捕食者
ドワーフの村を出た俺達は、今現在、ダンジョンの入り口に着ていた、あの蜘蛛のダンジョンだ。
今後の事も考えて入り口を作っている、せめて幌車が通れないと何時までも徒歩だ。
その作業はゴーレム達が担っていた、皆とても力が有る、土木作業もなんのそのだ……セオドアを除いてだが……。
ジュリアは……とても遠い目をして呆けている。
あの後、カエサルの墓を後にして、いったん家に帰り、旅の支度をして、村を出たジュリア。
村を出るその時には家族と別れを惜しんではいたが……ソコまでは普通だった、ジュリアの場合は普通と言ってもアレなのだが、まぁ普通だ。
だが、しかし、村を出たその瞬間にコツメが大笑いし出した。
ジュリアを指差し、腹を抱えて笑いだす。
ソレを見たジュリア、顔の色がサーっと青ざめ……そして、今に至る。
あの時に、多分気が付いたのだろう……自分がコツメに騙された事に。
マリーは1人墓に残った、後で合流するからと。
多分、本当の用事なのだろう、カエサルの墓を静かに見詰めていた。
ソンなコンなを考えていると、ノーマルゴーレムが俺を呼ぶ。
「出来ましたよ」
見ると、ビルの壁を取り壊し、その瓦礫で段差を綺麗に均している。
「おお、凄いな」ちゃんと幌車が通れる大きさだ!
「ホント良く出来てるわね」頷き。
「でも、問題は反対側ね……」少し思案気に。
「コチラは一階だけど、アチラは三階だから……段差が凄いわよ」
「まぁ、蜘蛛ももう居ないし」軽く微笑み「全員で、ユックリやれば良いじゃないか」
隣のノーマルゴーレムを見て「なぁ」と頷いてやる。
「ねぇ、この子達の名前は?」コツメだ、ゴーレム達が作業をしている間、何処かに消えていたのに……。
「名前か?」ノーマルゴーレムを見て「有るのか?」聞いてみた。
「自分はNo.006と呼ばれてました」
「006か……それは、駄目だな」数字で呼ぶのはチョッとなぁ、人格無視な気がする。
「じゃ、エイティとかどう?」コツメ案。
「イヤ、セーイでしょ」マリー案。
「ゼクスだな」俺。
「どれにする? 自分で決めて良いわよ」マリーがゴーレムに。
ウーンと考えて「でわ、ゼクスでお願いします」ニコリと笑ったゼクス。
その後ろに、いつの間にかシルバーラインと空の鎧が並んでいる。
自分の名前が欲しい様だ。
「次は、シルバね」コツメ案。
それに俺もマリーも頷いた、それしか思いつかない。
「鎧は、アルマトゥーラが良いんじゃない?」コツメ。
「アルミュールとか、どう?」マリー。
「イヤ、もっと男らしい感じでパンツァーだな」
全員が俺を見た。
ン? 決まりか、と思ったら。
「この子、女の子よ」目一杯、呆れられた、全員に。
見てわかんないのと言う顔のマリー。
うわー、ヒッドーな顔のコツメ。
ただ首を振るシグレ。
俯くムラクモ。
セオドアには鼻で笑われた。
ゼクスとシルバは一歩引かれた。
イヤイヤ、逆に聞きたい!
何故わかる?
