骸骨 再び
マリーのダンジョンに続く洞窟の前にトラックを停めて中に入る。
ただ骸骨を迎えに行くだけなので、俺とマリーと二人で行こうとしたのだが、ジュリアが着いてきた。
錬金術師の工房が気に成った様だ。
洞窟の中をくぐり抜け、隠し扉を開けて、滝を横目に病院の中へ。
その水力魔交換型の滝の説明をマリーに受けたジュリアが感嘆の声を上げる。
見た目はただの洞窟内の滝なのだが。
まあ、それだけでも景色としては凄いものか。
病院の中の景色もそのままで何も変わらない。
白衣を着たゴーレム達が行き交い。
看護婦姿のスケルトン達とすれ違う。
ジュリアはそれらに一々反応していたが、コツメと違い、大騒ぎ迄はいかない様だ。
スケルトンは、サルギンの骸骨を見慣れているし、ゴーレムはゼクス達と友達だからだろう。
しかし、マリーの工房に入ったとたんに一変した、ホムンクルスの入った試験管を撫で回し、そこに繋がる管をたどり、その先の装置を見居る。
そんなジュリアにマリーが一々説明をしている。
自分の仕事が理解してもらえるのが嬉しいのだろう。
そんな二人を横目に、部屋の隅に眠る骸骨の前に立つ。
崩れて散らばった骨の小山、その下に埋もれた錆びた剣。
それを眼下に見ながら、さてと、と、呪文を唱えた。
光る魔方陣。
バラバラの骨が踊るように動き集まり形を成す。
「久しいな」足元の錆びた剣を拾いながらに骸骨が口を開いた。
「随分と成長したものじゃな」落ち着いた声だ。
「そうか? 実感はあまり無いが」
「骸骨を召喚出来る位には成ったのだろう」ニヤリと返す。
「で、王に成れたか?」
「イヤ、まだだ」
「そうか……まだか」
「あんたのカタキはそのうちに……だな」
「カタキ?」小首を傾げる骸骨。
「カタキをとって欲しくて、王に成れと言ったのではないのか?」
「なんじゃそれわ」笑う骸骨。
「別に今の王家に恨みなぞ無いわ」
「確かにワシは負けたが、国は滅びてはおらん」高笑い。
「では、なぜ?」
「そんなもん決まっておろうが……国を強くする為じゃ」
「ネクロマンサーが王なら最強じゃろう」
「エルフどもやパピルサグ人やミュルミドーン人に一泡吹かせたいではないか」
「奴ら、鬱陶しいからの」
「今は、そのエルフと戦争中だ」
「また、ちょっかいを掛けてきおったか」
「懲りん奴らじゃ」
「で、ロマーニャに援軍を頼み行く所だ」
「はあ? パピルサグ人にか?」信じられんと言う顔をしたいのだろうが、今一うまくない。
「臆病で気位ばかり高い奴らにか?」
「仕方がない」
「今のロンバルディアではヴェネトには勝てん」
「なんとも……」大きなため息。
「情けない」
「それが今の現実だ」
「早く王に成れ」俺を見て。
取り敢えずに適当に笑って返し。
二人を呼ぼうと振り向いたら、そこにジュリアが居た。
じいっと、骸骨を見ている……イヤ、腰のモノを、か?
「この者は?」そのジュリアを指差した骸骨。
「ドワーフの娘よ」
「カエサルの子孫」マリーがそのジュリアの後ろから。
「カエサルのか!」
「それは、似んで良かったのう」
知り合いなのか……やはり、なのだろうが。
そのジュリアがぼそりと「エクスカリパー」と、錆びた剣を見詰めていた。
エクスカリパー? エクスカリバーじゃなくて?
だが、その言葉で大方の予想が付いた……またヨウイチの作、なのだろう。
聞かなかった振りを決め込んだ。
面倒臭い。
「錆びてる……」と、手を伸ばすジュリア。
「今、研いて上げます」
しかし、その手を払い除ける骸骨。
「やめい」
「折角に良い具合に錆びておるのに、それを研ぐなど」
「この錆び、結構苦労したのじゃぞ」
それは、わざとか!
自分でやったのか!
