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10・創造神との遭遇

 国教聖堂は城内にあるのではなく、城と回廊で結ばれ繋がる別棟の建物だった。

 城門を通り、正面に広がる見事な庭園を迂回して正面入口に向かうのかと思っていた有希矢は、肩透かしを食らってがっかりした。しょんぼりと肩を落としてアッシャーに導かれるまま、一層高い尖塔が並ぶ別棟に足を踏み入れた。

 すでに大門から先触れが送られたのか、有希矢の着る衣装の裾を長くしたような簡素な服装の人々が回廊の両端に並び、通り過ぎる有希矢を物珍し気に見送る。

 ようやく他人の視線に気づいた有希矢は、居心地の悪さを感じて抱えていたウルとクルチェを強く抱きしめる。

 しかし聖堂内に入った瞬間、些末な気配は消し飛んだ。

 ほのかに光沢を帯びる純白のローブに、真っ白な頭髪と長い髭を生やした老人が出迎え、無言のまま有希矢に皺の寄る枯れた手を伸べてくる。何の疑問も持たずにその手を取った有希矢は、一瞬の内に別の空間に移動していた。まわりの人たちの声やアッシャーの姿は遠く霞み、しんと静まり返った濃霧の中にいた。

 何事が起こるのかと呆然と佇んでいると、霧は見る間に薄れて消えた。

 気がつけば、あの忌まわしい記憶の中にあるコロッセのような場所に、有希矢はふたたび立っていた。今度は、最下層の中央舞台ではなく自称女神がいた桟敷だ。

 手すりから下を覗き込むと底は豆粒のように小さく見え、桟敷がどれほど高い場所にあるかわかる。


「ここは……」

「人が唯一、神との謁を賜ることのできる場所だ」


 低く落ち着いた声が告げるのを聞いて、今の今までウルとクルチェを忘れきっていた有希矢は、二人を確認するために慌てて視線を泳がせた。

 ウルは有希矢の足元に二本足で立ち、クルチェは抜身で手の中にあった。

 ほっと胸を撫でおろし、今度はじっくりと周囲を見渡す。

 どこもかしこも尖塔が立ち並んだような桟敷が連なり、複雑に起伏した白亜の壁をうっとりと眺めて吐息を漏らす。まるで、サグラダファミリアの尖塔を裏返したような光景だ。

 人によっては不安定な気分に陥ったり恐怖の対象になりそうな光景だが、忌まわしい記憶以上にその壮麗で壮大な雰囲気を有希矢は楽しんだ。

 そして、何気なく天井に視線を移した途端、目が眩むほど強烈な光の渦が出現した。


『あら、やだ。創造神のお出ましよ。アタシ、苦手だから大人しくしてるわね』


 手にしたクルチェがぶるっと震え、短剣ほどに縮む。

 聖剣が苦手という創造神の顕現に、思わず足元のウルを拾い上げて胸に抱いた。

 光の渦が明滅を繰り返しながら輝きを落とし、心地良い声が流れてきた。


「ほう……久しいな。ウルガルムよ。しかし、なぜに微小になっている?」

「余は、ここにおるユキヤを守護するために分け身した存在。貴様との約定を遵奉し、実体は泉界(ハザマ)におる。余計な探りなぞせずに、最早本題に入れ」

「これはこれは仰天だ。無慈悲で非情な泉界の神が、矮小な異界の魂に情けをかけるとは!」

「ウィンベルグ! 貴様はユキヤの魂を矮小と侮るか!」

「……なるほど、本気なのだな。許せ、ウルガルム。お前が何のつもりでユキヤを守護しておるのかと思ったのでな。いささか慮外かと思ったが、試させてもらった。しかしな、人の魂を矮小な存在と申しておったは、お前だぞ?」

「煩いわっ」

「変われば変わるものよ……」


 いきなり始まった創造神と泉界の神のやり取りに、有希矢は目を丸くし、クルチェは絶句する。

 事に、ウルが創造神と同等な神だとは、まったく考えてもいなかった有希矢は自分の耳を疑った。

 地上を《外側》と呼ぶウルの発言を聞いて、迷宮は天上や人の世界とはまったく別次元にあると推察していたが、ウルは単に迷宮の(ぬし)の役目を担っていただけと思い込んでいた。

 牢名主と同じようなものだと思っていたら、実は神様だったとは……と、有希矢は驚きのあまり黒毛玉を穴が開くほど凝視した。


「さっさと事を進めんかっ。貴様がそのような虚けだったゆえ、配下までも愚神揃いになったのだろうが!」

「……否定も弁解もしない。ユキヤよ。我が配下の不始末、許せとは言わない。だが、我が悪意あってこの世界にユキヤを召したのではないと理解して欲しい」


 男とも女とも判別できない柔らかく心地よい声が、有希矢の名を汲む。それとともに、降り注ぐ光がほんのりと温かみを増した。

 ああ、これは威光なのだと、有希矢は直感的に思い至った。

 

「では、何のために私はこの世界に運ばれてきたんですか?」

「ユキヤの前世が過ごした世界で、神の一柱が邪神に堕ちた。討伐されたが、滅せられる直前に呪いを撒き散らしたという。その呪いの一つがユキヤとアイミに振りかかってしまったのだそうだ……」

「そうだったんですか。いきなり相が出ているなんて占い師に言われたので、なんで? と思ってたんです。そうか……私やお母さんが悪いんじゃなかったんだ……」


 胸の奥からせり上がってくる想いが、涙と嗚咽に変わって溢れそうになる。それをぐっと堪え、有希矢は創造神を見据えた。


「呪いの原因は解りました。それなら、私はなぜ罪人が墜とされるはずの迷宮に?」

「我が配下の不始末とは、それを指す。裁きの女神として据えたが、いまだ未成熟であった。司神の位階は剥奪し、最下級の使徒に降格させた。だが、まだ足りぬと言うならユキヤの望む裁きを――」

「裁きの女神だったのなら、迷宮に送ってください。私が味わった苦難を私と同じように、存分に経験してもらってください!」


 有希矢の血を吐くような叫びが、荘厳な空間にこだました。


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