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25・王女の亡命

 有希矢は、バルコニーから見える遠く蒼い空を眺めた。

 ゲオルグから依頼された内容は城門前の警備だったはずが、なぜか宮殿に連れ込まれて試され、次は王宮の貴賓室だ。

 その上、内容がまったく異なっているのにはまいった。

 青空で目を休め、また室内に戻すと向かいに座る少女に留める。

 色彩は有希矢のような珍しさはないが、白に近い銀色の長い髪と紫の瞳は人目を惹く。加えて、純白の騎士服が興味をそそる。

 有希矢の目に、真っ白な光の塊のような少女は眩しすぎた。

 

 少女とお付きらしい騎士がひとり、そしてこの国の宰相が部屋に入ってくると、ゲオルグはいつもの厳しい表情で団員と有希矢を前に『警護の打ち合わせ』を始めた。

 騎士と共に少女の護衛をする、という内容だ。

 有希矢は目を細めて無言の訴えをしたが、ゲオルグは完全無視を決めて話を進めた。団員もすでに知っていたようで、誰も動ずることなくゲオルグの説明に耳を傾けていた。


「ディアローラ様の身辺警護には、騎士フォンドベルン殿を入れて三人。夜間は寝所に女ふたり。扉はフォンドベルン殿。外にふたり。残りは休息日だ。男女共に相談の上で順を決めてくれ」

「期間は?」

「今のところは二か月だ。以降は――」


 有希矢に肩を貫かれた剣士のラビリオが問い、ゲオルグはいきなり口ごもる。

 そこに、入室時の挨拶以来、沈黙していた宰相ベッケルンが重々しく口を挟んだ。


「仕事振りを見せていただいた結果で、以降の予定をお伝えする」


 一瞬静まり返った空気の重さに耐えきれなかったラビリオが「了解」と小さく返す。

 有希矢はそんな流れを一歩離れた気持ちで眺めていた。護衛のメンバーに含まれているが、騙し討ちのように話が進められているのだ。自分が了承した仕事内容と違うとなれば、このまま無断で消えてもいいんじゃないかと思えてくる。

 それにしても、と少女ディアローラを見つめた。


 ディアローラ・ギウド・カーライン。御年十三歳の隣国カーライン王国の第三王女。上に兄と姉がふたりずついる末子という話だ。

 王女ながら幼少の頃から剣を好み、兄王子達よりも貪欲に知識を求めた。城内では、誰が王子かわからないなどという不敬な噂が流れるほどで兄たちには煙たがられ、姉王女たちには品がないと爪弾きにされてきた。

 親である王や王妃すら彼女の王女らしからぬ言動に嫌な顔をするようになり、気づけば城内全体での冷遇が始まっていた。そこを王弟に救い出され、叛乱を起こす前に一時保護を求めて来た。

 王女とはいえ、十三才の少女だ。成人年齢が十六の世界だけに、まだ保護者のもとで育成される年齢に違いない。

 だが、有希矢の目にディアローラは『ひとりの大人の女』に映った。

 凛とした姿勢で取り囲む面々の話をじっと聞き、時おり瞑目して、何かを思案している。しかし、口を挟んだりせずに打ち合わせが終わるのを待っているふうだった。

 前世では中学に入学したばかりだなぁ、と感心する。

 携帯端末を手にオシャレや食べ物やゲーム、芸能人にアイドルに――親の稼ぎを使って楽しみを追いながら、学生の身分に甘んじて子供であることを謳歌する年齢。

 社会や事件は親の管轄で、自分のまわりはいつも安全で退屈だと錯覚していても許される。彼らの頭には、国や政治など存在しない。

 

(そう言えば、ねぇ、この国の名前って何?)

『今更何を……!? 其方はずっと知らずにいたのか?』

(だって、町の名前さえ知ってればいいかなーって? 誰も教えてくれなかったし)

『あー、アタシも知らないわ……。大昔はグレンバーラスって王国だった記憶があるけどぉ』

『……ここは、アドーラ王国という』

(なによー。引きこもりの割に正確な情報を持ってるんじゃない)

『愚か者が。ここに来るまでに人々の思考を探った結果だっ。余ほどではないにしろ、それなりの異能を所持しておるくせに使わぬ其方が悪いのだ! 怠け者めが』


 有希矢はウルに叱られて、確かにと自嘲する。

 魔法がいまだ馴染んでいないせいもあるが、のんびりした性格が災いして今必要ではないと考えると後回しにしてしまう。それが、前世では仇となったが。


「……キ……ユキ!」

「は、はい」

「お前、寝てるんじゃねぇぞ?」

「いやー、依頼されてた内容とのあまりの違いに、気が遠くなってました」


 ニヘラと締まりのない作り笑顔で有希矢が暴露で返すと、ゲオルグの肩が一瞬ぴくりと跳ねた。


「あら? わたくしの護衛としていらしたのではないの?」


 透き通ったハイトーンの声が、有希矢とゲオルグにかけられる。

 初対面の紹介すら宰相が行い、王女は胸に手を当ててわずかに膝を折った挨拶だけだったため、この発言で初めて彼女の声を耳にした。

 風情に見合う涼やかな声に、有希矢は屈託ない笑みを向けた。


「はい。王都の警備を依頼されたので受諾したのですが……」

「なんだ? お前はゲオルグの部下ではないのか?」

「違います。ちょっとした縁で知り合いまして、腕を見込まれて依頼を」


 今度は宰相に問われ、誰に遠慮することなく正直に答えた。その間にも、ゲオルグの面相が険しくなり、ついでにじんわりと威圧される。


「ならば、出てゆけ。契約違いと手を抜かれては困るからな」


 宰相はゴミでも見るように有希矢を一瞥し、手のひらを下にして振る。

 それに有希矢は黙って従い、椅子から立ち上がるとすたすたと扉に向かった。

 見た目で侮られるのは自覚した。ゆえに悔しいとか腹立たしいとかの感情はまったく湧かず、ただ、気疲れと鬱陶しい場所からすこしでも早く逃れたかった。

 縁はあっても、繋ぎ留めたいと思えるほどの情はない。アディとは、単なる一期一会だったのだと思えばすんなり納得できた。

 有希矢は扉の前で振り返り、一同に向けて頭を下げた。それがこの世界とは違う作法だとしても、染みついた習慣だ。


「お待ちなさい。王都の警備が依頼内容だと言うなら、わたくしの滞在先を警備することも含まれるのではなくて?」


 頭を上げかけた有希矢に、ディアローラから鋭い問いが投げられた。


「ええ……王都内でしたら、そうなりますね。でも、個人を警護する仕事とは――」

「では、わたしくと新たに契約しなさい。護衛として雇うわ。報酬は、そちらの二倍。どうかしら?」

「ディアローラ殿下!!」


 有希矢を雇うと言い切ったディアローラに、宰相ガルダズの制止が入った。


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