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20・運命の目覚め

 目を閉じてベッドに横になっている有希矢の脳裏を、わらしべ長者の昔話が一晩中ぐるぐると巡っていた。

 手にした一本のわらしべが発端で、最後には大金持ちになる日本の民話だ。

 有希矢の場合は、わらしべ役が『女難の呪い』にあたるのか、望んでもいないのに異世界側から接触してくる。ただし、負の方向に。


 『ロットバルト旅団』団長ゲオルグが単身で定宿に現れたのは、朝靄もまだ消えない早朝だった。

 階下から届く騒音と複数が言い合う声に、ウルは有希矢を揺り起こした。

 睡眠を取らずに体を横たえているだけの彼女は、すぐに瞼を上げた。それを合図に、さまざまな身体機能が起動してゆく。

 とてもゆっくりだった鼓動が早まり、手足の先へと血液が流れ始め、霞がかっていた頭が鮮明に思考しだし、感覚が目覚める。ロボットみたいだ、と客観的感想を覚えたのはいつの頃だったか。

 食わず飲まずだった有希矢の生活に、飲酒の愉しみが増えた。まだ『人間』であるという証拠のようで、有希矢は他人の心配などそっちのけで、食事のたびに酒を求める。

 初回は気分の高揚から酔っているように思われただけで、実際はまったく酔うことはなかったが。


「何やら騒がしいぞ?」

「そうね……」


 防音壁などない世界だ。魔法スキルに同じ効果を持つものはあるが、基礎魔法という生活に基づくスキルと違い、誰もが体得しているわけではない。非常識な時間でない限り、人々は生活騒音を許容している。

 有希矢は手早く着替えると、クルチェを腰に装備し、ウルを伴ってそろりと一階に降りていった。

 


 アディに紹介されて顔合わせをした団長のゲオルグは、有希矢と対面した瞬間、威圧を纏って身構えた。まるで手強い魔物と対峙した時のように殺気すら漂わせる。

 これほどあからさまに警戒されるのは初めてだった有希矢は、戸惑いを露わにアディを見上げた。だが、アディも同じように困惑していた。

 不穏な様子にどうしたのかと尋ねかけたアディを、ゲオルグは片手で制した。


「お前さん……何者だ?」


 くすんだ灰銀の短髪に浅黒い肌の偉丈夫は、強面であるが苦み走った渋い色男だ。だが、コバルトブルーの小さな瞳の眼を眇めて頑丈そうな顎を撫でながらじっと有希矢を凝視する様は、獲物を見定める野生の肉食獣のそれだ。

 放射される殺気混じりの威圧に、有希矢の膝の上のウルがぴくりと反応した。


『これは、拙い男を相手にしてしまったやもしれんな。ユキ、覚悟を決めよ。呪いとは別に、運命(さだめ)なる道筋が覚醒したぞ』

(何、それ?)

『あああああ~ん~~。どうしたらいいのぉぉぉ! アタシの女心が彼に抱かれたがってるわぁぁぁ!』

(団長さんにお嫁入する?)


 逞しい男に出会うたびに、場違いな妄想を垂れ流すクルチェにうんざりした有希矢は、それならお望み通りに譲渡しようかと提案してみたりする。

 それこそ空気を読まない行為だが、部下すら震え上がらせるゲオルグの睨みは、今の彼女にとって毛ほども脅威にならない。人外化が進むにつれ、恐怖心や怖れといった感情が平坦になってきている。嫌悪感は覚えても、忌避感は薄くなる一方だ。

 いい加減になんらかの返事をしないと離してもらえそうにないなと、腹を括ってゲオルグを真っ直ぐに見据えた。


「私、妙な呪いをかけられているんです。まったくのとばっちりなんですが、それを解呪するための術を探して、旅をしてるんです」


 返された予想外の返答に、ゲオルグとアディは面食らった。

 物腰と世慣れていない風情は貴族か富豪の娘のようだが、剣捌きと戦い方を見てしまえば否定するしかない。相反する印象を持つおかしさに加えて、言動すらおかしい。

 ゲオルグは内心で頭を抱えつつ、動揺を顔に出さずに見返す。

 

「呪いだと?」

「はい。『女難の呪い』なんですが、わかります?」


 呪いの名を告げるとふたりは苦笑いを浮かべて、残念な者を見る憐れみの眼差しを有希矢に注ぐ。


「知ってはいる。だが、本来それは男に――」

「そうです。男性が女性から受ける災難です。それが、なぜか女の私と母に。はじめは気のせいだと思ってたんですが、しまいには命まで狙われるようになってしまって……母はそれで亡くなりました」


 苦笑していたアディの顔が、有希矢の告白を聞いて強張る。


「ユキ、あんたが受けた女難ってのは、どんなやつなんだい?」

「ほとんどが行き過ぎた嫉妬です。ことに、男性が関係するとわけの解らない難くせから罵倒、酷い時には周囲を巻き込んで大騒動に発展するほどで、挙句の果てに逆恨みで命を狙われたり……」


 前世を思い出して、母と娘が被った被害の数々を告げる。

 母、愛美を襲った女性は、いもしない彼女の(妄想の中の)夫に色目を使ったと叫び散らしていたと聞いた。

 毎朝、階下に住む彼女とすれ違う愛美は、挨拶をしていただけなのに。愛美と同じく、朝の挨拶をする女性住人は何人もいたというのに。

 犯人の心が壊れていたから、と言われてしまえば納得するしかない。だが、有希矢自身が今ここにいる原因も、女性が切っ掛けになってしまった。

 先輩女性に小突かれた時、閉じていた避難階段の重いドアが、なぜ勝手に開いたのか。それが呪いの効果だったのか。


「いや、しかしな……」


 こいつはおかしなことになったと、ゲオルグは顎を撫でながら唸る。

 と、その時、ドアをノックする音が響いた。


「おはようございます。まだかと思い、朝食をお持ちしました」


 女団員がワゴンを押して入ってくる。朝の給仕などは宿の従業員がする仕事だが、強面の団長の相手はと気遣ったのか。

 ドアを押さえてワゴンを迎え入れたアディが、食欲を刺激する匂いに破顔する。それはゲオルグも同じだったようで、部屋に充満していた妙な緊張が断ち切られたことにほっと息を吐いた。


『罪の匂いが立っておる……まだ、()()()()()()()()がな』


 ワゴンの上の器をひとつひとつテーブルに移す団員を見て、ウルは呟いた。その念を聞いて、有希矢は彼女を見上げる。


『昨夜、怒鳴り込みにきた中のひとりねぇ……あらん?』


 ことりと小さな音を立てて有希矢の前に置かれた器。

 ウルに続いてクルチェの呟き。有希矢の脳内を、またもや赤色灯が明滅しはじめた。


「これ、私に?」

「ええ。何か?」

「じゃ、あなたが先に一口食べてみて?」


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