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21・騒動

「じゃあ、一口食べてみて?」


 有希矢は、女団員に言う。

 女友達にちょっとお願いする時の、茶目っ気まじりの笑みと口調で。

 そのくせ裏では、ウルと神の加護による警告に従って【鑑定】と【レーダー】を行使する。

 器の中には穀物と肉が柔らかく煮込まれたスープが入っており、起き抜けの空腹を十分に刺激するよい匂いと湯気が立っている。

 傭兵団などという物騒な集団の中で、ささやかだが平穏で幸福なひとときだ。実際に、先ほどまで張りつめていた空気は緩み、強面の団長や女副団長の表情も和らいでいる。

 だが、それも有希矢が不意に放った一言で台無しになった。

 にこやかに給仕していた女傭兵は、思い切り顔を顰めて有希矢を睨んだ。


「あたしに毒見しろっての?」

「ええ」

「なんだい!? 昨夜のことを根に持って、団長たちの前であたしに恥をかかそうって魂胆なの!?」


 それ見たことかとゲオルグをちらちら横目で見つつ、女は大げさなほど声を張って反撃する。

 だから、有希矢は首を傾げた。


「恥をかかそうって、何もなければ問題ないでしょう? むしろ、このまま私がコレを食べたら、恥をかくどころじゃない騒ぎになるって理解してる?」


 突如として始まった部下と有希矢の言い合いに、面食らったのは上司ふたりだ。

 決定的なことは口にしていないが、有希矢の物言いはどう聞いても『用意された食事に毒が盛られている』と匂わせている。それも、部下が毒入りを承知で運んできたとまで指摘しているのだ。


「あのね、私は【鑑定】スキル持ちなの。ちょっとした事情があって、常日頃から警戒しないといけない身なの。特に女性相手はね」


 有希矢はちらりと視線を器に投げ、また女に戻す。

 紛うことなく毒入りスープと結果が脳裏に浮かんでいる。その毒がどんな成分かなど詳細までも。


「ちょっ、ちょっと待て!!」


 悲鳴じみた怒声が、女と有希矢の間に割って入った。

 ゲオルグが椅子を蹴立てて立ち上がり、有希矢の前に置かれた器を指さす。


「こいつに、毒が混入していると言うんだな!?」

「そうです。ガーライムという名の猛毒ですね。蛇型の魔獣から採取するんだとか?」


 淡々と毒の名はおろか()()()まで告げた有希矢に、他の三人は瞬時に血相を変えた。

 口にした後なら毒の名や詳細に思い至ることもできるが、無味無臭の毒入り料理を一見しただけで言い当てるのは、それなりのスキルを持っている証だ。

 毒入りだと知っていて運んできた女まで顔色を変えて絶句するに至って、有希矢は無言で席を立つと扉に足を向けた。


「あ……あたしは……も、猛毒だなんて……ただ、ちょっと痺れるだけって……」


 女は、呆然としながら告白をはじめる。毒を入れたのは自分ではなく、意地悪の延長で痺れ薬だと聞かされて運んできたと。

 それが、単独の犯行ではなく複数の団員が関わっていることを白状している自覚もないまま。

 背後で、ゲオルグとアディが息を呑む音がした。



◇◆◇



 フォルショーの市場は早朝から賑わっていた。

 さすがは商人の町だけあり、人も多いが荷車はもっと多い。人の列に突っ込んでいく荷車を、皆上手く躱して文句を言うような野暮な輩はいない。

 活気と屋台の匂いに誘われて、ウルが辛い味付けの肉串をねだる。

 有希矢は酒を、ウルは人の食う料理の味に目覚めてしまった。いつの間にと訊くと、傭兵の野郎共からの貢ぎ物だったらしく、試しに食してみたら思いのほか旨かったと。

 屋台の果実酒を飲む有希矢に、ウルが文句を言う。


「其方が食えなくとも、余に貢げばよかったろうに!」

「だって、私と同じで食べなくても大丈夫と言ってたじゃん。食べたくても食べられない私に対する嫌がらせ!?」

『アンタたち! 意地汚いわねっ』


 わーわーと言い争いながらも、有希矢が食べやすいようにと串の先に集めた肉に、ウルは満足そうに喰らいついた。

 そこへ、人波を掻き分けてアディが走ってきた。

 見つかっちゃったーと笑いながら、有希矢は追ってきたアディに町を去る旨を告げた。だが、団長自ら謝罪したいからと、土下座する勢いで引き留められてしまっては振り切ることもできない。


『あっまいわねぇ……これだから小娘はダメなのよぅ』

(でもさ、私がここで逃げたら、クルチェは団長ともお別れになるよ? いいの?)

『あーーーーっ! そうね! 謝罪くらいはしてもらわないとね!』

『女とは、斯くも浅ましい……』

『煩いわね! アタシの旦那様候補なのよ!?』


 お気楽な相棒たちに呆れながら、重い足取りでアディの後ろをついてゆく。 



 『ロットバルト旅団』は今や大混乱真っ最中だ。命を奪うことを生業にしてはいるが、理解できない理由で罪のない人間の命を狙ったのだ。それも、団長の前で副団長が招待した客の命をだ。

 暗殺集団ではないのだと、アディは有希矢に言い繕った。


「仕方ないわ。これが私にかけられてる呪いの影響だから」

「これが、かい!?」

「アディも、彼女たちの様子をおかしいと思ってたでしょう?」

「あ……ああ。あんな子たちじゃないんだよ……」


 アディが向かった先は定宿ではなく、ギルドの二階だった。

 相談や会議のための小部屋がいくつか並び、その一室に案内された。宿の部屋とは趣は違い、煉瓦壁がむき出しで片面だけの窓も小さい。それでも、陽が入る方向だけに窓から十分な陽が射しこむ。

 ぼんやりと風景を眺めていると、ドアが勢いよく開いてゲオルグが飛び込んできた。


「待たせた! まだ町にいてくれて助かった」

「朝食を求めて市場に行ってただけなんで」

「本当にすまなかった! この詫びは、王都の本部で改めてさせてもらいたい」


 有希矢の対面に座るなり、ゲオルグは低いテーブルにぶつからんばかりに頭を下げた。

 しかし、有希矢は詫びよりも続いた言葉に引っかかった。


「王都?」

「ああ。こんな状況で言うのもなんだが、頼みがある。俺と一緒に王都に来てくれ」


 あまりにも唐突な頼みに、有希矢は眉を顰めて下げっぱなしの灰銀のつむじを見つめた。

  

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