戦場
斜面を降りてトンネルの前にまで来た俺は、思わず息をのむ。
エルフ兵士達の死体で足の踏む場も無い。
一方的な……戦闘とも呼べない、ただの殲滅、もしくは虐殺か?
そう思わせる。
その理由は……ソコにはエルフの死体しか無いからだ。
しかし、その戦闘はまだ続いている。
トンネルの中から戦争の音が聞こえてくる。
斬られた叫び。
エルフの声なのだろう。
そして、金属音もその音に混じる。
それは、ようやくだがエルフ兵士達も反撃に出たのだろうと、想像させる。
俺は辺りを警戒して、トンネルの中に入った。
ゆっくりと、足場を確認するように進む。
やはり、エルフと言えど……死体は踏みたくない。
ここ数日で、見慣れた筈の場所なのだが、転がるエルフ達がその景色を一変させていた。
しかし、良く良く見れば、かろうじて生きている者も居る様だ。
いや、結構な数で居る。
ジッと見ていると、ゆっくりと微かに蠢いている。
「トドメを刺さないのは……恩情か?」
「違うわよ」
背後にマリーが着いて来ていた。
「負け戦と、その恐怖を全てのエルフに見せる為よ」
骸骨の指示で……か。
自分達の作戦を、逆に利用されての惨劇を……エルフの繋がる意識でライブ中継って事か。死にゆく自分も含めての……。
何処までも、えげつない事をするのか……。
「ソレが戦争よ」
その俺の考えを読んだような答え。
「でも、エルフ達だって、大陸間弾道魔法を使おうとしていたのよ」
「標的は、多分……王都でしょうね」
「非戦闘員、一般市民も巻き込んでの無差別殺人になるわね」
「大陸間弾道魔法?」なぜ、ソレをマリーが知っている?
「私の捕らえられて居た、魔法学校にソレが有るからよ」
地面に蠢くエルフ共を見た。
それは兵士達だ……死を覚悟もしていたであろう者。
自身の死を逃れる為に相手を殺す事を決めた者。
しかしそれは、その逆もあり得ると、理解していた筈。
だが、王都には女も子供も居るのに……そこに大陸間弾道魔法?
……。
「成る程、勝たなければいけないようだ」
「そうね、百合子もソフィーもテレーズも死なせたく無いわ」
そこへ声が掛けられた。
「二人とも、危ないですよ」
見れば、シグレがその場に姿を現した。見た目はテレーズだが、それは話をする為に化けているのはわかった。
「声がするからと、来てみれば……ここはまだ戦場ですよ」
「ああ……わかっている」頷いて返す。
「ご主人様に死なれては、困るのです」と、俺を護衛するように張り付いて来た。
「所で、土竜はどうした?」
「もう少し先で倒れています」
「ちゃんとトドメは刺した?」マリーが確認する。
「はい、確実に死んでいます」
「俺をそこまで連れていってくれ」
「……わかりました」と、前を警戒しながらに進むシグレ。
すぐに土竜の所にたどり着いた。
その辺りはエルフの死体だけでは無く、盗賊ゾンビも数人が倒れている。
流石にゾンビでもダメージが蓄積されれば倒される。
しかし、その体の傷を見るに、相当に切り刻まれたのだろう、エルフ達の死体とは明らかに違っていた。
もう一度、死者召喚をすれば復活するのだろうが……マリーがソレを阻む様に間に立っている。
駄目だと言うのだから、仕方がない。
しかし、一度死んでいるゾンビなのだからPTSDには、成り様もないと思うのだが。
元の世界では看護婦だったと言うマリーが俺を心配しての事なのだろうから、やはり従う事にする。
諦めて、土竜の側に寄り。
魔法陣。
すぐに、光と共にむくりと起き上がる。
「早速だけど、エルフ兵達を蹴散らして来てくれない?」たった今召喚されたゾンビ土竜にそう告げるマリー。
それに、頷いてトンネルを這うように進み始めた。
「あまり、ムチャはしなくても良いぞ」そのゾンビ土竜の背中に声を掛ける。
