惨劇
マリーのダンジョンの森を抜け。
平原に出て、走るトラック。
気絶したタウリエルはトレーラーに移し、コツメと共に隔離することにした。
見張り役は、シグレを筆頭にゴーレム三人。
一々、騒がれては堪らん。
骸骨はこれが面倒臭い。
しかし、もっと面倒臭いものが目の前に近付いてきた。
ダンジョンだ。
しかも新しい。
トラックのガラス越しにそれを見て。
「これは……やはり……」言い淀む俺に。
「時と空間の勇者ね」言い切るマリー。
「調べる必要が有りそうね」
「迂回は出来ないのですか?」大臣も覗き見る。
「勇者が絡んで居るのよ」
「何処の国の勇者かは、わからないけど」
「成る程」考え込む大臣。
「我が国の領土にダンジョンを創ったとなると……」
「その意志があると、言う事ですか」
「そうね」頷き。
「目的はわからないけど、直近で三つ目よ」
「前の二つは、あなたが依頼を出したでしょ」
「あれも、ですか……」
「攻略するかしないかは別にしても、調査はすべきだと思うけど」
「まあ、サクッと終わらせよう」チラリと骸骨を見た頭目が。
「こちらには闘将ルイ王が居るのだし、直ぐに終わるだろう」
その骸骨。
「どうも、ワシを期待しとるようじゃが」
「ワシは今、レベル1じゃぞ」
「この剣も振るえんかもしれん」と、腰の剣を叩く。
「え!」
「なぜ?」
「そりゃのう」俺を指差し。
「さっき、召喚されたばかりだしのう」
「今は、以前の記憶だけじゃ」
「…………」声を詰まらせ、あからさまにガッカリした頭目。
「まあ、大丈夫でしょ」その頭目の肩に手を伸ばすマリー。
「今の私達なら何とかなるわよ」
さて、そのダンジョンの縁に立つ俺達。
ダンジョンは平原に丸く切り取られた地面の下にある。
サイズは大きくない、こちらから反対側の崖が見える。
大きな高層ビルも無い、大通りから一歩入った裏路地の町のようだ。
ただ、降りられそうな所も無い。
セオドアに糸で梯子でも作って貰おうか、と、考えていると。
マリーが。
「嫌なモノを見付けてしまったわ」と、呻くようにしてダンジョンの中を指差した。
その先を追うと……。
学校が見える。
それを見付けた俺も、なんとも言えない気分にさせられた。
この間のダンジョンの様に、時間を間違えていてくれる事を祈ろう。
セオドアが梯子を作っている間にカラスを飛ばす。
返ってきた答えは、目に着く処に動くモノは無い、だった。
ただ、一段開けた場所に魔物が倒れているとの事。
その場所は学校の校庭だった。
「それは、誰かが倒したのだろうな」
「多分……ヤツね」マリーのその答えに俺も頷く。
「で、ワシはどうすれば良い?」と、トレーラーを指差しながらの骸骨。
コツメとタウリエルはまだ中に居る。
うーんと、考え込んだ俺の代わりに「二班に別れましょう」とマリー。
「骸骨はロイスとサルギン達とカラスにネズミね」
「私達は、真っ直ぐに魔物の所へ向かうから、辺りの探索をお願い」
「生きている者が居ても、不用意に近付かないでね」
「うむ、わかった」
「その勇者とやらの顔もわからんしな」頷く。
ダンジョンの中の裏路地の様な道を蜂達を使い、警戒しながらに進む。
道幅はそれでも車2台分はしっかりあり、左右の建物の高さもさほどなので、圧迫間もない。
「なんか」コツメが。
「退屈な感じ」興味を惹くモノが見当たらないのだろう。
確かに、何もない。
小さな会社にマンションかアパートが見えるだけ、それ以外はコンビニすら見当たらない。
この辺りの何処かの裏か角にはあるのだろうが、それを探しても仕方無い。
しかし、本当に何もない。
車すら無い。いや、建物のガレージにはあるが道路に無いのだ、それはここを車が走る時間帯では無いという事。
だが、深夜でも無さそうだ、そこいらの会社のシャッターが開いている。
ここが召還された時間がだが。
嫌な予感に後ろを押されながらに、先を急ぐ。
学校が見えてきた。
小学校だ。
校門から少し登り坂になり、登り切った先に大きな桜の木が見える。
その向こうに校舎が在り、それを横目に見ながら右側校庭の様だ……。
「最悪だ……」
校庭にたどり着く前に、幾つかの小さな死体。
刀傷が前後、無差別に着いて倒れている。
吹き出した自身の血で赤黒く塗られた子供達。
「なんて事を……」
「この……傷は」息を詰まらせながらに頭目が「見覚えがある」
「ヤツだ」
「コツメ、ジュリア」マリーが二人に叫んだ。
「後ろの建物に入っちゃ駄目よ」絞り出した声。
「見るのもダメ」
校舎の窓という窓が赤く染め上がっていた。
その意味を想像する事すら躊躇われる……ただ目から入る映像を脳に流すだけが精一杯。
そんな惚けた俺を置いて、頭目が校庭の中央に横たわる魔物に近付いて行く。
魔物は巨大なハムスターだった。
象の二倍程のサイズ。
「死んでいる」頭目が。
「駄目だ……」目をふせ。
「行こう」言葉、切れ切れに。
「ここを離れよう」
だが、俺は吸い寄せられる様に近付いてしまった。
死んだハムスターの頬袋が大きく膨らんでいて……。
その口から……子供達の頭や手足がこぼれていた。
声が出せない。
まぶたがうごかせない。
指先が……足先が震えて痛い。
この場から今すぐ離れたい。
しかし、足が出せない……歩き方を思い出す事が出来ない。
そんな俺を頭目が、学校の外迄引き摺り出してくれた。
死体は見慣れている筈なのに。
俺はネクロマンサーの筈なのに。
異世界人も元の世界の人間も同じ筈なのに。
……。
だ。
「何時まで呆けて居るつもり」マリーの顔が目の前にあった。
「いい加減に馴れろとは言わないけど……」
「今は、それどころじゃ無いわよ」
「骸骨から連絡よ、剣を持った男を見付けたらしいわ」
「ヤツか?」その言葉に怒りが沸くかと思ったが、それは無かった。
ただ、意識を引き戻す効果はあった。
道端に座り込んで居た俺は、立ち上がった。
「多分だけど、そうね」
「行こう、兎に角……確認だ」やはり、怒りが出てこない。
冷静……でも、無さそうだ。
機械的に反応している、わけでもない様だ。
しかし、今は動ける。
ヤツの所に行こう。
「私が先に行きます」ジュリアが手を上げる。慌ててピーちゃんも羽を上げた。
「一応は顔を見ているので……」と、ピーちゃんの背に乗りながら。
「そうね、お願いするわ」
それに頷いて返す、ジュリアとピーちゃん。
そして走り出した。
俺達も後を追う。