27・異質な力
事の始まりは、一蹴りでやられたレインの一言からだ。
「先ほどは油断した。改めてお手合わせをお願いしたい」
憮然とした顔のレインの嘆願を有希矢は軽く了承した。
王女付きの騎士を一蹴りでのしてしまったのだ。条件反射とはいえ、近衛騎士を足蹴にしたのはまずい。たぶん、再戦を望んでくるだろうと予測はしていたが、見事に凹んだアーマーを修理に出すレインの、凹んだ心情があからさまに浮かぶ背中を見てしまっては、否とは応えられなかった。
そんな有希矢たちの間に、ゲオルグが割り込んできた。自分も仲間に入れろと。この申し出に有希矢はすぐに応えなかった。
ゲオルグとの手合わせは、今となっては無意味だ。『ロットバルト旅団』から離れた有希矢にとって、すでに信頼も信用も置いていない相手だ。何かが起こった場合を考え、手の内を見せる気にはならない。
単なる興味か、はたまた再度の試しか。
『それなら、アタシで試してみたらどう?』
クルチェの提案がなければ、悩んだ末に断っていただろう。
(いいの? 好みじゃないって言ってなかった?)
『そーゆー理由での提案じゃないわ。ユキが軽々と扱っているアタシをどうすることもできないって結果が出れば、手合わせまでしなくとも納得するんじゃない? それすら気づかない馬鹿なら、剣を交えるまでもないわ』
(……やってみる)
『加減を間違えるでないぞ。やりすぎれば其方の奇異さが露わになりすぎる。何者なのかと煩くなるぞ』
誰にともなく頷いた有希矢はすらりと聖剣を抜くと、ゲオルグに向かって眉尻を上げて微笑んで見せた。
「この剣は、私が大森林の奥で手に入れたの。謂われは《英雄の愛刀》銘は《クルチュリア・ガウ》。神に認められて聖剣に格上げされた一刀です。これを――まっとうに扱えたら進呈します。その上で、手合わせにも応じましょう」
剣先を閃かせ、是非も聞かずに地面めがけて突き下ろした。
有希矢の手が握りから離れた途端、剣の姿が変転する。細身の片手剣から巨大な両手剣に。
ズシッと重く篭った音がした。一瞬、土の地面が震える。これが乾いた土なら、土埃が舞い立っただろう。それほどの重量と覇気を備えた両手剣が地面に立ち、肉厚な刀身に陽が反射し、鈍く光っていた。
「これは……」
有希矢の身の丈を越えるほどの大剣を前に、レインとゲオルグは息を呑んで硬直していた。心なしか顔面が強張り蒼白になっている。
男たちの目はその物騒極まりない大物に貼りついたまま離れず、有希矢の口上に僅かでも不自然さを覚えていたら聖剣以上の驚愕に陥っていただろう。だが、所詮は戦いに人生をおく者たちだっただけに、《英雄の聖剣》を前にしてしまえば些末事だった。
飾り気は微塵もなく無骨なまでに簡素な造りだ。ただ、どう見ても扱える者を選び、その中でも一握りしか主にはなれないだろうと思わせるに十分な威風を漂わせる一刀だ。
ゲオルグの喉がごくりと鳴る。
英雄の愛刀であり、《クルチュリア・ガウ》の銘を持つ聖剣となれば喰いつかないわけはない。偽物かどうかなど、さきほどの変転を見れば疑う余地はない。
「触っても……いいか?」
「ええ、どうぞ。それを握って揮えるなら、お譲りしますよ。それが聖剣の意思ですから」
気安く勧める有希矢に、ゲオルグは一歩踏み出した。
背後の離宮から部下たちの囁きが聞こえ、有希矢はそちらに視線を送って戸惑った。離宮の玄関先はともかく、王女の護衛についているはずの者たちまで興味津々の顔を覗かせている。
そして。
「王女様まで……」
隠れていろとまでは言わないが、狙撃されやすいテラスに出て見物していた。
「今のところは俺が【索敵】しているから大丈夫だ」
指抜きの革手を馴染ませながら大剣を睨む男は、低く言い放つと両手で柄を握る。
緊張の瞬間のはずだが、有希矢は脳裏で「喋りかけないでよ……」とだけ祈っていた。あの声にいきなり話しかけられたら、勝負どころではなく魔剣疑惑で大騒ぎになりそうだ。
「フンッ!!」
気合と同時に巌のような巨躯に力が漲った。
花蜜の香りが立つティーカップを手に、有希矢は微笑みながら味わう。喉が渇いていたこともあったが、煩いオッサンが凹む姿を見ることができて気分がよかった。
案の定、ゲオルグはクルチェを地面から抜くことすらできずに終わった。いくら踏ん張っても微動だにしない聖剣を諦めたのは、柄を握ってから一刻ほどだ。
思いのほか粘ったなーとの感想は、有希矢とウルの口から漏れた。
その甲斐あってか、レインまでが手合わせを諦めたのには首を傾げたが。
「ユキ、貴女は結果を知ってて提案したのよね?」
「はい。聖剣自身が拒絶してましたから」
「まぁ……聖剣と意思の疎通ができるの?」
「仮ですが、一応持ち主であればできます。ただ……本当の主になるための条件が厳しくて……」
有希矢はそこでぴたりと口を噤んだ。
クルチェの上げる条件を羅列すれば、瞳をキラキラさせている王女の夢を壊すことになるのは目に見える。
あの巨大な両手剣を見て、持ち主だった英雄と言われて想像するのは筋骨隆々な巨躯の男だろう。そこまではいい。問題はその先だ。
いくつも並ぶ条件を聞いていく内に、誰もが首を傾げ、段々と可笑しな雰囲気に呑まれていくことになる。意志ある聖剣の望みが、どう聞いても女性からの結婚相手に求める条件じみた内容とは思うまい。
「……さすがは聖剣ね。仮であって扱えるユキも凄いわよ? で、その凄さは大森林の中で身につけたの?」
にっこりと意味深長な微笑みを向けて問われ、有希矢は「あちゃー」と肩を落とした。
至近距離で聞いたはずのレインやゲオルグすら忘れている様子にほっとして気を抜いていたのに、事はまだ終わっていなかったらしい。
(どーしよー……)
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