ゾンビに成りたてのホヤホヤなのだから、レベルは最初からだろうし。
そんな俺の側で、ムラクモとセオドアが姿を現した。
返り血で濡れたセオドアの手に持つ細剣からは血が滴っていた。
この辺りのエルフは皆、トドメを刺されて居るようだが、セオドアがやったのだろう。
土竜と戦う所を見られない様にの用心の為なのだろうが……しかし。
いや、その先はやめておこう。
これは、戦争なのだから。
そして、トンネルの先から歓声が聞こえてきた。
明らかな歓喜の声。
それは、俺達の勝利の音だった。
もぬけの殻に為った捕虜収容所に俺達はいったん集まる。
エルフ共は、土竜が敵に為ったのを見て完全に戦意を喪失したようだ。
一斉に撤退を始めた。
この収容所に残っていたエルフも含めて。
「今回の作戦は、完勝だったな」血塗れの頭目が甲高く声を出す。
「うむ、犠牲者も多少は出たようじゃが……それも最小限に留められたか」
見れば、途中から参戦した捕虜達の人数が明らかに減っている。
普通の人間がゾンビと同じように戦ってしまったのだろう、だがそれは無理が有る、その無理が人数が減った理由なのだろう。
「捕虜達はここで解放だ」俺はそう叫んだ。
「各々は元の場所へ帰れ」
「帰る場所の無い者は、王都へ行け」
しかし、捕虜達はその場を動かずに、警備隊長が代表してか一歩前に出て来た。
「我々も、この部隊で戦います」
決意の眼だ。
しかし、俺はそれに首を振った。
「この部隊は急造の傭兵部隊だ、君達正規兵は其々の本来の仕事に戻れ」
「勝利に浮かれて、己の仕事を見失うな」
「うむ、この部隊はすぐに解散して、新たに再編成されるじゃろう」
「この者の言うとおりに、今は帰れ」ルイ王もそう告げる。
「そして、我等の事は黙っていよ」
「今回は、大臣と捕虜部隊が一致団結してエルフ共を撃退した……と言う事にしておけ」
捕虜達は明らかに動揺を隠せないで居る。
「しかし、それでは……」
「この作戦は、我が国の兵士達の指揮高揚の為でも有る」隊長の言葉を遮り。
「大臣救出が冒険者の寄せ集めの傭兵部隊では、話にもならん」
ジッと、捕虜達を睨み。
「これは、わしからのお願いじゃ」
「今回は、大臣が先頭に立ち……貴様ら捕虜を従えての反乱作戦」
「そう言う事にしておいてくれ」
黙り込む、捕虜達。
「そうせんと……わしの立場も、大臣の立場ものうなってしまう」
其々の顔を見合せ、それでも渋々とだが頷いてくれた捕虜達。
「有難い、恩に着る」そう言って頭を下げたルイ王。
「もし、正規軍を指揮する事があれば、その時は是非に助けてくれ」
大きく、力強く頷いた捕虜達。
「勿論です」
「うむ、では……さらばじゃ」そう言い残し……去ろうとするのだが……。
骸骨よ……何処に行く?
トラックはまだ無いぞ、そのまま置きっぱで今ムラクモが取りに行っている最中だ。
ルイ王が収容所の中を右往左往し始めた。
仕方がないので、捕虜達には俺が一言。
「解散」
捕虜達がトンネルに向かい歩き出した頃に、トラックとバスが到着した。
やとこさに、ルイ王の散歩が終わったとトラックに乗り込む。
それに、俺達も続いた。
「適当な事を言って、上手く言いくるめられたな」
その俺の言葉に、眼をパチクリさせたルイ王。
「わしは、嘘はついておらんぞ」
大臣を指差し。
「この者の手柄にしておかんと後々面倒じゃ」
んん?
「大臣の手柄で、王の信用を取り戻させて」
「ソレを裏で操るのが、骸骨の狙いよ」マリーが嫌な笑いで。
「そういう事じゃ」
「助けてやった恩はしっかり返してくれる……ソレが人の上に立つ大臣の務めじゃろう」
「その言い回しに大臣とかは関係無いように思うが?」
「そうか?」笑いだしたルイ王。
呆れ顔の、そんな俺にマリーが新聞の束を渡してくれた。
ここ数日の分を纏めてだ。