「アルマに決めましょう」マリーが決めた。
俺はただ頷く、それしか出来ない、って言うかそれ以外の権利を無くした様だ。
さて、ゴーレム達が造りあげた道、ソコを通って街の中……ダンジョンなのだが、ここの魔物の蜘蛛は既に倒している。
なのだが、あまり油断はしない方が良いだろう。
新たに別の魔物が涌いてる可能性もあるし、と、慎重に確認して入ろうとしている俺を横目に……。
マリーとコツメがスタスタと喋りながら歩いて行く。
その時のマリーの目が、あんた何してんの? と、問い掛けていた気がした。
「大丈夫なのか?」思わず声に出す。
「大丈夫よ」肩を竦めて「この規模のダンジョンなら、ソンナに頻繁には湧かないわよ」
「倒し損ねたヤツの生き残りは居るかもだけど、ソンナの」鼻で笑い「なんとか成るでしょ」と、スタスタ。
あっそう……。
頷き、俺も後を追う。
呆けたジュリアもゴーレム達が手を引き連れていく。
ビルをクグって道路に出る。
左は崖でドン付き、右に大通り。
メインの大通りは斜めに真っ直ぐ延びている。
ソレは前回、通った時からわかっている。
だから迷わず大通りを行く。
その真ん中の交差点には、焼けたタンクローリーが、爆発で飛ばされたのか、角のビルに逆さに食い込んでいた。
そして、道を塞いでいた蜘蛛の巣は痕跡だけを残して、無く成っている。
随分と、歩き易く成って、結果オーライだ。
――旦那、アレはなんです?――
交差点の右の道の奥にあるバイクを指差している。
でかくて黒光りした、アメリカン。
「ハーレーだ」おお、良いね「俺達の世界の鉄の馬だな」
そちらの方へと寄り道。
ムラクモとシグレが着いてきた。
やはりこの二人は乗り物にとても興味が引かれる様だ。
ハーレーのエンジンを掛けてやる。
腹に響く排気音。
カエル達の目が輝き出した。
しかし、これは俺にしか動かせないしな……。
と、考えた時にふと思う。
ゴーレムには出来んのか?
やってみよう。駄目で元々。
呪文を唱えた。
ハーレーの真下で光る魔方陣。
しかし、やはりか、ハーレーが勝手に動く事は無い。
一瞬、服従の意思を感じた気がしたのだが、勘違いか?
気を取り直して、バイクに股がる。
エンジンを軽く吹かしてUターン。
――オオオオ!―― カエル二匹の合唱。
「後ろに乗ってみるか?」顎で誘った。
その誘いに、ムラクモとシグレが即座に反応して、二人して飛び乗った。
ハーレーに三人……チョッと窮屈。しかし走れない事もない、すぐソコまでの事だし……この世界にはお巡りさんも居ない事だしな。
イヤ、居ても大丈夫か? 1人と二匹だから法律違反じゃ無いよね。
なんて、くだらない事を考えながら交差点を曲がり、ジュリアとゴーレム達を抜き去り、マリーとコツメの居る場所へと走った。
二人は地面を見ながら何か話している。
「どうした?」バイクを停めて、二人の側へ。
「アノときに倒した蜘蛛なのだけど……」
ソコには蜘蛛の死骸が5匹、ガソリンの臭いをさせながら転がっている。
「蜘蛛だね」何かおかしいのか?
「ここにはチャンと在るのに」マリーが交差点を指し「焼けた蜘蛛の死骸が無かったのよ」
「爆発で、飛ばされたとか?」タンクローリーが吹き飛ぶくらいだし。
「それでも、何処かにはソノ痕跡くらいは残すでしょう」頷き「無いのよ」
「アンタ、何か見付けた?」
「イヤ、そう言えば見てない」交差点を見て「蜘蛛の巣の焼けた後は有ったが、死骸は無いな」
「そう……」辺りを見渡しながら「嫌な予感がするわね」
その時の、悲鳴が聞こえた。
見ると、ジュリアが血相を変えて走ってくる。
「出たの!」交差点の方を指差し。
「見たの!」俺に向き直り。
「居たの!」叫ぶ。
「何が?」蜘蛛か?
「黒いのが」肩を縮込めて「カサカサって」
「居たの!」
ジュリアのチャンとした声を初めて聞いた。
見た目に反して、少し低めのトーン。
個性的だねぇ……等と、考えている暇など無かった。
ジュリアの示す方に黒い物体。
両脇のビルから続々と……カサカサと出てくる。
ゴキブリだ!
ソレも、デカイ!
アメリカのバスケット選手の靴、一足分のサイズ。
ソレが無数にだ!
交差点からコッチに向かってくる。道路を黒く染めながら。
「な、ナニよ! アレ!」マリーが狼狽えている。
「来るな!」小さな炎を飛ばしながら叫ぶコツメ。
変なポーズを着ける余裕もない。
「何処から沸いたのよ?」じたばた「何処に居たのよ!」
迫り来るゴキブリ。
しかし、俺達を中心にピタリと止まる。
「囲まれたぁ」半泣きで、氷のナイフを目茶苦茶に投げながら。
増え続けるゴキブリ。
だが、線を引いた様にソコから入ってこない。
「何故? 」気持ち悪い、その姿とその行動「何故ソコで止まる」
イヤ、しかしコレはチャンスだ。
考えていてもわからんのなら行動だ。
「蜂達に告げる。敵進行軍を適時迎撃せよ」
――報告……任務……遂行不可能……ウゲ……げろげろ――
? なんだ? どうした?
