19・ここでも女難被害
「戦場……ですか?」
有希矢は胡乱な表情で、向かいに座る巌のような男を見返した。アディが属する『ロットバルト旅団』の団長ゲオルグだ。
中級の宿ながら、会議室のような多人数で集合しても手狭に感じない部屋まで備えられている。十脚の木製椅子に囲まれた厚く広い木製テーブルの端を有希矢とゲオルグは陣取っていた。
時刻は深夜。ふたりの前には、赤紫の酒が注がれた不格好なガラス製のグラスがふたつ。葡萄に似た房状の果実で造られたワインだ。
「正しくは、暴動鎮圧だ。俺たち傭兵にとっちゃ、相手が人間の場合は全部が戦争だ。抑え込もうとする俺たちに抵抗するなら、そこからは敵になり、そこは戦場になる」
「つまり……従わなければ斬り捨てる?」
「全部が全部じゃねぇがな」
有希矢のあまりにも率直な物言いに、ゲオルグは苦笑いしながら否定した。
物騒この上ない話をしていると言うのに、まったく表情を変えない年若い女に、ゲオルグは面倒な娘を引き入れちまったなと胸の裡で後悔した。
だが、今は引くに引けない。いや、引けなくなってしまった。
◇◆◇
酒の美味しさに浮かれた有希矢が、酔っぱらいたちと共に連れてこられたのは、アディたち『ロットバルト旅団』の定宿だった。
旅団の本拠地は王都にあり、稼ぎの良い商人町フォルショーで複数の依頼を熟すためにメンバーの半分が移動してきていた。
一番難しい行商隊の往復護衛を終えたアディが、途中で出会ったからと有希矢を連れてきたのだが、そこからが大変だった。知らない内に有希矢は食客扱いに置かれ、護衛メンバーから盗賊撃破の話を聞きだした他の傭兵たちが次々と絡んできたのだ。
少女のような有希矢を軽く見た男共は、剣の腕前よりも従獣を見せろ戦わせろと要求してきた。それは別に構わなかったのだが、男共以上に有希矢を困らせたのは、アディ以外の女性メンバーだった。
やはり……と、有希矢は天を仰いだ。
人が多ければ、当然女性が含まれていてもおかしくない。アディは大丈夫な様子だからと安心していたら、落とし穴はその先で待ち構えていたというわけだ。
「変だねぇ……。野郎共はいつものことだから仕方ないにしても、あの娘たちは……なんだろうねぇ」
「私、出ていきましょうか?」
実は出ていきたいんですが、と言えないのが辛い。
わざわざ紛争の原因になりたい人間などいない。それでなくとも、同じような状況から逃げてきたのにだ。
「いいや。あんたはあたしらの恩人でもあるんだ。なのに、追い出すような真似をするわけにはいかないよ」
女副団長の大喝が効いて一時は鎮まったが、今度は陰からチクチクときた。
何が起こったのかといえば、またもや発端は男だった。
ウル見たさに集まってきた男たちの要求に、気をよくした本人が相手をしてやろうと乗り気になってしまったのだ。それに、逞しくむくつけき男たちに狂喜したクルチェの脅しもあった。
『アタシの未来のパートナーがいるかもしれないのよ! 逃したら呪ってやるから』
一匹と一振りに振り回されている己が悲しくも情けない。
そんな騒ぎを喜ぶ者たちがいれば、逆に面白く思わない者たちもいる。なぜか五人いる女性団員全員が、有希矢に悪感情を持った。
いわゆる、嫉妬だ。
男たちにちやほやされて喜んでいると勘違いした彼女たちは、いきなり有希矢の部屋に訪れ、的外れな抗議を始めたのだ。
どこかで聞いた台詞がぽんぽん飛び出してきて、有希矢に投げつけられる。
(あー、これも生前、経験したわー。もしかして、彼女たちが喚いてたのも同じ原因だったの?)
『また、女難の呪い?』
有希矢の頭の中にクルチェの声が届く。
どうも、ウルやクルチェとの内緒話的な会話が経験値になったらしく、【念思】というスキルがアクティブになった。
契約を交わした者同士が思考で会話できる機能らしく、囁きかける意思がなければ通じない。
(どうかなぁ……。全員がいきなりってのは変だし、でも女の子って集団になるとねー……)
『ああ、わかるわぁ~。ひとりじゃ言い辛いことも、集団になると意見の一致って名目でぇ、勢いがついちゃうのよねぇ』
(アディが何も変わらなかったからさ、他の娘とも親しくなれると思ったのにっ)
有希矢の白けきった視線に気づかない女傭兵たちは、段々と口汚くヒートアップしてゆく。それでも有希矢に呪いだと判断がつけられない理由は、そこに暴力が介入していないからだ。
呪いなどという理不尽な現象の前に、人の理性など呆気なく蹴り飛ばされるのは、前世で何度も経験してきた。それに、神の迷惑極まりない加護が働いていない。
だから、悩む。どちらなのかと。
『呪いであれば、神の加護が発動するだろうさ。それまでは相手にせんでおればいい』
(ウルはいいわよね。皆に褒められてるだけで!)
『余も神の一端なのだ。当然のことよ。従獣紛いに見られて不愉快な気分の代わりだと思え』
(はあー……)
どうしようもない口撃を聞き流していると、さすがに煩かったらしくアディが怒鳴り込んできたを切っ掛けに幕は下りた。
いきなり攻撃的になった彼女たちに首を傾げるアディに、呪いの話だけでもしておこうかと、有希矢はまた悩む。
この一方的な争いの原因究明と悩みは、結局翌日に持ち越された。
団長ゲオルグ自らフォルショーに現れたからだった。




