閑話・聖堂教会失墜の兆し
「彼女に何をしたんだ!?」
聖堂教会の一室で、外警隊の一員アッシャー・メビルスは激怒していた。
早朝に領主から呼び出しを受け、夜番との交代準備をしていたアッシャーは領主館に急いだ。
そして、知る。
聖堂教会側が、迷宮遺跡から来たという謎の少女に関して領主に一言も伝えていたかった上に、その少女が人知れず聖堂教会を去ったことを。
しかし、外警隊員としてアッシャーは隊長に報告を上げておいたはず。バルナスの内外守備隊は、全員が領主に雇われている身だ。些細な事でも上司に伝え、上司から領主のもとに日に一度は報告書が届けられる。
些細どころか、迷宮遺跡から来た少女を保護したなどという一大事は、早急に領主へ伝えられるはずだ――が、それすら届いていないとなると、外警隊隊長と聖堂教会との間で後ろ暗いやりとりが交わされた証となる。
アッシャーは領主に求められるまま、少女と出会った時点から聖堂に送り届け、そこで少女に天啓が下りたあたりまでの経緯を話した。訊かれない限りは一切の私情を挟まず、ただ淡々と事の流れをだ。
領主はしばらく熟考し、なんらかの結論に達したらしくアッシャーを伴って聖堂教会に出向いた。
祷司長アルケーに向かって領主は一言、少女の捜索に手を貸すことはできない、と告げ、返事を待つことなく踵を返すと出ていった。
残されたアッシャーは、一体何があったのかとアルケーに詰め寄った。己が保護し、聖堂教会に届けた責任がある。良かれと思ってやったことが、少女に仇名す結果を生みだしたらと思うと忸怩たるものが残る。
話を聞けば、少女が部屋から消え、聖堂内をくまなく捜したが見つからなかった。聖堂教会の衛士を何人か出して街を捜索した結果、それらしい女と出会ったという町娘を見つけたが、昨日起こった正体不明な濃霧の発生に驚き見失い、それ以降の情報は得られずに終わったという。
アッシャーは腹がふつふつと煮え滾ってくるのを感じ、奥歯を食いしばった。
短い間だが少女と接してみて思ったのは、経緯はともかく人として真っ当な常識を持つ人間だということだ。
その上、アルケー自らが口にしたはず。
「主神様の使徒かもしれん者に、貴様らは何をした!」
アッシャーの大喝は、アルケーを含むその場に控えていた者たちすべてをどん底に突き落とした。
忘れていたわけではない。ないが、見ればたわいないただの少女だった。尋ねれば素直に答え、逗留中にも我が侭や贅沢をするでもない。
ただ、神との会話や世界の理に質問が及ぶと言葉を濁すのが気に障る。話したいのに言葉が出ないといった学のなさと、品のない言葉使いに苛立った。
だから、聖堂教会の者たちは侮った。
神の言葉を正しく伝える力を持たぬ者なのだと。こんな小娘に主神はなぜ拝する権利を与えたのか。それなら、我々のほうが――などと、奢ってしまったのだ。
並ぶ面々の顔色は蒼褪め、誰ひとりとして正々堂々とアッシャーと目を合わせられる者はいない。
「祷司長殿、もうあなたに主神様からの神託は降りはしないだろう」
アッシャーはアルケーの耳元でそう囁くと、すぐさま聖堂を後にした。
その足で警ら隊本部に寄ると、副隊長に領主から下された命令を伝え、すぐに準備にかかる。
命令の内容は、少女を追えと。追って、何を成すつもりかを見届けよと。
「ヴァルワー副隊長、今日の午後に領主様から辞令が下る。心して拝命したらいい」
「おいおい。何だ? お前が領主様付き私兵に移動するだけだろう?」
「いや、もっと大きく変わる。……あんたも何となく気づいてることがあるだろう? それが原因だ」
アッシャーが自分専用の棚から私物を搔き集めている間、待機室の隅で書類をめくりながら朝食を喰らっていたヴァルワーは、つと手を止めて顔を上げた。充血した目を見開き、アッシャーの背を凝視する。
「……どうやって……だ?」
「あんたが尻尾を掴もうと躍起になっている間に、主神様が天誅を下した」
「隊長を、じゃなく、教会側から崩れたか……」
バンっと大きな音を立てて棚の戸を閉めたアッシャーは、ヴァルワーを一瞥すると外套を手に戸口に向かう。
「後始末が大変そうだが、頑張ってくれ。では、いずれまた」
「おい! いずれって、戻ってくるんだよな!?」
「戻っても、すでに俺は外警じゃないんだぞ。そこのところ、頭に叩き込んどけよ? 新隊長さん」
背後から男の野太い悲鳴とがなりが追いかけてきたが、アッシャーは鼻歌で耳を塞いで本部から走り出た。
すでに隊員に頼んで乗獣を引き出してもらっている。
今、考えなくてはいけないのは、まずどこへ向かうかと。
「朝飯は、どうするか、だな」




