ネズミ
俺達は走った。
幼女は俺が肩に担いで。
皆は、ネズミを蹴散らしながら。
あの時、ネズミと目が合ったその瞬間から、続々と集まり初め、今は、地下街はネズミで溢れている。
ネズミゾンビ軍団も呼んだのだが、その数よりもはるかに多い。
「迂闊だった」盗賊軍団もロリスもピーちゃんでさえ置いてきた。
「今はそんな事よりも走るのよ!」
「地上を目指せ」頭目が叫ぶ。
が、ソレは無理な様だ。
上へと続く通路が完全に塞がれている。
ここを突破するには、真正面から戦うしかない。
しかし、一匹づつ倒していては、とてもじゃないが埒があきそうにない。
「アンタのお得意の火は?」マリーが近付くネズミをスリコギ棒で叩きながら。
「ここじゃ駄目だ! スプリンクラーが作動してしまう」
「濡れるダケじゃない」
「まだ春よ、今日なんて寒い位なのに……濡れるのは嫌」
「寒い?」
「ソレだ!」
「ネズミは寒さに弱い!」
「中央管理室を探せ! この規模なら絶対に有る筈だ!」
「そんなの、何処に有るのよ」
「とにかく、走り回れ!」
全員でその場から逆走。
楽しげなおもちゃ屋の角を曲がり。
えらくキツそうな輸入酒屋を通り過ぎた。
その酒屋の隣にはチーズなんかも置いてあるその独特の匂い、これを投げれば少し位の時間稼ぎには……成らんな、ネズミにチーズなんて安直過ぎる。
本屋の角を越えて。……いつも買っていたマンガ雑誌が見える、大人で子供の工藤探偵の表紙。
このマンガってこんなに古くからやっていたのか!
その隣の雑誌の表紙は無茶苦茶なお巡りさん、コレは最近に終わったが、ヤハリ古いのか!
その奥にソレっぽい感じの扉が見える。
大きな両開きの扉。
「ソコに入れ」
飛び込んだソコは。
狭い通路のバックヤードな感じだ。
両脇には、いろんな段ボールが山積みに成っている。
幸い、ネズミは少ない。
ソレを蹴散らして、尚も進む。
そのドン付き、扉の横に。
目的のソレは有った。
飛び込む。
守衛室も兼ねているようだ。
ドン付きの扉に並んで小窓が見える。
その向こう側は、コンクリート剥き出しの少し広い空間の様だ。
ソレを確認するよりも今は探すモノが有る。
目線を巡らし。
奥、壁際に幾つかのスイッチが有った。
まず、目に入った排気ファンのスイッチを切る。
「早くして」急かすマリー「ネズミが来る」
今、通り抜けた所を灰色の絨毯にしながらネズミが迫っていた。
俺は目の前のスイッチ群から、クーラー……空調……エアコン、ソレらしいスイッチを探す。
「有った!」マリーが叫ぶ。
全然、別の場所、入り口のスグ脇に有った様だ。
ソコに飛び付き、冷房を目一杯下げる。
ダクトから肌でわかる程の冷たい空気が出てくる。
「全然、駄目じゃん」マリーが叫んだ。
ネズミの勢いが止まらない。
この部屋では、早計に袋のネズミだ。
もう用の無い、管理室を飛び出し、ドン付きの扉を開ける。
ソコは小窓から見えたそのままの搬入ガレージ兼、倉庫の様だ、本来は搬入路ダケなのだろうが広めのスペースを利用して、テナントの一時預かりの為の倉庫としても使っているのだろう。
が、そんな事はどうでも良い。
ここは、とてもマズイ場所の様だ、ネズミの巣窟、モンスターハウス状態。
その奥に曲がったスロープも見えるが、とてもじゃないがここは無理そうだ。
このスロープ、コツメが以前に火の珠を撃ち込んだその場所だ。壁に焦げ跡が見える。
「こっちだ」
頭目の呼び声に振り向くと、荷物の山と壁際のその奥に、もう一つ扉が見える。さっきの寄りも小さい、客では無い人用の通路の様だ。
ソコに走って飛び込んだ。
と言うよりも、ネズミ達に追い込まれた感じだ。
細い短い通路の先は、さっきの酒屋。
そして、完全に囲まれた。
今来た通路も、先に通った酒屋の前もネズミだらけだ。
「もう、全然駄目じゃん」二度目のマリーの罵声。
側に有った酒瓶を適当に投げ付けている。
肌寒くは成ってきたが、犇めき合っているネズミ達にはまだ、温度が高いのか? 冷えきるのにもう暫く掛かるのか?