フードを引っ張り蜂達を確認すると、フラフラでゲロを吐いている。
フードの中にだ!
「どうした!? 何が在った」
――ほ、報告……臭いがクサいです――
――頭がクラクラです――
――蜘蛛から臭いが……ゲロゲロ――
「蜘蛛?」あ! ガソリンか!
「ガソリンの揮発臭が殺虫剤がわりなんだ!」
「じゃ、ガソリンを撒けば良いのね」ガソリンスタンドを指差すマリー。
「イヤ、駄目だ」
「何故?」
「蜂達も殺られてしまう」
「それに、ムラクモ達もだ」
見ると、やはり本調子には見えない。擬人でもヤッパリ両生類なのだろうか?
「でも、おかしいわね」首を傾げたマリー「ガソリンが殺虫剤に成るなんて聞いたこともない」今の状況を無視した発言。
コレはたぶん現実逃避の行動なのだろう。
その気持ち、良くわかる。だから、兎に角だが答えてやる。
「ここが異世界で、ガソリンなんてモノが存在しないからじゃ無いか?」適当な事を言っている俺。
そんな話をしながら、別の事を考えていた。
蜘蛛が居た時は、ゴキブリなんて見掛けなかった。なのに今はウジャウジャ居る。
新しく召喚されて来たにしては多すぎる。
やはり、アノときから居たと考えるのが妥当だ。
そう言う事なら、答えは出た。
蜘蛛の死骸に死者召喚の呪文を掛けた。
「なにするの!」マリーが叫ぶ。
「この蜘蛛が捕食者だったんだ」
5匹の蜘蛛のゾンビが動き出した。
「でも、レベル1でしょ? それで戦えるの?」
「わかってる!」
「ムラクモ」道路の奥を指差し「あそこの猫の絵の書かれたトラック……四角い背の高い車の所に俺を抱えて飛べるか?」
ソコはまだゴキブリが少ない、それでも数匹は見えるが、まだましな方だ。
――舌のスキルですね! 旦那――
俺に飛び付き、舌を飛ばしてトラックまで飛んだ。
素早くトラックに張り付いていたゴキブリを蹴飛ばし。
スライド式の助手席側のドアを開け「よし!乗り込め」
そのドアから運転席にも荷室にも行けるチョッと変わった作りだ。
ムラクモが乗り込むのと同時にドアを閉めた。そのドアに一匹のゴキブリが挟まれ潰される。
びちゃっと嫌な音がした。
ソレを合図にか、ゴキブリがトラックにタカリ始めた。
潰れた仲間を食っている様だ。
俺は、そのまま運転席に飛び付きエンジンを掛ける。
フロントガラス這い回るゴキブリをワイパーで飛ばして走り出した。
黒い絨毯の様なゴキブリの中をタイヤで踏み潰しながら走る。
出来るだけみんなから離れるようにして、次々と轢いていく。
暫くそのまま走らせていると、ムラクモが声を上げた。
――旦那、マリーさん達が呼んでます――窓の外を指差した。
ハンドルを少し切ってトラックを滑らせて旋回。
ゴキブリのせいで雪道を走っている様に簡単に滑った。
反動でへばり付いていた数匹が弾き飛ばされる。
そのままマリー達の所へ走って行って、急停止。
間髪入れずに蜘蛛達が車体のゴキブリを糸で絡めとり、皆が乗り込む隙を作ってくれた。
もう、しっかりとレベルが上がった様だ。
次々と倒していっているのが、ガラス越しに見てとれる。
戦い方は、まさしく捕食者のソレだ。
糸で捕まえ、飛び付いてトドメ。
ソレでもゴキブリの数が多すぎる。
なので、俺もトラックを走らせて加勢した。
小一時間もした頃には、もう殆どが見えなく成った。
全てを倒したワケでは無い様だが、成長した蜘蛛達に恐れを成してその大半が逃げて隠れた様だ。
終わったと、しておこう。
耳をすませば……カサカサと音がする気がしたが……。