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9・城塞都市バルナス

 有希矢たちは、半年かかってどうにか大森林を抜けた。

 【索敵】と【偵察】の練度が上がったところで、【地図】と統合されて【探知鳥瞰図(レーダー)】スキルに変化。これで、いちいちスキルを行使せずにすむと喜び、練度が上がれば統合スキルが使えると知って意気込んだ。

 しかし探知範囲はまだ狭く、危機探知には効力を発揮するが、目的地を決定するための情報を得るには覚束ない。代わりに、聖剣クルチェの記憶が頼りになった。

 人の手を拒み続けてきた大森林は、クルチェの古い記憶と照らし合わせてもさして変化はなく、地形的な困難は続いたが迷いはせずにすんだ。

 人が残した跡を見つけた時、有希矢の目から涙がこぼれ落ちた。

 ウルは「馬鹿者、泣くでない!」と叱咤し、クルチェは「今まで、よく耐えてきたわね。女は粘りよ……」と褒めた。二者二様の慰めは、有希矢に希望を与えた。


 三人は、迷うことなく北に進路を取った。すでに、偵察能力が大きな建造物と人の集まりを見つけていたからだ。

 【探知鳥瞰図(レーダー)】の効果範囲に入った情報は、円形の外壁らしい枠の中にたくさんの人々が集まっているらしいこと。規模はわからないが、大きな町であるのは確かだ。

 町に到着したらどうするかは、街道を進みながら三人で話し合って決めていた。


「まずは、聖堂に向かえ。そして、創造神に会うのだ。余が呼び出してやるゆえ、謝罪と賠償を求めよ」


 ウルの提案は、説得力があった。

 なにしろ、世界の知識をまったく持たない者ばかりだ。

 有希矢はもちろんウルも《狭間》という別世界の主であり、残るクルチェは強制引きこもりのせいで大森林以外の知識は当てにならないほど古い。それなら神に会って、となるのは必然で、賠償の一部として遠慮なしに強請(ねだ)ろうと意見が一致したのだ。

 異世界住人と初めての遭遇は、大きな魔狼の背に乗った男だった。

 迷宮や大森林で巨大怪物に見慣れていた有希矢だが、魔獣を馬代わりにしている現実に、口をぽかんと開けて魔狼と男を凝視した。

 濃紺の制服を身につけた厳しい顔つきの男は、軍人かそれに準ずる職業に就く者らしく、明らかに警戒しながら近づいてきた。荷物らしい荷物を持たず、平服に剣を握って歩く小娘を見つけてしまえば、職務上無視して通り過ぎるわけにはいかなかったようだ。

 有希矢も不自然さを自覚していただけに、黙秘や抗いはせずに男の質問に応じた。

 男は、この先にある城塞都市バルナスの外警隊員アッシャー・メルビスと名乗った。


『イイ男……』


 有希矢とウルの耳に甘ったるいだみ声が響いたが、背筋を走る悪寒を抑えてアッシャーの話に必死の思いで集中した。

 そして、アッシャーが同行を求めた時、三人は好都合とばかりに頷いたのだった。

 ただ、正直に迷宮から来たと答えた際のアッシャーの反応が、有希矢にはすこしばかり懸念として残ったが。


 外警隊配備の魔狼に乗せられ、城塞都市バルナスの大門をくぐった頃には、すでに陽は落ちかけていた。

 アッシャーの背中と彼に掴まった有希矢の間に挟まれていたウルは、彼の不用意な発言で不機嫌になり、抜身では大門と通してもらえないと言われて、拘束用の袋に入れられた聖剣クルチェは、気落ちして無口になっていた。

 有希矢は、初めて見る夕日に照らされた異世界に見蕩れていた。

 怖ろしく頑健な外壁に囲まれた内側は、中央大門から奥に向かってなだらかな登り坂が続き、遠くの丘陵地に建つ砦のような城に向かって平民層から富裕層の住宅地へと移り変わってゆく。


「国教聖堂は、あの城の中にある」


 アッシャーが振り向いて、有希矢に話しかけてきた。


「お城って、王様かご領主様が住んでいるんじゃないんですか?」

「ここは辺境伯領で、もとは砦城だったが今は領主館だ。あまりに広いので国教聖堂にも使わせている」


 昔の砦に領主と国教会が同居していると説明され、刻々と近づく黒い影から有希矢は目が離せなくなった。

 外国風の砦や城を肉眼でみる機会などなかった。貧乏生活に海外旅行は贅沢の筆頭だ。社会人になって、本当に自立できたと思えた頃に自分の収入で旅行に行こうと計画していたが、もう叶わない夢と思っていたのだ。

 それが、外国どころか異世界だ。

 有希矢は、間近に迫る厳めしい城門とその背後にそびえる堅牢で雄々しい城を息を詰めて見入った。

 しかし、それで良かったのかもしれない。

 大通り沿いを行き交う女性たちから、焼けつくような嫉妬の眼差しを投げつけられているなど、狼型乗獣の上の有希矢はまったく気づかないでいた。

 それどころか、自分と相乗りしている外警隊員が、亜麻色の髪に琥珀の瞳を持つ美丈夫だという事実さえ、意識から追い出している。


『なんだか……すっごい殺気を感じるんだけどー?』

「街行く娘たちが放っておるのだ。なのに、こ奴らはまったく気にもかけておらん。情緒が欠落しておるのか?」

『これはオンナにしか感じない殺気なのよ。ああ……アタシの敏感なお肌にチクチクっくるわぁ~。オンナからの嫉妬を浴びるって愉悦ぅ~』

「……」


 有希矢は城に夢中で、連れの二人がこっそり不穏な会話を交わしていることすら意識の外だった。


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