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24・なぜか宮殿

 長い回廊をひたすら歩かせられている。その一歩先をでかい図体が大股で歩いてゆく。

 ここは宮殿の一角で宮廷部分にあたるため、政務を担当する文官たちとすれ違うのだが、胡乱な目で見送る者や、ゲオルグに気づいて一礼する者と反応はさまざまだ。が、あからさまに興味深げな視線を向けてくるのは、皆一緒だ。通り過ぎても、有希矢の薄い背中にチクチクと刺さってくる。

 落ち着かず気詰まりな道行きに、有希矢の機嫌はじわじわと低迷しはじめていた。なんの説明もなく宮殿に入り、尋ねようとするたびに目線で押し留められてここまで来た。

 ゲオルグとは宿でおちあい、これから仲間と顔合わせするからと予定を告げられた。有希矢はてっきり旅団本部に案内されるのだと思い、確認することなく乗獣を跨いだのだが、着いた先に戸惑った。


「ゲオルグさん……」

「静かにしていろ。後で全部話してやる」


 意を決してどうにか声をかけたが、今度は言葉で押さえ込まれる。

 黙っていればいるだけ緊張で足が鈍りかけた頃、ゲオルグが足を止めた。両開きの分厚い扉をノックもせずに押し開き、すたすたと入ってゆく。


「待たせた。全員揃ってるな。では、始めるか」


 さながら、ここが旅団の本部であるかのような気軽さで声をかけ、室内にいる者たちを見回す。

 ゲオルグの大きな背中の端から有希矢が顔を覗かせると、三人の男とひとりの女の視線が集まる。どの顔も、やはり一癖ありそうな人物ばかりで、気後れを感じた有希矢はそろそろと首を引っ込めた。

 だが、その頭を大きな固い手が掴んで隠れることを阻む。


「その前に、こいつがさっき話したユキだ」

「ユ、ユキヤです。よろしく……」


 何をどう有希矢のことを話したのか、集まった視線はゲオルグとの温度差があった。冷たいというより、すでに冷めている。

 挨拶すら返されず、代わりに嫌がらせのように軽く威圧される。


『侮られておるな』

『仕方ないわよ。どー見たって小娘だものねぇ~?』

(ハイハイ。小娘でーす。……これでも二十代半ばなんだけどねっ)

『初見の印象って、大事よーぅ。似非小娘ちゃん』


 配下の冷淡な気配を無視し、ゲオルグは空席に足を投げ出し、両腕を組んで座る。

 だが、有希矢はゲオルグの斜め後ろに立ち、空いた隣席を引くことはしなかった。


「……座れ」

「お断りします」


 有希矢の放った拒否が合図だった。

 もっとも離れた席から短剣が、寸分違わず有希矢を狙って投擲され、追ってゲオルグの隣りに座っていた男が素早く剣を抜いて斬りかかってきた。

 だが、一瞬にして勝負は決した。

 クルチェを手にした有希矢は短剣を弾き、返す刃で迫った剣先を斬り折ると男の肩に一撃を突き入れる。弾かれた短剣は天井に施された花のレリーフに深々と突き刺さり、ぱらぱらと欠片が振ってきた。

 同時に男女が悲鳴をあげて、その場に崩れ落ちる。

 見れば、短剣の持ち主はウルに手を噛み砕かれ、ぼたぼたと滴る流血が元は指だった肉片と共に床を汚している。剣を抜いた男も、肩を押さえた手の間から血が伝い落ちていた。


「ラーヤ、治療してやれ」


 配下を不能にされたゲオルグに、僅かな動揺もみられない。組んだ腕さえ解かずに、強面をさらに険しくしているだけだ。

 ラーヤと呼ばれた女が、疲れた表情でテーブルに立てかけていた杖を手にして立ち上がる。


「なんで私が呼ばれたんだと思えば……こんなことのためだったんだね。やんなっちまう……」

「おおよその結果は解ってたが、確かめねぇと納得しねぇだろうが? お前らは」


 ラーヤのぼやきにゲオルグは不機嫌に返すと、残ったふたりの男を見た。

 しかし、ゲオルグの前にウルが陣取り、裂け目からべろりと黒い舌を伸ばして返り血を舐め取りだすと、さすがの傭兵団団長も肩を揺らして慄いたようだった。

 いつも有希矢が肩から下げた古ぼけた鞄に入っている謎の従獣。どこが頭で尻かわからない、艶やかな黒い毛玉。ほとんど動かず鳴き声すら立てない様に、ゲオルグはアディたちの報告を話半分に受け取っていた。

 だが、この魔獣を見誤っていた己の迂闊さを知り、苦い思いに舌打ちした。

 そんなゲオルグに、魔獣は赤い口をなおも引き上げて嗤う。


「死にたくなくば、侮るなよ? 人間。再び(こころ)みるようなことあらば、次は死がうぬらを迎えようぞ」


 地を這うような低い男の声が、目の前にいる魔獣から聞こえた。

 ゲオルグは反射的に背後の有希矢を振り返り、そこに佇む女を見上げて口を開きかけた。こいつは何だ!? どうして人の言葉を話す!? そう問い詰めるつもりだった。

 けれど、果たせずに唇を引き締めるしかない。

 先ほどまで不安げにしていた小娘は、氷のような無表情でゲオルグを見下ろしていたのだ。

 やはり、と脳内の隅でもうひとりの己が呟く。

 あの得体の知れない後悔は、気のせいではなかった。背中を悪寒が走り下りる。


「この話、なかったことにしましょうか?」


 若い女らしい硬質な声が、ゲオルグを正気に戻した。


「い、いや。ここまで連れてきて、なしにはできねぇ」

「わかりました。では、条件を追加しますね。以降、余計な仕事は増やさないでください。私もウルも寸止めは苦手なんで」


 言外に、次は確実に殺すと従獣の主にまで念を押され、ゲオルグは深く息を吐きながら頷いた。

 後悔しながらも、なぜ断ったのか己の思考が理解できない。わざわざ相手から、依頼をなかったことにするかとまで提案してきたのだ。契約書を交わしていないため違約金は発生しないし、断っても不都合はない。

 それどころか、胡散臭く危険な主従と離れられるのだ。

 だが、と理性が呟く。

 もし敵に回られてしまったら。

 それなら、傍に置いて監視だけはしておけば。

 傭兵団団長の中の天秤は、理性の言い分を支持した。


ストック切れ。今後は、不定期更新になります。

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