イセオ湖
ベルガモをたち、暫く進むと巨大な山脈とその裾のに広がる広大で深い森が進行方向を遮る。
石畳の道はその2つを迂回するように北に流れていた。
「デカいな」
「ドラゴンの棲家よ」マリー。
「ドラゴンが居るのか?」おお、ファンタジー!
「さあ? 誰も見た事がないからわからないわ」
「ただ、そんな名前の山脈よ」
「あの山の麓に辿り着いた者も居ない」頭目。
「その手前に有る、異界の入り口と言う名の樹海を越えられないのだ」
「だから、誰も知らないのさ」
「次の町プレーシャはその向こう側に有る、だからイセオ湖まで迂回するのだ」
「因みに、南は国境の町クレモナまでその山脈も樹海も続いている」
「なんとも邪魔な」と山を見上げた。
「その邪魔が天然の城壁と為ってこの国を守っているのさ」
「そのうちチャレンジしてみるか?」山脈を見詰めていると。
「一人で行ってね」素っ気ない。
ロマンを感じないのか? これを見れば沸き上がるモノが有るだろう!
そんなモノお金に成らないわよと、ばかりに何かを造っているマリーに向かって、とても分かりやすい溜め息を吐いてやった。
そして。
林の中に続く道の入り口をくぐる。
その奥は、樹海ほどでは無いにしても深い森へと続いていた。
まだ日が沈むには早いハズなのに、辺りは薄暗い。
風で木々が擦れて音を出す。
「なんか、雰囲気が有るなぁ」
「吸血鬼とかだったら」鼻で笑って「とっくに絶滅したわよ」
吸血鬼! 居たんだ!
「いや……そうじゃ無くて」
「こう」暗い森の木々を見ながら。
「カラスが鳴いて……バサバサと飛び立った先に洋館が在って……」
「鳴いてあげて」と、マリーがカラスに。
「その洋館の中には……ゾンビが……おおおおおって」
「だって」マリーが頭目に。
頷いた頭目「うおおおおお……これで良いのか?」
「……」
「なんならネズミもスタンバイOKよ」それに答えて、チュウ。
「忍者の出番は?」コツメも入ってきた。
「もう……いいよ」その場に横に成る「寝る」
ただ拗ねてみただけの積もりだったのだが、本当に寝てしまっていた。
そして起きた時には夜中になっていた。
寝静まった皆を起こさないように、ソッと外に出る、煙草を吸うために。
そこは、深い森の中の一瞬空が見える場所。
今はその木々の間から三日月の端が覗いている。
そんななか、適当に道端に腰を下ろして煙草に火を着けた。
口元の直ぐ近くで赤い火が呼吸に合わせて強く成り弱く成る。
その煙草の燃える音が聞こえるくらいに静だ。
そして、一本の煙草を十分に堪能した後、火を地面に擦り付けて、立ち上がる。
もう一度、寝直そう。
そんな俺の後ろから声が掛かる。
「あの、もし……」枯れた、か細く震えた声。
振り向くと、ソコに老婆が立っていた。
ぎょっと目を剥く俺に。
「お尋ねしたいことが……」
「ここいらで、背の低い男を見掛けませんでしたか?」
「ここを通ったハズなのですが……」
ただ、首を横に振る。
スキル夜目を持っている俺の目にも入らずに、いつの間にソコに。
「小さい時から兄の様に慕って居たのですが」
「家に居ないのです」
「何度、訪ねても……知らない人が出てくるだけで」
「何処へ行ったのでしょう……」
首を横に振った。こんな時間に見掛けたりはしていない。
「何時もこの道を通って仕事に行っていたのに、帰って来ないのです」
ここは、深い森の中のハズ。何処まで仕事に?
