23・王都 サディザール
森が平原や農地・牧地に変わり、こじんまりした家が集まる村が点在しだす。田舎の長閑な風景は背後に流れて消え、密集した街並みが遠くに現れた。
王都の端が見えたと同時に、広い街道に人や獣車が溢れはじめる。あちこちから街道に集まる道が増え、人も荷物も流入してくる。
流れの先を望めば、城塞都市バルナスではお目にかかれなかった様々な人種や従獣が、立ち並ぶ家屋の波の中に吸い込まれてゆく。有希矢はそれを興味深く眺めていた。
「外壁はないんですね?」
「あの辺りは外区と呼ばれててな、王都の外側にあたる平民が暮らす区域だ。防壁があるのは貴族街からだから、許可書を持たねぇヤツは先へは入れねぇんだ」
「へぇー」
人波に乗って外区に入り、石板が敷かれた大路を進む。
両脇にはびっしりと建屋が並び、そのほとんどが平民が営む商店だ。店先まで溢れる野菜や果物の籠。肉屋らしい店には、捌いたばかりの鳥が丸ごとぶら下げられている。その間に食堂や酒場が挟まり、また食品店が連なる。
すこし進むと、今度は布の束が山のように積まれた店がいくつも軒を並べ、布の卸しか服飾店だと知れた。
もの凄い熱気と活気に、有希矢は前世で見た大晦日の有名な商店街を思い出して、知らず知らずの内に微笑んでいた。
呪いを考慮してか、ゲオルグは『ロットバルト旅団』の本部には向かわず、小奇麗な宿に乗獣を停める。当分の間この宿で寝泊まりして欲しいとの求めに有希矢は頷き、夕食時に迎えに来ると残してゲオルグは出ていった。
有希矢の手には、ゲオルグから渡された重い革袋。これで身なりと装備を整えろと言い渡され、自分の服装をあらためて見直した。
相変わらず汚れも臭いもつかない真っ白な上下に、薄汚れてほつれが目立つマント。縫い付けられた衛士の徽章も擦り切れて、一見しただけではわからなくなっている。
「……言われるほど酷いかなぁ?」
『酷いに決まってるでしょ!! 酷過ぎよ! アンタ女でしょ! まったく……アタシがお見立てしてあげるから、行くわよ!』
クルチェに急かされて宿を出る。出がけに必要な店の情報を宿の従業員から聞き出し、【レーダー】を縮小展開して目的の店に向かう。
「あ、ゲオルグが表示されてる。ここが……旅団の本部?」
脳裏に浮かんだ王都の地図上に青い丸印がひとつ。その周囲を囲むように複数の青点が重なっていた。
そして気づいたことがある。今まであまり気にしていなかったが、地図上に映し出される生物の表示は、有希矢に無関係の場合は背景色に近い灰色で、関係がある及び有希矢が意識した相手のみ色表示され、行動が追尾されているのだ。
例えば、ゲオルグとは縁ができた。そのゲオルグが旅団の本部に帰還して団員たちに有希矢の話をする。その時点で、間接的ながら関係が生まれ、こうしてレーダーに表示される。
(変な感じ……)
知らない者が自分を知っている。それを人の口からではなく、魔法スキルで知るとは。さながら覗き見している気分だ。
『あーら、ここね。まずは服装からよ!』
クルチェの声で我に返り、目的の服飾店に視線を移した。
その後が大変だった。
貧乏だったが、普通に年頃の女としてブティック巡りや買い物は嫌いではなかった。ブランド物や高級品をほいほい買える身ではなかったため、シンプルながら組み合わせが色々と楽しめる手頃な価格の服を探すのだ。
それだけに、他人にあれこれ厳しい意見を飛ばされながらの買物は、精神力がガリガリ削られ、店を出た時には宿に戻りたくなっていた。
しかし、相棒たちはそれを許さない。
『次は装備か。衣よりもより厳しく選定せねばならぬぞ?』
『まっかせなさ~い! アンタの場合は軽さ重視ね。上物もマントよりはコートがいいかもぉ』
(ローブじゃなくて、コートなんてあるの?)
『あるわよぅ。ローブは元々魔術師が好んで着てるだけでぇ、大昔から裾の長い上着みたいな防寒具は作られてたわよ?』
のろのろと足を進める有希矢の腕の中で、珍しくウルが発奮している。前足らしい部分で踏ん張り、胸を張っているつもりらしい。
有希矢は諦めの気分で、武器屋に直行した。
結局、ゲオルグと約束した夕方までかかり、どうにか必要最低限の防具と武器を揃えることはできた。
白い上下をアンダーにして装備できることを前提に、薄皮の内着に胸部だけに金属の入った胴着、収縮性のある皮を使ったジョッパーズにウエストコート。長短ダガーを各一本ずつと斜め掛け剣帯。
そこで揉めに揉めたのが、クルチェの鞘だ。
鞘は邪魔だと主張していたクルチェだが、別に抜身でなくても周囲を視ることができるらしい。言い合いする中でぽろっと漏らしてしまい、有希矢は問答無用で鞘を購入した。ただし、クルチェの気に入った材料で特注となったが。
胡乱な視線を送ってくる武器屋の主人に居たたまれなくなった有希矢は、支払いを済ませると這う這うの体で宿に逃げ帰った。
「ほう……見違えったな。どうにか新人傭兵くらいにはみるぞ?」
「傭兵にはなりませんからっ」
ニヤニヤと有希矢を眺め回すゲオルグを涙目で睨む。が、小娘の不機嫌など鼻にもかけない傭兵団団長は、夕食がてら今回の依頼に参加するメンバーを紹介すると誘った。
「何か、好きな物はあるか?」
「美味しいお酒が飲みたいです!!」
ほとんど自棄で答えた。




