17・傭兵団と盗賊
「あたしはアディラ。アディと呼んどくれ」
「ユキヤです。ユキと」
現在、有希矢たちは行商隊の獣車に乗せてもらっている。
燃やされた最後尾は護衛専用の獣車だったため、護衛は分散して積み荷の端や幌の上で警戒中だ。その中に、有希矢たちも混ぜてもらっている。
助っ人の礼代わりかと思えば、有希矢とウルの戦力を目にした行商隊頭が是非にと護衛を依頼してきたのだ。それには、女傭兵のアディからの口説きも影響したし、実際のところ、何人かの護衛が亡くなったため補充が必要でもあった。
名の売れた傭兵団の副団長を任されているアディことアディラは、大森林際の護衛ということで、彼女が率いての編成となった。それだけ危険度が高く、采配も難しい。ついでに報酬も高額だ。
赤銅色のベリーショートに褐色の肌、有希矢より頭一つ分高い身長に、嫉妬を通り越して感嘆してしまうほど均整の取れた体格の女丈夫は、十二分に副団長の風骨が窺え、仲間たちも、それぞれ一癖二癖ありそうな面構えをした逞しい野郎どもが揃っていた。
平民の間ではありふれた職業選択のひとつで、腕があって努力をすればそれなりにいい生活ができるのだと教えられ、すべてを放棄した奴らがああなるんだと血に塗れた街道の隅を指さすアディに、有希矢は黙って頷いた。
盗賊団は、全員が殺された。半分は護衛の手で、後の半分は有希矢たちに。
撃退された犯罪者の骸は、邪魔にならないように大森林の中に投げ込まれて終わりだ。後の始末は、自然に任せる。餌になるか土に還るか。
対して、護衛の遺体はそれぞれが安らかに眠れる地まで、仲間の手によって運ばれる。護衛の仕事中であれば、報酬が運び賃になる。
有希矢は、遠ざかってゆく凄惨な戦いの跡を見つめながら、初めての人の命を奪った瞬間の感触を思い起こしていた。
驚くほど抵抗感も忌避感もなかった。感じたのは、盗賊に対する嫌悪だけだ。
こちら側に危険が及ばなければ、バルナスで遭遇した誘拐犯たちのように命までとるつもりはなかった。だが、盗賊は略奪のために皆殺しを目論んでいた。ならばこちらも同様に、奪われないために動くしかない。
迷宮で、大森林で、襲ってきた魔獣を斬り捨てたように。
「悪いね。助っ人してくれた上に弔いまでしてくれて……」
「これも縁ですから」
有希矢は、運び込まれたアディの仲間たちを【修理】と【清浄】で遺体の損傷を直し、汚れや穢れを落としてやった。
血と泥で汚れ、生々しい傷をいくつも抱えた物言わぬ男たちに、せめてもの手向けとなればと思ったのだ。
ただし、上位の【再生】や【浄化】及び【聖水】は信頼できる相手の前以外は使うなと、相棒ふたりに厳命されている。
「しかし、こんな真昼間から盗賊退治になるとはねぇ……」
「こんなこと、滅多にないんですか?」
苦々し気に愚痴るアディの物言いに、穏やかでない気配が流れる。それはアディだけではなく、彼女の仲間たちからも滲んでいた。
首を傾げる有希矢を苦笑いで見返したアディは、妙に血生臭さが染みついていない有希矢を不思議に思いながらも、追及することなく話を進める。
魔獣は昼夜関係なく見つかれば襲ってくるが、盗賊は夜陰に紛れて仕掛けてくるのが大半なのだ。
大森林を通るとなれば、行商隊とて実力のある護衛を頼むもの。そんな行商隊を陽のある時間帯に襲うのは、返り討ちにあってもしかたない。
盗賊になりたての輩が集まったのか、頭目が馬鹿なのかのどちらかだが、アディは前者だろうと告げる。
「まだ公にはなってないんだがね、隣国の内乱がこっちにも飛び火しそうな気配があってね……」
「隣の国の……内乱?」
「愚王の行いにキレた王弟が、国民を味方に叛乱を起こした。国民による武装蜂起の騒ぎが拡大するいっぽうで、難民がこの国に大量流入しはじめてるんだ……」
素人の集まりのような盗賊だったが、内情は食い詰めた難民の集まりだったらしい。
「大方、他の盗賊共の縄張りから追い払われて、大森林を知らずにあの辺りに落ち着いたんだろう? だがなー?」
傭兵団で斥候役のキマが、小麦色の堅い髪を掻き上げて言うと、後を続けるように双剣使いのジャルンが口を開く。
「そうそうこの街道を使う行商隊なんざおらんからなぁ。やっと通りかかった行商隊を見つけてがーっと飛び出してきちまったってとこか」
「きっと、そうなんだろうねぇ。まあ、こっちも油断してた分、初動が遅れちまったのがねぇ……」
しまいには仲間内であれこれと反省会に突入し、有希矢の存在は隅に押しやられたようだった。
それで良かった。今の有希矢は意識は、すでに別の問題に移り変わっていたから。
隣国という存在がこの世界の住人の口から出た途端、地上の広さを実感した。
直前まで有希矢の認識は迷宮と大森林と城塞都市バルナスだけで、それも目に見える範囲でしかなかった。それ以外の現実は、液晶画面の向こう側か新聞や雑誌の紙面上に並ぶ文字の羅列のようだ。
伸ばした腕や踏み出した足が駈け寄れる範囲以外は、自分とは無関係な別の人間が住む空間なのだと無意識に切り捨てていた。それが今、隔てていた透明な壁がぶち壊されたのだ。
「目から鱗が……」
『アンタ、魚なの?』
「魚であっても目にまで鱗はありはせん」
異世界の宗教書物に書かれた格言に、相棒たちがすかさず突っ込みを入れる。それまで静かだっただけに、思わず漏らした呟きを弄られて、すこしイラっとする。
その苛立ちも、結局は自分の愚鈍さからくるものだった。
物思いに沈んでいた有希矢に構うことなく、行商隊は無事に目的地に到着した。盗賊襲撃以降、これといった騒ぎに合うことはなかった。
「それじゃ、ギルドに案内するからついといで」
行商隊頭から何かを受け取ったアディが、物珍しそうに辺りを見回している有希矢に声をかける。
「はい!」
「あんま、きょろきょろしてっと、悪い男に攫われっぞ?」
傭兵隊の中で一番の巨体を誇るバルラが、髭ずらにニヤケ笑いを浮かべて有希矢の頭を掻きまぜた。
「子供じゃありませんから!!」