「今の若いもんわ」
「詫び錆びもわからんか!」
いやいや、その錆は間違ってる。骸骨よ勘違いだ。
その骸骨を連れて四人で外で待つトラックへと帰る。
洞窟を出たとたんに骸骨の額に氷手裏剣が刺さった。
投げられた先を見れば、コツメが息粗く、その目が座っていた。
そんなコツメをカエル達がトレーラーの中に押し込む。
当の骸骨は、額の氷を抜き、「穴があいてしまったではないか」と、摩りながら。
その骸骨を見た大臣「この方がルイ王!」
「そうじゃが……御主は?」
「これは失礼しました」と、膝を着く。
「私は、現ロンバルディアにて大臣を務めさせて頂いております」
「マルクス・ブルータスと申します」
おお、そんな名だったのか!
「是非にルイ王のお力をお貸し願いたい」
「この国を救いたいのです」
「それは良いのだが……」
「もうワシは王では無いのだがな」出来る事も知れているとでも言いたげだ。
「是非に伝説の闘将のその力を見てみたい」頭目が少し離れた場所に立ち、呟いた。
闘将なのか……。
そう言えば、強かったな。
だが、それも今回は必要無いだろう、それよりも交渉能力の方だな。
そこは未知数だ。
ただ、有無を言わさぬ強引さは、確かにあった。
「何時まで立ち話してるの?」マリーがトラックに手を掛けながら。
「行くわよ!」
「凄いのう、これわ」骸骨がトラックの中で感嘆の声。
「俺達の世界の乗り物だ」
「ゴーレム化して動く様にしたのだ」フフン、と。
ムラクモが、勿体ぶる様に、ゆっくりと走らせる。
トラックを誉められたのが自分の事の様に嬉しいのだろう。
誇らしげにハンドルを握っていた。
日が少し傾き始めた、木漏れ日も柔らかくなっている。
その、ゆっくり走るトラックの車窓から、森の木々が見える。
その一際大きな木の影に、もたれて眠る苔むしたゴーレムが見えた。
一人なのに、決して寂しげではない。
ゴーレムの表情はわからないのだが、楽しげにも見える。
だが、もう……相当の年月をここで過ごしたのだろう。
自然の一部として溶け込んでいた。
「なんじゃ」骸骨が隣に来て。
「汚いのう……苔だらけじゃ」
思わず振り向いてしまう。
あんた……今さっきに、詫び錆びとかぬかして無かったか?
俺達はそのまま南下した。
当初は国境の街クレモナに直行して直ぐにロマーニャに入るつもりにしていたのだが。
骸骨がそれでは駄目だと、ルートを……パヴィア……ローディ……クレモナ……で、ロマーニャを提案してきた。
長らく国交が無かったのなら先ずは情報を集めよ、との事。
其々の街は全てが国境に面している、ただ暮らし振りを見るだけでも価値は有ると。
大臣も頭目も一にも無く頷いた。
「そうしましょう」
「流石、闘将ルイ王」
いやいや、急ぐ旅では無かったのか?
戦争が始まっているのだぞ。
と、突っ込んでも良かったが……俺もこの国の行く末をそんなに気にしているわけじゃない。
せっかく作った銀行と保険と新聞が残れば勝ち負け等、どうでも良い。
等と考えていると、急にトラックが停止した。
嫌な予感がする。
停止のしかたが、緩やかに優しくだ。
これは、次に来る言葉は……。
「旦那、迷子です」
やっぱり!
タウリエルか!
泣きながらに乗り込んできたタウリエル。
なぜ北に向かったのに、南に居る!
そんな事を聞いても仕方ないのだろう。
その答えは、誰に聞いてもタウリエルだからとしか帰ってこない筈だ。
「俺達は、ロマーニャに行く積もりだが良いのか?」
「ロマーニャなら、そのまま迂回して北上すればいいんじゃない?」マリーが言う。
成る程、ロマーニャもヴェネトに面している。
ここから北に戻るよりも近いかも知れない。
「そうします」ズビズビ……。
「この娘も知り合いか?」骸骨が前に出てきた。
「使役はされとらんようじゃが」
その骸骨を見たタウリエル。
その一目で。
脆くも意識を失った。