Dーデイ
翌朝。
やはり敵は来た。
望遠鏡で覗けばその姿が見える。
最初に発見したのは正規兵で望遠鏡を支給された監視兵の一人。
夜明けとともに叫び、その叫びが塹壕中に伝播して次々と叫びが上がる。
その一報を受けて、叩き起こされた士官達。
各々に望遠鏡を手に持ち立ち尽くした。
俺はその列に最後に加わり望遠鏡を覗く。
一目見ただけでもその数に圧倒された。
ベルガモ防衛隊の数倍は、確実に居るようだ。
「どうします?」チラリと士官達を見て。
「会議でも開きますか?」
「それとも……逃げますか?」
その嫌味に、昨日に俺を追い出した士官が睨み返してきた。
だが、その者達は一言も発しない。
黙って、睨むか……下を向くかのどちらかだ。
「守り切れるだろうか」最初に声を出したのは大佐だった。
その声は微かに震えている。
「昨日のうちに対策をしていれば……勝てたでしょうね」
「あんな数に対策等有るものか!」俺の嫌味に堪えかねた様だ。
それに軽く答えてやる。
「例えば、地雷とか……」
「なんだ! その地雷ってヤツは」声を荒げている。
「これよ」俺の後ろに来たマリーが差し出した。
「魔法地雷……地面に置いておくだけだけど、踏めば爆発するのよ」
「戦闘中なのだから、適当に土か草で隠して置けば……数人が吹き飛ぶわ」
「そんな数人ごときで……」
「あら、あなたは素人なのかしら」
「これを至る所に仕掛けて置けば……その数人が数倍に増えるわよ」
「そして、それを見た後続は……前進を躊躇するのよ……わかった?」
「進撃の速度を落とせば、勝機はあったな」俺も、口を挟む。
素人呼ばわりされた士官、顔を真っ赤にして口を開こうとしたそれを少将が遮った。
「今更な事は、後にして今はどうすべきだと思う?」俺に聞いている。
「正面から迎え撃つしか無いだろうな」
「逃げると言う選択肢が無いのならばだが」
「この場に逃げる等と言う者は居ない」
「勝てる見込みは薄いぞ?」
「それでもだ……」
皆の顔を見渡した。
逃げたいと考えている顔が数人は居るようだ。
「トラックに地雷が大量に有るわよ……今更だけど、使う?」マリーが指す。
「随分と距離は近くに為るが、無いよりは増しだろう」俺も。
「わかった、貰おう」
「正規兵、全員で取りに来て」返事を待たずに、トラックに走るマリー。
俺は、望遠鏡を覗きながら。
「一時間くらいは、有るだろう」
「それまでに、撒けるだけ撒こう」
頷いた少将。
そして、号令を掛けた。
全員が動き出す。
正規兵の半分が両手に一つづつの地雷を持ち、塹壕の前に一列に並ぶ。
もう半分はその後ろに立つ。
「号令を掛けるから、一列目は真っ直ぐに前進して」マリーが叫ぶ。
正規兵の返事を待って。
「前進して!」
等間隔で前に進む正規兵の隊列。
肉眼でも敵が見える所まで来て。
マリーが叫ぶ。
「ストップ! そこに右手の地雷を埋めて」
「埋め終わったら、その場で立っていて」
そこは、塹壕から数百メートルも離れていない場所。
振り向けば、塹壕から覗いて居る冒険者傭兵部隊の顔がギリギリわかる距離。
「そこから二十歩下がって、もう一つも埋めて」
作業の終わりを確認して。
「その場で動かないで」
「二列目、前進して地雷を前の人に渡して」
後ろの者が、やはり両手に地雷を持ち前進。
そして、渡し終えて。
「後列、次の地雷を取りに行って、真っ直ぐに戻るのよ」
「前列、二十歩下がって埋めて」
それを、何回か繰り返して。
「全員で、塹壕に戻るわよ」
最後の地雷は、塹壕から爆弾を投げてもギリギリ届かない距離……詰まりは眼と鼻の先に為った。
塹壕迄戻ったマリーがもう一度叫ぶ。
「今埋めた地雷に期待はしないでね」
「あれが、爆発すると言う事は、敵に撃たれる距離だからね!」
その頃には、敵が肉眼でも確認できていた。
横一面に拡がった敵兵。
もちろん、その一列だけではない。
