エルフ族
木の裏のウロのような所から、下に伸びた階段を見付けた。
壁も足元も天井も木の板で補強されている。
しかし狭い、人同士がスレ違うのがやっとだ。
その階段、結構な距離を降りた。
そして、突然に開ける空間、ソコに町が在った。
まるで何処かの地下街の様に両脇に店が並び、人も大勢が行き交う。
だがそれ等は、人間であり、獣人であり、擬人だ、エルフが少ない。
その上、たまに見掛ける少数のエルフ以外は、その総てに額に奴隷印がしるされている。
それでも奴隷然とはしていない、みな笑顔で普通に歩き、話をし、買い物に興じている。
不思議な光景だった。
イヤ、マリーやコツメ達の様なアツカイなのか?
その三人娘達は、コツメを先頭にあちこちの店を覗いてははしゃいでいた。
それを羨ましいそうに見ていたゴーレム達、もしくはゴーレムに化けた者達に頷いてやる。
残った俺と頭目は泊まれる所を探す事にした。
「あれ? そう言えば」頭目を見て「宿代はどうした? プレーシャの分」
「これだ」懐から革の巾着袋を出す。
例の奴隷狩りの奴等が受け取っていた金貨の袋だ。
「それは……ロンバルディアの金貨なのだろう?」
「ここ、ヴェネトでも遣えるのか?」
「遣える」頷き「その時々で価値は若干に変わるが……大丈夫だ」
外国為替か。
しかし、レートはどう決めるのだろうか?
「幾らか必要か?」俺に。
「カードで両替してやるぞ」
「他の者も、それで金貨を持って行った」
おっと、俺だけが出遅れていたのか。
ん。
「ちょっと待て」
「その金貨、皆で勝ち取ったモノだろう?」
「何故に頭目のモノに成ってる?」
「俺が、奴を倒して奪ったからだ」さも当然と。
いやいや、それはおかしいだろう。
異議を唱えようとした俺に。
「俺達は盗賊だからな」
「そのルールさ」
頷けないルールだ。
その俺に一掴みの金貨を差し出し。
「まあ、それ以前に……奴隷でもある」
それを受け取ったが……。
その言い方は、毒が有るぞ。
まるで、俺が上前を跳ねたみたいに見えるじゃないか。
ポケットにはし舞い込むが。
どうにも解せない。
納得いかない。
「ここで良いだろう」そんな話を遮る様に、目の前の建物を指す。
宿屋の様だ。
そこへ、サッサと入る頭目。
誤魔化された気分だ。
俺も続いた。
この宿には大部屋は無いそうなので、幾つかの部屋を取る。
その際、前金を要求された。外国人にはそうすると言われれば……ハイそうですかと従うしかない。
ジャラジャラと金貨を出す頭目。
それを普通に受けとる、宿屋の主人。
おい? 為替レートはどうなった?
妙に半端な金額だから、有るには有るのだろうが……。
そのレートいつ決まる!
いつ変わる!
これも誤魔化された気分だ。
……。
まあ、金を払った頭目が何も言わないのだから、良いのだろう。
納得はしていない。
そして、部屋でくつろぐ。
引っ掛かるトゲの様なモノは無理矢理に抜いて。
煙草に火を着けた。
そこへ頭目もやって来る。
部屋割りでは別々だが……一人で居ても暇なのだろう。
目の前に座り。
「どうもこの国は変だ」先に口を開いたのは頭目だ。
「町を歩いている者達なのだが、決して広くない場所を大勢が違和感無くすれ違う」
「ん? 良くわからん」
「大勢が行き交う場所で歩けば、避けるなり、立ち止まるなり……そんな者も居るだろう?」
「それが、躊躇する者すらも居ない」
「たしかに……」
「それに、宿屋の主人だが金の数え方が変だ」
「商売人なのだから慣れて居る筈なのに」首を傾げた。
確かに違和感が有る。
しかし、その違和感の正体はわからない。
二人して唸ってしまった。
そこへ、マリーとコツメが帰って来た。
「ジュリアは、居る?」
「一緒に居るのでは無いのか?」
「居ないのよ」マリー。
「途中で、消えたの」コツメ。
「迷子か?」
「大方、武器屋か防具屋だろう」
「居ないのよ」マリー。
「お酒も呑んで無かった」コツメ。
「今、皆で探してるんだけど……見付からないのよ」マリー。
「先に、ここに来たのかと、見に来たの」コツメ。
そこへ、ノックと共に宿屋の主人が来た。
「皆様、長老王がお呼びです、迷子のお嬢さんの事だそうです」
その場の全員が顔を見合せる。
今の今の話だろう、何故わかる。
「話はしていない筈よ」マリー。
それに合わせるように首を振るコツメ。
「こちらです」俺達の事を見ていないかのように、ただ指を指す。
それに従い部屋を出る。
わけがわからないが、長老王に呼ばれたのなら行かないワケにはいかない。
店を出た俺達は、更に驚かされた。
通りの真ん中を空けて、その両脇に退いた全員が同じ方向を指差している。
その誘導に従い歩き出す。
「何が起こったのだ?」思わず口に出す。これはこの状況がだが。
それに、側の通りすがりの筈の他人が「どうも、誘拐されたようです」
ん? その者を見る。
が、別の者が「今、探しております」
え? そちらを見る。
「こちらです」また別の者。
「何故、ジュリアが」歩きながら、混乱を隠す独り言。
「それも調査中です」歩いてる最中に声を掛けられる。
「誰が?」歩きながら。
「この国の者ではありません」別の者。
「外国人の様です」これも別の者。
「お酒を買おうとして……」別の者。
「その時に……」別の者。
「声を掛けられ……」別の者。
「連れ去られた……」別の者。
「様です」別の者。
全くの別人が各々に話し掛けて来るのだが。
それが、会話に成っている。
「こちらです」階段を指差す、別の者。
登った先は、長老王の屋敷の裏だった。
そこにも別の者が立ち「屋敷の中へ、どうぞ」
中に入れば「長老王がお待ちです」さっきとは違う者。
そして、部屋に通され、そこに長老王が座っていた。
「わしの監視下での不始末じゃ」
「外国の者よ……許せ」
唐突な会話だが、さっき迄の大勢の会話には繋がっている。
「ねえ、なんか変なんだけど」コツメが長老王に。
「いろんな人が、1つの話をしているみたい」
頷いたマリー。
「それは、意識の共有で同じ事を考えておるからじゃ」
「それは、お年寄りだけなんでしょ」マリーが。
「意識が混じり合い、1つに為るのは年寄りだけじゃが」
「その意識の集合体と若い者も繋がっておるのじゃ」
「若い者はまだ、個が残っておるがな」
テレパシーの様なものか?
蟻のテレパシー能力なんて眉唾なものが在ったが……それか?
「そうか……だからエルフ以外は奴隷なのか」蟻と同じと考えるならばだが。
「どう言う事?」マリーだ。
「エルフ族は常にテレパシーで繋がっている、みんな相手の考えがわかるんだ、詰まりはコミュニケーションが必要無い状態で社会が成り立っている」
「だから、奴隷で仮のテレパシー能力、念話のあの繋がった感じでそれを補っているんだ」
「だからか!」頭目も理解出来た様だ。
成る程、何も無い様な国が大国と言われるワケだ。
巨大な集積頭脳が長老王なのだ。
国民が総て同一の脳で動くのだから、戦争も経済も強くなる。そして犯罪も無い平和な国だが。
それを端から見れば、個がバラバラで、タウリエルの言っていた「群れず、頼らず」に見えるだろう。
そして「個人が最重要」は、国民が全員で一個人なのだからだ。