出発の準備
翌日の朝の事。
出発はまだなのだが、ロイドがやって来た。
情報通の男と共に。その男はレイモンドと言った。
その男の手には1枚の紙。
手渡されたソレは、紛れもなく新聞だった。
ロンバルド新聞。
大見出しは、国営銀行の創設。
2番記事は、その関連の生命保険と医療保険。コレは宣伝の為にねじ込んだのだろう。
その次が、各国の情勢。噂レベルの事の様だ、レイモンドの私見も相当に混じっていそうだが。
その他、幾つかの出来事、事件迄はいかない揉め事レベルだが、面白可笑しく書かれている。
最後は、創刊の挨拶。
「良く出来ている。」
「レイアウトも馴染みに近い」
「コレは凄いな」唸る俺に。
「昨日、あれからマリー様に御教授願いまして」
「この、形に成りました」レイモンドがマリーに頭を下げた。
そのマリーは俺の後ろに居た。もう言わない、いつの間に! ってヤツは。
「学校の帰りに、呼ばれたのよ」
「この、携帯ヒヨコでね」と、頭の上に黒い産毛のヒヨコを乗せていた。
「なに……それ」思わず見いる。
「あんたがゾンビ化したカラスの雛よ」覚えてないのと、ジト目。
「覚えがない……」
「あんたが高笑いしながら、手当たり次第にゾンビ化した中に居たのよ」
「そのうちの一匹」
「そんなの、何時から持ってた?」
「こないだのネズミダンジョンの騒ぎの後で拾ったのよ」雛に指差し「ミニマム」と、命じると、みるみる小さく成りマリーの髪の毛の中に消えた。
「私も持ってる」と、コツメが自分の頭を指差す。
「私もです」ジュリアも。
もしかして、最近良く感じた……いつの間に!……はこいつのせいだったのか!
そして、今の二人もタイミング良くやって来た。
「むっちゃ、便利そうだ」
「もう、居ないわよ」と、言いながら自分の頭を守る三人。
「いいよ、俺にはカラスが居るから」そう、言いながらも目線は頭のてっぺん、見えないけど。
そのやり取りの中。
「私にも、カラスは頂けませんか?」レイモンドが俺に。
頷いてカラスを見ると、カラスも頷いた。
そして昼過ぎ。
ムラクモ達の帰りを待って、トラックに乗り込んだ。
まずは、ゼネコン、ゼクス組の工事現場へ。ソコで頭目と落ち合い詳細の確認をする手筈だ。
今回の旅は、前回のネズミ騒動を踏まえて、ほぼフルメンバーに成っている、ピーちゃんも新人のロリスも、もちろんの事、ソコにロイドが加わっている。
百合子はやはり留守番だ。俺が使役しているわけでも無いし、パーティーメンバーではないので置いてくるのは当然だろう。
出しなに、随分と寂しそうにしていたが、それでも駄々を捏ねたりしない、とても良い子だ。
百合子の爪の垢を、コツメに一服盛りたいくらいだ。
等と考えながら、トラックの移動中に新聞を広げて読んでいた。
主に国際欄。
「……」
「さっぱりわからん」
そんな俺を見ていたマリー。
「でしょうね」
「アンタみたいに名前に対してまったく無頓着な人が、それを見てわかるハズも無いわ」
「む、失礼な」無頓着では無いぞ、意味の無い他人の名前なぞ覚える気が無いだけだ。
「じゃ、この国の名前は? アンタの住んでる国よ」
「……国名?」有るのか?
「メソ・ロンバルディアよ」ため息「ロンバルド大陸の中心に位置するのよ」
「これから向かうのが西の大国ヴェネトです」ロイド。
ちなみにだけど、と新聞を裏返して簡単な地図を描き始めたマリー。
ソレを見ると、南はロマーニャ、東はビエモンテ、その下にリグーリア、北にアディジェ……らしい。
メソ・ロンバルディアは唯一、海には面して無いようだ。
「大陸の真ん中に有るって事は、この国は一番の大国?」
「昔はそうでしたが」頷くロイド「それもルイ・オーギュスト国王までです」
誰それ?
「骸骨よ!」語気荒くマリーが。
ああ! と、手を叩く。
「アンタ……ホントに名前を覚えないわね」
骸骨の名前なんて……聞いたっけ?
「で、そのヴェネトに行くのね」もう……何でもいいや。
と、もう一度、新聞を表にめくる。
「ア! ロンバルド新聞!」
「そうよ、大陸の名前からとったのよ」
「ふーん」マリーがイライラし始めた?
