レイハラとは人種差別ハラスメントの事
ロマーニャでの最初の町はビアチェンツァだ。
石とレンガと白い漆喰で出来ている建物が無造作に並び、その間、間が道の様だ。
都市計画等とは無縁なのだろうな、町に入った瞬間から感じた。
が、活気には満ちている。
行き交う人々の顔も明るい。
そして、多種多様な人種達。
もちろん、その中にはエルフも居る。
むしろ、パピルサグ人が少ない様にも感じたが、プレーシャと同じで首都から遠いせいなのだろうなと、納得した。
入り組んだ町のせいでトラックが入れない。
結果、俺達は徒歩での散策。
俺は、トラックが入れないなら迂回して次の町をと言ったのだが……。
骸骨が「敵情視察は大事じゃ」と、車を止めさせた。
敵を知り己を知れば……なのだろうが。
だけど……ロマーニャは、まだ敵じゃないと思うのだが。
しかし、車が止まった瞬間にはしゃいだコツメが飛び出したので仕方なく散策。
そして、今もはしゃぎ捲っている、プラス四名を引き連れて。
その5人組、コツメにマリーにジュリアにタウリエル……そしてルイ王。
店先を覗いては何やら話をしながら、あっちへ行き、こっちへ戻りを繰り返している。
見た目はお爺ちゃんが孫に手を引かれている様にも見えるのだが、ルイ王の顔を見るに誰よりも楽しんでいた。
サルギン達でさえ、大人しくしているのにアンタ幾つだ。
と、コツメが俺の所に来て、果物屋を指差し「買えない」と、寂しそうな顔で。
金が無いのかとポケットを探れば金貨が出てきたので、1枚を渡してやったが。
首を振るコツメ。
通貨が違うのか? 両替か? と、店先を見ていると、客がカードを提示して、その後に金を払っている。
他所の店でも同じ様にしていた。
なんだろうと、近付いて店の親父に聞いてみる。
「この金貨なのだが、使えないのか?」
「ロンバルディアの金貨ですね」俺の手元を見て、親父。
「身分証さえ有れば使えますよ」
「身分証?」
「コレです」と、親父は自分のカードを懐から出して見せてくれる。
何やら色々書き込まれている。
人種、出生地、出生年月日、現住所に職業。
そして、意味のわからないアルファベットと数字の並び。
最後にランク。
マイナンバーの様なものか?
「それは……無い」と、返すしかない。
「そうですか……コレがないと売れないのです」
「そうなのか?」何故に。
「この、ランクでモノの値段が変わるのです」と、カードのランクの欄を指差す。
「?」怪訝な俺を見て補足してくれた。
「モノその物の値段は同じなのですが……税率が変わるのです」
大きく頷いた俺。
国民をランク分けしているのか……この国は。
「もし、お作りに成るのであれば、移民希望ならこの道を進んで左です」
「観光なら、この街限定のカードを、真っ直ぐ奥の建物で作れますが」
と、道を差しながら教えてくれた。
「因みにだが、どれ位に変わるもんだ?」
店先のリンゴを一つ取り。
「観光カードなら、銀貨10枚です」
「移民カードなら、銀貨5枚です」
「普通国民で、銀貨2枚」
「パピルサグ人で銀貨1枚です」
「間にもう少し有りますが、大体そんな所です」
値段が10倍も変わるのか……。
あの、パヴィアの村長が愚痴っていたのはこの事か。
俺の呆気に取られたその顔を見て。
「移民の方でも、功績を上げれば、直ぐに普通国民に成れますよ」
「その、功績とはどう上げる?」
「公共事業とか、魔物退治とか、後は国に特別に貢献したとかですかね」
「兵士になるとか?」
「確かに傭兵部隊に入るのは近道ですね」頷く親父。
国籍を労働で買う様なものか……。
現実世界でも、何処かの国がやっていたな。
俺達の場合は観光カードか……。
高い、高過ぎるぞ。
ここは、夢の国ランドか? と、足元に居たネズミを見た。
「コツメ……諦めろ」
安月給の親父が、オモチャ屋で子供に言っているこの言葉の気持ちが、良くわかった。
寂しくて悲しいこの気持ち……。
ため息が出る。
言われたコツメ、えぇっと悲しい顔をして、マリーとジュリアに愚痴り出す。
タウリエルもルイ王も明らかにガッカリしていた。
「あのう……」果物屋の親父がまだ声を掛けてくる。
「そちらの方はエルフですよ」タウリエルを見て。
「そうだね」だから何? 俺もガッカリしているのに。
「エルフの方ならカード無しでも買えますよ」
「銀貨2枚です」
「普通国民と同じ?」
「何故に?」
「パピルサグ人とエルフ人は、特別にカード無しでも大丈夫なのです」
差別だ! 敢えて声には出さないが……人種差別だ!