その後ろにも、列に為って居る。
塹壕にはジュリア率いる狙撃兵がライフルを構えている。
最初の一発はジュリアが撃つ手筈だ、それが号令となり狙撃兵全員が撃ちだす。
その後は、カラスに爆撃させようと、俺も準備を始めた。
爆弾の木箱をトラックの横、開けた場所に並べる。
カラスは各々、一個を掴み空に舞い始める。
そのトラックの前ではマリーが。
グレネードを改良したのか鉄の筒を斜めに並べ始めた。
折り畳み式の二脚を拡げて、筒のお尻と合わせて三脚で立っている。
それを十メートル程離して横に五つ並べて。
その横にゴーレム達が爆弾の小箱を置いていく。
迫撃砲の様だ。
昨日、話した野戦砲の代わりなのだろう。
カラス爆撃の準備を終えた俺はマリーに近付き。
「それは、どう扱う?」
見れば、わかるのだが……聞いてみた。
「前の筒から爆弾を入れるだけよ」
「引き金も無いから、入れたら飛んでいくだけよ」
成る程、想像通りだ。
「俺に使えるだろうか?」
それよりも、問題はそっちだ。
「多分、大丈夫よ……投げるのと変わんない筈」
「攻撃自体は、爆弾がするから、きっと大丈夫よ」
「成る程」頷いた。
「でも、その理屈だとマリーが使っているグレネードも……使えるのでは?」
「あっちは、攻撃の意思を込めて引き金を引くから……微妙かな?」
「一つトラックに有るから、一度撃ってみて」と、親指でトラックの方を指す。
頷いてそちらに行こうとした時。
コツメがやって来て、迫撃砲の数を数える。
それを見たマリー。
「あんたの分は無いわよ」
「えー、何でよー……いじめ?」
「違うわよ!」
「あんたは魔法が撃てるでしょ!」
「魔法……あれ、疲れるのよねー」嫌だなーと、露骨な顔で。
「水平に撃てる魔法の方が狙いやすいじゃない」
「だから、あんたは魔法部隊!」
「部隊って……魔法を撃てる人って殆ど居ないじゃない」
「だから貴重なの!」
「戦争って、面倒臭い……」ブー垂れるコツメ。
その横を通りトラックにグレネードを取りに行く。
迫撃砲を撃つのは、俺とマリーとゴーレム達とアルマかな?
それで丁度五人だ。
ネズミと土竜は待機だ。
夜目が利くから、夜の監視に備えて貰おう。
多分、長引くだろうから必要に為る筈だ。
必要無ければそれに越した事はない。
ピーちゃんは、目立ち過ぎるので今回は出番は無しだ。
負傷兵でも摘まんで運んでもらうか?
そのピーちゃん、遠くでピヨっと鳴いた。
俺の頭を念話で覗き見したな?
しただろう!
ピヨ……。
してるじゃないか!
今のは念話じゃないぞ。
ピヨピヨ……。
明らかに、返事を返している。
ピ!
ん?
パン!
ジュリアの銃声だ。
戦闘の始まりだ。
その後に、すぐに複数の銃声が響いた。
ピーちゃんで遊ぶのもココまでだ。
俺は、塹壕のジュリアの元に急いだ。
他の者は、マリーの指示で各々の持ち場に付く。
塹壕、ジュリアの後ろに滑り落ち。
「反撃は?」
「まだ無い、ココまで届く武器は魔法ぐらいしか無いみたいよ」ジュリアが撃ちながら。
確実に敵を間引いている筈だ。
「魔法は水平だから塹壕は狙いにくいか」
頷いたジュリア。
「迫撃砲の届く距離はわかるか?」
それにも頷く。
「もう少しだと思う」
「届く距離に為ったら教えてくれ」
そう言い残して、マリー達の所に戻る為に走り出す。
グレネードの試し撃ちは後だ。
先に、カラスに爆撃開始の合図を送る。
狙いは、敵部隊後方に落とせと、指示を出した。
多分だが、そのまた後ろに補給部隊が居る筈だ。
前後で分離出来れば良いのだが。
遠くで爆撃音が幾つも響き渡る。
狙撃兵のライフルの音も、相変わらずに聞こえているのだから、敵は前進を止めていないと、言う事だ。
本格的な戦闘に入った時。
どれだけ間引けたかが勝敗を分けそうだ。
走る、俺の頭の上を火の魔法が飛んでいった。
敵の反撃も始まった様だ。