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8・奇妙な一行

 その日、神の樹海と畏れられ、いまだ未知の領域である大森林から街道に、一人の女がひょっこりと出てきた。

 街道とはいえ大森林の縁に沿って通された細く頼りない道で、何が現れるか判らない危険地帯と隣接しているだけに、行き交う人はほとんどない。

 誰にも見咎められずに街道に行き当たった女は、戸惑うことなく北へと伸びる道を辿る。長身ではあるが細く華奢な身体に、この辺りでは珍しい容貌と色をした風変わりな女だ。もしかしたら、成人したばかりの少女かもしれない。

 女は簡素な男物の白い上下を着こみ、片手に剣を持ち、もう一方の腕に何やら得体の知れない黒く汚れた毛玉を抱えている以外、籠や道具入れなどの荷物は持っていなかった。

 街道の先にある、城塞都市バルナスの外警隊の一員アッシャー・メルビスは、走らせていた狼型乗獣(じょうじゅう)を停めると女に声をかけた。担当区域の巡回警備を終えて、バルナスに戻る道すがらで女の姿を見つけたのだ。

 日中であっても、遠出用の装備すら持たない女が出歩くような場所ではないだけに、外警隊員としては無視して素通りするわけにもいかなかった。


「旅人……には見えんが、道に迷ったのか?」


 旅をするにしては軽装過ぎる不審人物ではあるが、女ひとりの不用心さと、護身のためだろうが、剥き身の剣を手にしているのは見逃せない。

 それにしても、とアッシャーは頭を悩ませた。

 旅人ではないなら近隣に住む民間人となるが、こんな辺鄙で危険な区域まで女の足で歩いてこれる距離に村や町はない。ましてや、街や都市を結ぶ乗合獣車や荷車のルートには入っていない街道だ。

 単身で来たのか、誰かに置き去りにされたのか……それとも。

 道に迷ったかと問いかけたが、何処に住んでいるのかを先に訊くべきだったとアッシャーは悔いた。

 だが、女はアッシャーを見上げると、ほっと安堵した様子で薄く微笑んだ。


「はい、迷子です。ここから一番近い町はどこですか?」


 あまりにも素直に答える女にアッシャーはいささか面喰い、なんとも言えない気味の悪さを覚えて警戒心を強くした。

 旅の装備もなしに、遠方から来たような質問を返す女を見下ろして、外警隊員の勘は危機を知らせた。

 二足歩行の魔物や魔獣は存在するが、人に化ける異形の噂は聞いた記憶はない。魔物や魔獣でないなら、残るは亡者か。


「ここから北へ三刻ほど歩くと城塞都市バルナスに着く」

「城塞……都市ですか……。もっと小さい村か町ってありますか?」

「ないな。大森林の周辺はもっとも危険度の高い監視区域に指定されているのでな。武力を持たない者たちは、バルナスより離れた場所に住んでいる。ところで、君は何処から来た?」


 あからさまに警戒しながらも無表情を装い尋ねると、女はしばし黒い毛玉に何事か話しかけ、迷いを隠すことなく大森林を指さした。


「この大きな森の奥にある、石造りの遺跡から……」

「なっ、何!?」


 アッシャーは、女の答えに転げ落ちるような勢いで乗獣から飛び降りると、女に駆け寄った。


「遺跡の中からか!?」

「はい……」


 アッシャーの勢いと険しい表情に、女は初めて怯えたように身を竦めた。今にも泣き出しそうに眉を寄せて涙目を瞬かせる。


「不本意かもしれんが、バルナスの国教聖堂に寄って欲しい。あの遺跡から帰還した者は、すぐに国教聖堂に連れ帰らねばならん決まりがあるのだ」

「……わかりました。連れて行ってください」


 またもや素直に応じた女に、アッシャーは安堵の溜息をついた。しかし、まだ警戒は解かない。真偽を確かめたわけではないのだ。


「俺は、バルナスの外警隊のアッシャー・メルビス。君は?」

「私はユキヤ。この子はウルです」


 城塞都市の警備兵と知って、ユキヤと名乗った女は強張った表情をわずかに溶かし、頭を下げた。

 遺跡から出てきたと告げるユキヤにもド肝を抜かれたが、それ以上にアッシャーを驚かせたのは、腕に抱かれた薄汚い毛玉が実は生き物だったという事実だ。


「……ゴミかと思った」


 アッシャーは、後に口は禍の元だと身をもって知ることになる。


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