ため息と共に金貨をタウリエルに差し出し。
「買ってくれ……」
リンゴを齧る俺。
歯茎から血は出ないが……心がレイハラで流血だ。
「次、行こう」
「ブッセートだっけ?」
「どんな町なんだろう」
後半は独り言の積もりだったのだが。
「砂漠の真ん中の町ですよ」と、親父が教えてくれた。
おお、アラビアンナイトか? シンドバットか?
月夜の夜にラクダに乗って、美人の踊り子とデートだ!
「よし! 直ぐに行こう」ぐっと拳を握り締め。
「居ないわよ……居ても相手にされないわよ」
マリーが、フンと鼻を鳴らして。
それに対して、ムッとしながら、俺の心を読むなと言いたい。
兎に角だ、次の町に行くのだと皆を急かしてトラックに戻ろうとした時。
背後から声を掛けられた。
見れば、パピルサグ人の兵士、数名の様だ。
「ロンバルディアの大臣様、御一行でしょうか?」代表の一人が一歩前に出て。
「そうだが……何か?」怪訝な表情は隠しきれていないと思う。
「我が国の副将軍がお呼びです」
「副将軍? 軍人が何用だろう」と、首を捻る。
まさか、黄門様? じゃ無いよね。
「我が国の国家元首は将軍も兼ねております、その次の位です」
「ロンバルディアの大臣様と同等かと……」
おっと、起こらせたか? と、顔色を覗いたが大丈夫なようだ。
成る程、黄門様は正解の様だ。
俺は、大臣を見る。
大臣も頷いた。
そのやり取りを見ていた兵士が。
「こちらです」と、先導しながら歩き出す。
俺達は大臣を先頭にして付いていく。
「何故に、わかったのだろう?」小声で。
「ローディの彼らでは無いかのう」ルイ王が、驚きも無くさらりと呟いた。
黒いオーケストラか、奴等の繋がりはこの国の方だったか。
少し、気を付けた方が良さそうだ。
ロンバルディアに何かしらの興味を持っているのは確かなのだろう。
打倒国王を掲げたレジスタンスに援助をしているのだから。
……。
まさか、そのレジスタンスを作ったのがこの国とか?
可能性は有るかも知れないが。
もし、そうだとすると……ヤバくないか?
町の中心部、観光カードを作ってくれると教えて貰った建物だろう、に入っていく兵士。
そして、俺達も続く。
そんなに大きく無い平屋の建物。
入って直ぐは、小さな役場のカウンターの様にも見える。
ここで、カードを申し込むのかと、覗きながら。
もう一つ奥の部屋に移動する。
そこは、入った瞬間からパピルサグ兵だらけだった。
雑然と動き回る兵士達。
此方を気にする者も居るが、それでも気にするだけで自身の仕事を続けている、そんな感じだ。
更に奥の部屋の扉を開けて。
中を指し示した兵士。
覗けたその中は、テーブル一つの小さな部屋だ。
俺達、全員で入る訳にもいかない。
大臣と、補佐の名目でルイ王、そして護衛役の頭目の三人だけで入る。
後の者は、俺を含めてその場で待機だ。
の、積もりだったのだが……コツメが退屈そうにしている。
不味い、余計な事を仕出かす前に外に出そう。
と、ジュリアを見たら……しっかりと頷いて返してきた。
理解しているようだ、流石だジュリアちゃん。
俺は、ポケットの中の残りの金貨を全て渡して、頷いてやった。
そのジュリア、俺とマリーだけを残して残りの者全てを引き連れて出ていった。
ジュリアの足元が……スキップしている様に見えたのだが……。
多分……錯覚だ。