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11・交渉

 有希矢の要求を、創造神は無条件で呑んだ。

 創造神であり万能神である存在が、異世界の者とはいえたかが人の要求に応えるとは、万に一つもあり得なかった。

 だが、そこは部下の失敗の責任を取るのは上司の役目だ。

 なにしろ、内輪だけの問題なのではなく、異界の同業者から頼まれた重要懸案なのだ。我が社の従業員が仕事を疎かにして、貴社から預かった希少材料を引上げ不可な泥沼に墜としてしまいました。ごめんなさい。――では済まない事態だ。

 創造神ウィンベルグは、心痛を隠して語る。

 魂に染みついた呪いの浄化を異界の創造神から託され、信頼して任せた配下には期待を裏切られた。あろうことか神の名を穢す失態を犯し、泉界ハザマにまで迷惑をかけたと。


「詫びても詫び足りないほどの大失態だ。ユキヤの望む通り、罪人としてアーラシェにも迷宮を巡らせよう。良いか? ウルガルム」

「良いも悪いもないわ。女神であろうが使徒であろうが罪は罪。たっぷりと罪過を身をもって償ってもらうことにする。ただ……邪神堕ちせねばよいがな?」


 剛毛に埋もれた顔の表情までは見えないが、その口調と物言いには嘲りが含まれ、面白がっているのは知れた。

 己の罪を認めて自戒し、修行と思って迷宮巡りを熟せばいいが、反省どころか恨みに思うようでは――と嫌味のつもりもあって放ったのだろう。

 有希矢は苦笑してウルを撫で、ふたたび真剣な表情で威光の渦を仰いだ。


「もしかしたら、その女神にも『女難』の呪いが影響したのかしれません。神様に性別があるとは思ってもみませんでしたが、女神と称されているってことは、女性の神様なのでしょう?」

「そうだ。最高位に上がるまでは、性を持つのは必然。元は地上の生物であったのだからな。なるほど……呪いの影響か」


 威光がいきなり強さを増し、渦の回転が加速する。

 あまりの眩しさに目を細めながら、やはりなと有希矢は当たった予想に悄然となった。

 有希矢が接触する女性たちに、次々と『女難』の呪いが影響を及ぼしてきた。挙句の果てに、女神にまで。

 これでは、さすがに平穏な生活を送れない。前世の経験から女性全員ではないまでも、不可解な関係不安に陥った相手は多かった。親しくなるにつれて影響が濃くなるのか、出会いがしらに偶然か、その判断は難しい。

 最悪の場合、また大森林に戻ってぼっち生活をするしかないかと、一気にそこまで考えて憂鬱になる。


「私、このままじゃ友達どころか生活すらままならないかも」

「前世でも、すべての女に障りがあったわけではなかろう?」

「うん……。はっきり言えば、どこまで影響してたのか確かじゃないのよ。すっごく不自然な出来事ならすぐに気づけたけどさ、それ以外だと、相手の性格が……ね?」

『単に性悪なオンナだってんなら、呪いも糞もないってことよねぇ~?』


 有希矢が敢えて濁した部分を、どうにか威光に慣れたクルチェが続けて台無しにする。


「ところで、長々と迷宮暮らしをしてきたけど、呪いの威力はどうなの? すこしは消えてるのかな?」


 このままでは全女性を敵に回すようなことを喚き始めそうなクルチェに、有希矢は慌てて話題を変える。

 あえてウルに小声で話しかけていたのに、答えは天上から返された。


「迷宮は閉じられた異界。ウルガルムとの約定ゆえ、創造神の我すら手が出せぬ。裏を返せば、邪神が残した窮余の一策すら届かぬ。僅かではあるが、確実に濯がれている」

「僅かか……」

「だが、ユキヤの魂魄が迷宮で力を得た。人がスキルなどと呼ぶ異能ではなく、魂が育ち蓄えた純粋な力だ。それが呪いを抑え込むための結界になるだろう。今はまだ、幼子同然の効力であるがな」


 僅かな減量と言われて落胆しかけた有希矢だったが、自分に抵抗力がついたと教えられて今度は破顔する。

 くるくると素直に感情を表わす有希矢に、傍にいるウルとクルチェは幼い少女を愛でるような気持ちで呆れつつも笑う。


「よかったぁ。これで迷宮墜ちも、悪いだけじゃなかったってことだね!」

「ユキよ、其方は人が良すぎだ! ウィンベルグ、今すこし呪いに対抗する術を与えてやらんか! それで今回は手打ちとしようぞ」

「では、これを――」


 引き出せるものは限界まで引き出そうの計画通り、ウルが最後の一押しをすると、突如、威光は迫力を増して爆発のような閃光を放った。辺り一面が純白の輝きに呑み込まれ、五感がゆるゆると機能しなくなってゆく。

 有希矢はウルとクルチェを必死で抱き締め、遠くなる意識を必死に手繰りながらもその場に倒れ込んだ。


「……い!……丈夫か!? おい!」

「これは、どうしたことか……やいておられる……のか!?」


 薄らいだ意識の向こうから、多くの人たちのざわめきが近づいてくる。

 はっきりとは聞き取れないが、自分を囲んで騒ぎになっている様子だけはわかった。

 有希矢は息苦しさに咳込み、それが現実へと引き戻すきっかけになって閉じていた目を見開いた。

 床に倒れ伏した自分のまわりをさまざまな容姿の人たちが囲い、心配そうに見守っている。乱れた呼吸をどうにか深呼吸を繰り返すことで整え、神殿に戻ってこれたのだと認識した。


「どれくらい……」

「ん? ああ、ここに到着してから半刻ほどになる。祷祭長様の手を取った途端に意識を失ったのだが……」


 枯れた喉で問うと、アッシャーがすらすらと答えてくれる。

 体感では相当な時間を使って創造神と会見していた気がするが、ここでは神の説明通り時間経過に差があるらしい。

 まだぼんやりしている頭を振りながら、至近距離にあるアッシャーの顔に気づき、そこで初めて自分がどういう状態でいるかを知った。

 倒れかけた有希矢を反射的に抱き留めたらしく、屈み込んだアッシャーは太い腕で細い体を支え、辛抱強く彼女が目覚めるのを待っていたらしい。

 改めてアッシャーを意識した有希矢は、その美丈夫ぶりに息を呑む。

 亜麻色の髪がさらりと額に落ち、小麦色の目元に影を落とす長いまつ毛の下から真摯な色を浮かべた琥珀の瞳が有希矢を見つめている。

 かっと顔全体に血が上がる。

 

 「もっ、もう、大丈夫です!」


 引っくり返りそうな声で、有希矢は叫んだ。


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