「あれ? コレは紙だ」話題を変えよう「羊皮紙じゃ無いんだ」
「羊皮紙は魔力を使う事に使うの」
「元は獣か魔物の皮だから、それ自体で魔力が有るでしょ」
「だから、その魔力を利用して、証文とかによ」
「魔力が関係なければ、普通の紙」
「このカードは?」銀色の薄い板だぞ?
「ソレは、ミスリル銀で、ドラゴンの鱗とか骨とか言われてるの」
「実際はわからないけど、でもそれにも何故か魔力が有るのよ」
「高いんじゃ無いの?」
「ミスリル銀は普通の金属よ」
「ただ、加工が難しいだけ」
「シルバは?」
「シルバは本物の銀よ、高いわ」
「アルマは?」
「ミスリル銀よ、余程の技術が無ければ造れないわ」
「魔力が有るので、その魔力を利用して強度を上げつつ複雑な形を整えるのが難しいのです」ジュリアが横から。普通に喋る。
「その技術料で、高いのか……」
頷くマリーとジュリア。
「ちなみにですが一番硬い金属はウルツァイトと言います、コレは加工も難しいので、剣にしろ鎧にしろ現存すれば伝説級です」
「次がロンズデーライトです、これは隕石の欠片と言われています、とても希少です国宝級です」
「で、ボラゾン、レニウム、チタン、ジルコニウム、と続きます」
「ミスリル銀はその下の方のアルミニウムと固さは同じです」
「ですが、上から4っつとミスリル銀だけが魔力を有しています、ですので技術が有れば、チタン、ジルコニウムと並べれるのです」
アツいぞジュリア……誰もそんな情報は欲していないぞ。
金属オタクなのはわかったから、何時ものジュリアに戻ってくれ。
しかし、俺の願いも虚しくその後、永遠と金属に付いての講釈を聴かされた。
コレは、酔ったジジイと同じくらいにウザかった。
そしてマリーとコツメは既に逃げていた。あ……コツメはハナから逃げていた。
ウザい、ジュリアはゼクスと落ち合うまで続いた。
頭目はもうすでに居た。
一応は盗賊ギルドはあの里なので頭目自身は里に住むようだ。
そして側には、バスと何だか立派過ぎる2頭引きの馬車。
その馬車を見て「コレは?」
「先遣隊の乗る馬車だ」
「本物だぞ」
「役人が、依頼と一緒に置いていった」
「つまりは、これで行けと、言う事か」
頷く頭目。
「時間が掛かりそうだな」
「どうにか出きればな」項垂れる頭目、バスの速さに慣れてしまうと、やはりに遅すぎるのだろう。
頭を掻き「ジュリア、荷馬車の後ろに連結出来ないか?」
頷くジュリア、出来る様だ。
「問題は馬だな」立派なたてがみを撫でる頭目。
「荷馬車に載せるか?」
「大人しく、乗ってくれるか?」
「サイズ的にもギリギリだろう」
「そんなの、ゾンビ化すれば良いじゃない」と、マリー。簡単よ。
「いやいや、わざわざ殺すのは……」躊躇していると。
「じゃ、奴隷化ね」どっちでも同じ。
「大人しく言う事聞くでしょ」
まあそれならばと、呪文を掛ける。
「でも、この馬車」まじまじと見て「小さくないか?」
「先遣隊は6人だ、大臣と御付きに護衛が4人、そのうちの一人が御者を勤める」
「少なく無いか?」
「少ないな……」頷き「普通ではない」
「相手方の要望ですか?」ロイドだ。
しかし、それに頭目は首を横に振った。
「ポーズね」マリー「相手に、安心してますよと、見せる為」
「それに、戦争をする気は無いとの意思表示」
「相手に、ソレが伝わるのか?」
「相手国じゃ無くて、その他の国に見せるのよ」
「いざ、戦争に成っても、こちらからは手を出す気はなかったと、示すため」
「危なく無いか?」
「危ないでしょ、普通に考えれば」
「それだけ、怖いのよ」
頷く頭目。
「どれだけ弱腰だ」少し情けなく成ってくる。
そんな俺に「アンタ……話の通じないライオンの檻に丸腰で入れる?」
「今、戦争に為れば、そう言う事」
頭目も頷き「だから国営銀行の話も、あんなに急いだんだろう」
「この会談は、その前に決まっていたのだろうな」
「自国の兵が動かないと言う事が恐怖に拍車を掛けたのだろう」
「しかし、わざわざ呼び付けるのだ……問答無用で仕掛ける気は無いと言う事でもある」
成る程……今は平和だが、一つボタンをかけ間違えたら、か……。