しかし、その時間は無さそうだ。
押し寄せるネズミ。
今は、コツメも一緒に成って酒瓶を投げている。
辺りはすっかり酒臭い。
その匂いのせいか、若干に時間は稼げているようだがヤハリ、ソレも焼け石に水。
!
「火だ」コツメに叫ぶ「酒に火を着けろ」
頷いたコツメ、火の珠を酒に濡れた床に放つ。
青白い炎が床一面にナメる様に上がった。
そして、けたたましく鳴り響く非常ベル。
そして、スプリンクラーの滝の様なシャワー。
そして、それらに驚いたコツメの屁。
ボフン! 「いやーん」
強烈な臭いが地下街を蹂躙した。
背中の幼女は一瞬で気絶。
俺とコツメは、鼻を摘まんで何とか耐えた、涙は止まらないが意識は留めた。
マリーと頭目は「臭い!」と叫んでいるが、大丈夫な様だ、ゾンビだからか?
が、状況が大きく変化した。
ネズミ共が一気に逃げていく、潮が引く様に……ソレこそ一目散に、だ。
――地下からネズミが一斉に出てきたそうです―― ゾンビネズミのリーダーがそう告げる。
「カラス達に襲わせろ」
地上に出れば、カラスの方が捕食者だ。
――ハイ!――
そして、俺達も濡れ鼠で地上を目指す。
地上はカラス達の独壇場だった。
次々と急降下して、仕留めていく。
そのネズミも、もう地下には入りたがらない。
同じ天敵でも、カラスよりもイタチの方が怖い様だ。
「アンタの屁」コツメを笑いながら「凄いわね」
「初めて役に立ったじゃない、その屁」大袈裟に鼻を摘まむマリー。
「もうイヤ!」顔を真っ赤にしたコツメ「もう絶対に屁はイヤ!」
「忍法、放屁の術?」更に笑うマリー。
「そんなの無いわよ!」キイー。
「もう二度と屁はコカ無い、絶対よ、私の人生に屁は要らない!」ウキー。
「でも」笑い「凄かったわよね、ジュリアもそう思うでしょ?」と、辺りを見渡したマリー。
「あれ? ジュリアは?」
あ、そう言えば居ない。
「まだ、地下か?」
「アンタの屁で気絶した?」大笑い。
「イヤ、ネズミに喰われてなければ良いんだが」と、踵を返した。
地下に戻り、探しに行く。
その地下は、もうネズミ一匹居ない、非常ベルもスプリンクラーも止まり、とても静かな場所に成っていた。
屁の残り香は凄まじいが、何とか我慢する。
そして、件のジュリアは酒屋に居た。
酒瓶を抱えて、気絶している。
一応は無事な様だ、が。
抱き起こしたらば、やたらに酒臭い。
ネズミの恐怖に堪えかねて酒に逃げた様だ、口元、胸元に溢した跡が有る。
ヤハリ、あのジジイの血族だ、と、少し呆れてしまった。
そのジュリアを叩き起こし、歩けない様なので背負ったのだが、その背中で側に有った一本の酒瓶を掴むジュリア。
まだ、呑む気だ。
「でも、どうしてネズミが逃げ出したのかしら」
「確かに屁は臭かったけど」
「全員で逃げ出す程?」
「ソレは、な」と、俺にはその理由がわかった。
「あの時、スプリンクラーを作動させて、水で一気に体温を下げる事が出来ればと、考えたのだけど」
「コツメの屁の威力の方が先だった様だな」と、コツメを見る。
「確か、ネズミは視力が弱い反面、臭いに敏感だったはず」
「特に天敵となるその臭いには敏感に反応する」
「そして、コツメはコツメカワウソの獣人、つまりはイタチ科だ!」
「成る程」ポンと手を打つその場の皆「ネズミにそんな習性が有ったのね」
「ヨーロッパの一部では、イタチの糞をネズミ避けにしていた所も有ったらしい」
ソレを聞いたマリー、ニターっと笑い「コツメ」指差し「ウンコしなさい」
「イヤーよ!」
「絶対に嫌よ!」
しかし、後日。
コツメはウンコをあちこちに置く事に成ったのは仕方が無い事。
ネズミは至る所に隠れていて、ソレを全て駆除等はどだい無理な事。
詰まりは、ネズミ避けのウンコは仕方無い事。
コツメの羞恥心もプライドも……どうでも良い事。
マリーにとっては笑い事。