マリーは黄色いリボン
目の前のオバサンの校長先生が、ズレてもいない眼鏡を、揃えた指先で位置を正してマリーを見る。
少し、威圧感が有る。
その校長先生は、痩せた体に黒いロングスカートを履き、白いレース付きのシャツを着ている。
マリーの着ている制服にも似ているのだが、ヒラヒラのエプロンは無い。
そして、胸元はリボンではなくスカーフだ、黒いソレをブローチでネクタイの様にして巻いていた。
頭は纏めてお団子にして乗っかっている。
ここは……スイスなのかしらと、車椅子の少女を探したが、居る筈もない。
「サイズは……良さそうね」
そんな校長先生が頷いた。
「私は、学校なんて……」声を出すのにちょっぴり勇気がいった。
「あなたのお名前は?」
しかし、マリーの勇気は無視される。
「錬金術師のマリー…………です」ボソボソと。
「マリー、お年は?」
歳?
この世界に来て、もう何百年とたってる……正直、自分の歳はわからない。
死んでいた間は、引かなきゃ駄目なのかしら?
あれ? 今も死んでいるのだから……死ぬ前?
でも、意識は水晶玉の中で有ったから……それは足すのかな?
「わからないのかしらね」
「見た感じでは10才くらいに見えるわね」
この体の年齢で良かったのか!
「戦争が終わる迄は、この学校で預かる事に為りました」
「あなたは、今日からここの生徒です」
「一年生として勉強に励みなさい」
一方的だ!
「ちょっと待って」
「私は捕まってここに連れて来られたの」
「それが、なんで入学?」
「知っています」
「この学校も、村ごと占領されてしまったの」
「だけど、子供達は勉強をする権利が有ります」
「だから、ここから出られないあなたは、ここで生活しながら勉強をするのです」
「ソレって……強制?」
「義務じゃ無いわよね?」
「権利です」
「その与えられた権利はあなたのモノです」
「だからここで勉強するのです」
今さら、学校?……嫌だぁ。
露骨にそんな顔をしてしまったのか、校長先生が続けて。
「敵国で在る私達に対してのエルフ族の優しさです」
「感謝して、受け入れなさい」
有無を言わさないこの感じ、先生って人達は何処へ行っても変わらないのね。
と、押し黙ってしまったマリー。
そんなマリーを見て。
「実際は、優しさと言う寄りは、エルフの特性のおかげなのだけれど」
「全エルフが繋がっていると言う事は、エルフの母親も含まれるのよ」
「母親と言うモノは自身の子供が一番だけど、よその子も……子供であれば大事なのよ、それは種族も関係無くね」
私の母親はそうでは無かったけど……。
世間では、そうなのかも知れない。
私自身、良い想いでは無かったけどね。
そのマリーの反応を敏感に察知したのか、少し話題をずらして続けた。
「それにここは魔法学校なのよ」
「魔法は元を正せば古代エルフのモノなのだから、ここではエルフについても勉強するのです、そのせいも有るのでしょう」
私の事を孤児かなんかと勘違いしたのね……多分だけど。
少しだけど、優しさが見えた気がした。
さて、黄色いリボンを受け取ったマリー。
一年生の教室に途中参加する。
授業中なので、自己紹介もそこそこに指定された机に座る。
目の前には段積みされた、色ん教科書の束。
黒板には、何やら初歩の魔方陣がチョークで書かれている。
なにこの授業……と、首を捻る。
ソレを見てか、隣の娘が教科書の表紙を見せて、ここよと教えてくれた。
ぎこちないお辞儀を返して、その教科書を開く。
最初の魔法言語、古代エルフ文字のあいうえお。
……。
バカにしないでよ!
そんなの知ってわよ!
錬金術師だって魔方陣くらい描くのよ!
