさらりと目を通しただけで、立ち合いの使徒もつけずに天の裁を行ってしまったのだ。

 彼女は、その魂の死の事情を魂が犯した罪と読み違えた。冷静な判断のもとに裁判を行っていたなら己が審判の矛盾に気づいたはずが、焦りと高揚感に舞い上がって判断を誤った。

 そして、結果がこれだ。


「お、お許しを! ただちに連れ戻し――」

「できるわけがなかろうが!! 迷宮へ墜とした者は、神力を持つ我らに手出しはできん!」


 迷宮とは天と地の狭間に存在し、神にも人にも干渉できない不可侵の領域であり、罪を犯した魂が悔恨しながら穢れを雪ぐ場として造られた。

 墜とされた魂は、人形の血肉を借りて欠けたり失ったモノを自ら集め、完全体に戻った時に輪廻の渦に還る道に導かれる。

 だが、罪なき者が落とされた場合――。


「で、では、どうすれば……」

「彼の者が己の魂魄力だけで、帰するのを待つしかない」

 

 己を救うモノを魂魄の力によってすべて見つけ出すまで、永遠に戦い続けるしかない。

 神の加護も人の願いも、迷宮には届かない。

 

「あの魂が帰還するまでに、我も正すべきを正すとしよう。でなければ、主神アドナイに申し訳が立たん」


 ウィンベルグは厳しい表情で一言告げると、アーラシェに背を向けてその場から去った。

 後には、最下級の使徒に降格された女神の哀願の叫びだけが空しく響いた。


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