「見ていないが」兎に角に声を絞り出した。
その俺の声に答える様に……すーっと、消えていった。
同時に俺の意識もすーっと消えた。
翌朝、マリーに蹴り起こされた。
「こんな所で寝ないでよ」
ハッと飛び起きた俺は、木漏れ日の中で老婆を探す。
居ない……。
「この辺りに……村か何かは、在るか?」
「無いよ」頭目も起き出したのか、トラックから出てくる。
「昨日、夜中に婆さんが歩いてた」
「人を探して居たようだが……」
「何を馬鹿な、こんな森の奥に歩いてだ?」
「ありえん」
「夢でも見たんでしょ」と、一言で片付けて。
トラックの中のジュリアに「朝ごはん作って」
「お腹空いた」
「いや、居たんだよ」
「居た筈だ」
「……」
「居たよな?」
「知らないわよ」俺に、吐き捨てて。
「ジュリア、まだ?」
目の前には、古いダンジョンが水に浸かっていた。
ソコはイセオ湖。
道はそのダンジョンをまたいでいる。
正確には、水に浸かったダンジョンから飛び出したビルを柱に橋を掛けて道にしている。
その古さは、森の木々から伸びて、ビルとビルに絡み付く太い、細いの無数の蔦とその芽と枝葉が表していた。
湖の水はとても透明で、覗けば水底も見える。道路に車に標識に……全てが水の底、それらが日の光でキラキラ瞬いていた。
そして、俺達は……途方に暮れていた。
橋の一部が浸水しているのだ、つまり水面の下。
「コレは、何時もじゃ無いよな?」思わず。
「雪解け水で、増水したか?」それに頭目が答えた。
「つまり、春の度にこうなるのか?」
「ソレ、欠陥じゃん」
「そんな筈は無いのだが」
「町を出た時には……そんな話も無かったし」
ため息一つのマリー。
「花摘に行ってくるわ」と、歩き出す。
!
ロイドを見る、ただ頷いた。こいつはわかっていて当然か。
頭目を見る、気を付けろよと、声を掛けている、わかっているのか。
フローラルは流石にと見ると、アッソと気にもしない。
その他のゾンビ共、全員が……わかっていると言うのか。
一瞬、立ち止まったマリー、クルリと向き直り「覗かないでよ」と、指を差す。
その指は……明らかに俺ダケの方を向いていた。
「うんちでしょ」ハイハイ。
覗きません。てか、もっと大事な所をチラチラ見せてるじゃ無いか。今更だとは言わないでおこう。
「違うわよ」と、森の草村の中へ。
暫く後。
草村から走り飛び出してきたマリー。
その勢いのままに、俺の腹を思いっきり蹴飛ばした。
「なに! 覗いてんのよー!」
すっ飛ばされた俺。
「なにするんだ」腹を押さえて。
「アンタが、覗くからよ!」
「誰が? 何を覗いたって?」
「アンタが、私の……最中を……」
「俺は、ズットここに居たぞ」
「あれ? さっきあのビルに登って無かった?」と、今度はコツメが訳のわからない事を言う。
「今、ソコで泳いでましたよね」ジュリアもだ。
「俺は、ここから一歩も動いていない」
「頭目もロイドも一緒だ」
それに、二人は同意してくれる。
「じゃ! サッキのは何だったのよ」
「アンタの顔が座った目の前に在ったのよ」
「さあ?」
「もう一人……いるね~」フローラルが運転席から前を指差して。
その先に、俺が居た。いや、俺っぽいのが居た、等身が少し変だ。
顔は俺その物だが、体がゴーレムの様に手足が短く胴が太い。
その俺の顔の額に、コツメが氷手裏剣を投げ刺した。
何の躊躇も無くだ。
「ぐぎゃ」と、叫んだ俺モドキはその場で崩れ落ちた。
倒れたソレは、猿の様な成りなのだが、明らかに其とわかるエラを持ち、手足に水掻き、背中にヒレ、毛皮の中には鱗が見え隠れしていた。
「サルギンか?」頭目が唸る。
「サル? サハギンでは無いのか?」サハギンなら聞いた事がある。
その問いに「サルギン……サハギンのハの右側を跳ねるのよ」と、地面に棒で書くマリー。
「厄介ね」
「サルギンは絶滅させたハズなのに……なぜ?」
「マリーが絶滅させた様な言い方だな」
「そうよ」
「前の……何百年か前の、ジュリアのご先祖達と旅をしていた時にこのダンジョンを攻略したのよ」
「うわ、お婆ちゃん」コツメのチャチャ。
そのコツメをキッと睨み。湖に向き直る。
「サルギンは幻覚のスキルを使うのよ、猿真似って言って見たモノを自身でコピーするの」
「普段は水中に居るのに」と、しゃがみ込み、水中を覗く。
その後ろに、いつの間にかにマリーがしゃがむ。
後ろのマリー、しゃがんだその姿は……明らかに気張っていた。
「マリー……後ろ」
振り向いたマリー。
マリーとマリーの目が合った。プリ……。
真っ赤に成ったマリーがスリコギ棒でマリーの脳天を叩き割った。
「さっきのマリーを猿真似したのか……」と、草村を見る。
「違うわよ! 今のは違う!」
「絶対に違う!」