空いた口が閉じられないマリーを見て。
若い女の先生が。
「マリーさんは途中からに成るからわからないかも知れないけど、徐々に追い付きましょうね」ニコニコと優しく。
その先生も校長先生と同じ服を着ていた、スカーフは黄色だったけども。
この学校は、先生も制服の様だ。
そんな先生に。
「ソレって、何の魔方陣ですか?」と、黒板を差し聞いた。
「これは、魔素を集める為の魔方陣よ」
「全ての魔法の基礎に成るの……難しいわよね」
「後で、補習をしましょうね」
優しいが、明らかにバカにされたと感じたマリー、ツカツカと黒板に行って魔方陣を描く。
マリーが描いた魔方陣の方がシンプルで簡単だった。
「あら、可愛い魔方陣ですね」
やはりバカにされてる。
「先生、あなたの描いた魔方陣を起動させてみて」
「そうですね、実際にやってみましょう」と、呪文を唱える。
プスプスと、蚊取り線香レベルの煙が上がる、細い魔素の筋。
おお、っと小さな声が教室の何処かからか漏れ聞こえてきた。
マリーも呪文を唱えた。
その瞬間、ドバドバと巻き上がる魔素の煙。
目を剥いた女教師。
大歓声を上げた生徒達。
その生徒達に向き直り。
バンと黒板を叩いて。
「基礎魔方陣は日々進化しているのよ!」
「時代を感じさせる魔方陣なんか……懐古趣味の観賞用よ!」
ふん! と、大の字になり、胸を突き出し海老反ったマリー。
マリーは一人、自室に居た。
ルームメイトはまだ誰も帰って来ていない。
いや、それどころか全てのクラスがまだ授業中だ。
なのに……マリーはここに居る。
最初の授業……つい爆発してしまった。
なんだか、少しずつ溜まったモノを吐き出す。
毎日出さないといけないモノを3日も4日も溜め込んでしまって、ソレを出した。
頭の先を押さえ付けられて居たのが、外れた。
そんな感覚で、とても気持ちよかった……のだけど。
そのせいで、いきなり問題児にされてしまった……。
本当の事を言っただけなのに。
バカにされたのが許せなくて、出来る所を見せただけなのに。
コツメじゃ無いけど……大人の女の人って大嫌い。
大人の男の人は大丈夫なのに、女の人は嫌。
あの、上から目線が堪らなく嫌なの。
元の世界で、初めて病院に出勤した時の婦長さんも威圧的だったし。
看護学校の先生達もそう。
人の事なんて見もしないで、自分の想いをぶつけるだけのあの感じ。
それが通らない時は、泣けば言いと思っているのがまた嫌い。
舐めてるんじゃ無いわよ!
もう嫌。
こんな所、さっさと逃げ出してやるわ。
脱走よ!
仁王立ちで、拳を握って上を向くマリー。
部屋の窓から外を見る。
三階だった。
無理ね……。
扉を開けて、外を覗いて見る。
誰も居ない、静かな廊下。
ソッと自室を抜け出し、廊下を隠れながら進む。
たまに聞こえる話し声の度に、小さく成り影に隠れてやり過ごす。
私、コツメよりも忍者の才能が有るんじゃない? と、ムフフと笑う。
建物を出て、木の影を渡り、ベンチをつたい、学校を囲む背の高い塀に迄到達出来たのだけど……その壁はとてもじゃ無いけど越えられそうに無い。
今度は、その塀に沿って歩く。
ダンジョンとか迷路を歩く時の基本よ、壁から手を離さなければ何時かは出口にたどり着ける。
入り口は出口に、絶対に繋がって居るのよ。
その壁には、途中から触れたのだが、その部分は見落としている様だ。
まあ、学校を囲っている塀なのだから、出口には着くだろう。
敷地の中の別の何かを囲っているなんて、そんな珍しい事にはならない筈だ。
「なかなか、広い学校ね」右手を常に壁に。
「それに、見た様な景色ばかりだし、どれくらいに進んだのかもわからないわね」
さっきも有った、ベンチを見ながら。
そのベンチに二人の女の子がやって来て座る。
とっさに草影に隠れて様子を伺うマリー。
その二人はジェニファーとエマだった。
仲良しなのね。
二人の笑い声が聞こえた。
そこから、ソッと離れて壁の道を進むマリー。
まだ、手は離していない。
10分程の歩くと、またベンチが見えた。
ソコにも二人の少女が話ながらに笑っている。
……。
ジェニファーとエマだった。
壁の右手を見たマリー。
壁を思いっきり蹴っ飛ばした。