ネクロマンサー
真っ暗な闇の中に、俺は立っていた。
一歩前は……深い崖だとわかる。何も見えないのにだ。
その、崖の向こう、空中を光る何かが此方に近付いてくる。ゆっくりと。
目を凝らす。
瞬間、目の前の少し上に、淡く光る骸骨が浮いていた。
「これが、死後の世界か?」目線はそのまま骸骨に向けて「三途の川のイメージとは、まったく違うな……何もない」顔の下半分だけが笑う。
「カカカカカッっ」同時に骸骨も笑った。声にはならない乾いた音だ。
「死神ってヤツか? 無宗教だと……ただの骸骨なんだ?」
「ワシは、死神ではないぞ」一呼吸置き「そして、貴様は……まだ死んでおらん」
「生き埋めにされたはずだが?」
「まだ、ギリギリ生きておる」
「そうか……これから三途の川が見られるのか」笑うしかない。
「貴様は、そんなに死にたいのか?」
「そんなわけあるか!! 生きたいに決まってる!!」
骸骨が、また笑った。勘に障る音。
「なら、ワシが貴様を助けてやろう」頷き「生かしてやる」
「本当か? ならたのむ! まだ死にたくない」
そしてまた笑う。
笑う骸骨。
「一つ、頼み事を聞いてくれるか?」
眉間にシワが寄るのが、止まらない。
「契約って、ヤツか?」
コイツは、悪魔か何かか?
「それでも構わんが、まあ……約束事じゃな」
「命はやらんぞ」
笑う。
「だから、助けてやると言うておるではないか」
笑う。
「……その、頼み事とは……なんだ?」
笑う。
「何でも聞いてやる。約束してやる!」目の前の骸骨に怒鳴るように「言ってみろ! 何をして欲しいンだ!」
一呼吸置いて。
「この国の王となれ」と、同時に暗転。
闇の中。ガンガンと音が鳴り響く。
ソコは、動く隙間も無い、棺の中だった。
まだ、生きている。
突然、棺桶の上蓋が引き剥がされ、月の光が目を刺した。
「さて、貴様には約束を果たしてもらうぞ」
目の前、棺の中を覗き込みながら、骸骨が言う。
深く深く、喘ぐように少しでも多くと、空気をむさぼり。上体だけで起き上がる。
一息つく間も無く、辺りを見回し……ヤハリ、ソコは、墓場だ。
そして、骸骨を見る。
「王に成れ……と、言うヤツか?」棺桶から這い出しながら。
スコップを担いだ骸骨が笑いながら、頷く。
「どうやったら成れる?」王なんって、成れるとも思えん。成り方すら見当もつかん。
「方法は、2つ」掘り出した棺を椅子がわりにし。
「1つは、貴様の持っている勇者の卵を育てる」
「もう1つは、他の勇者から、卵を奪う」
「どちらでも良い」頷き「どちらでも、強くは成れる」
「強く成ってどうする? 国を乗っ取るのか?」革命? クーデター? テロ? 戦争?
「今の王を、殺せたとしても……そう、簡単には王には成れんだろう?」
「そうじゃな……成れんな……」笑う「首がすげかわる……だけじゃな」
「強く成る、意味がない」
「普通ならばな……しかし勇者は別だ」俺を指差し「貴様は勇者だ、勇者は勇者としてだけで民衆の心を掴む事が出来る、そして、そのまま王と成れる」
「今の王が黙って、玉座を明け渡すのか?」
「そんなはずはなかろう。現王と勇者の力の戦いじゃ」
「王の力とは、兵士達……そのまま軍隊か……」
「そう、戦争じゃ。勝たねばならない。故に強さに意味はある」
「しかし……」うつむき「俺には戦う力が無い様だ」ため息一つ「そのせいで、生き埋めだ」
「そうじゃな、現王は見る目がないの」ニィと笑い「確かに、貴様には攻撃力は無い、虫1匹も殺せんはずじゃ」
「そこまで弱くは無いと……思うが」
「では、殺ってみせよ」骸骨が、スコップを差出して、指をさす。
その先には倒れている獣人。
側頭部から血を流している。
「死んでいるのか?」
「意識が無いだけじゃな」チラリと見て「今はな」今一度スコップを押し付けつつ「じゃが、もう長くは持たん。頭蓋が割れておる」
俺の手におさまるスコップを確認して、顎でそくす。
「さあ、早く……楽にしてやれ」
「別に殺さなくても……」
「そやつに、助かる見込みはない……手元に薬も無い、回復士もおらん」
「呼びに行くなり……何なりと、方法は?」と、躊躇する俺に。
「貴様を生き埋めにしたヤツじゃぞ」笑い「助ける義理も無いじゃろ」
「コイツが俺を?」スコップの握りを強くして、近づき顔を覗き込む。
「貴様には、殺れんか?」高笑い「強さ以前の問題か?」獣人を指差し「自身を殺そうとした者も殺れんとは」
骸骨の小バカにした笑いが、見てとれる。
せめてもの救いは、獣人。人の様な成りはしているが、明らかに人間では無い事だ。
自身に言い聞かせて。
ゴルフスイングよろしく、スコップで地面に転がった頭を振り抜いた。
ガツンと、嫌な音がした。
「よくぞやったな」高笑いと共に近づく骸骨「一歩、前進じゃ」俺から、スコップを取り。
「さっきの、虫1匹は……訂正しといてくれ」苦い何かの味がした気がした。
「訂正は出来んと思うぞ」獣人を指差し。
見ると、指された獣人が、むくりと起き出し、何事かと辺りを見回している。
そして、骸骨を目に止めた途端に何かを叫び。
脱兎のごとく走り去った。
今まさに、瀕死で。俺がトドメを刺した筈の獣人がだ。
「何故?」絶句!
「不思議じゃろ」ソコにある穴を堀りはじめた骸骨「それが、貴様の持つ勇者のスキルの1片じゃ」
「勇者?……回復のでは無い……と」困惑
「回復は生……貴様のは死」何かを掘り出して「魂の勇者、つまりは」それを腰にさげる「ネクロマンサーじゃ」赤錆びた剣。
「ネクロマンサー」顎を親指で支えて「俺が?」
「そう、死者をアンテッドとして召喚し、それを使役する」
「それが、魂の勇者じゃな」
「今のは? あの獣人に攻撃したのに回復した?」
「あれは、アンテッドにとっては……とても危険な攻撃じゃ」首を降り「場合によっては、一撃で滅する事が出来る」
「生者には、ただの回復だがな」
つまりは、攻撃力が、そのまま反転したのか?
では、攻撃は……出来ない?
俺は?どう強くなる?
さっき、骸骨は強く成れると言ったよな?
わからん。
骸骨は、首を捻る俺を一瞥し。
数歩、歩き、地面を指差す。
「この辺りで、意識を地中に向けて集中してみよ」
言われるがままソコに立つ。
「死者が居るのがわかる」頷き「確かに居る」
と、同時に、頭の中に1つのスキルが浮かんだ。
「○×△□……」呪文だ、自然と口につく。アンテッド召喚。
が、何も起こらない。
「それは、まだはやい」手で顔の前をあおぎ「もっと、深く……で、簡単にだ」
レベルか何かが足らないのだろう……仕方ない、もう一度集中。
死者の体の奥に、光る小さな珠を幾つか見つけた。
また、別のスキルが浮かんだ。
「○△×□……」違う、呪文。
地面に光が走る。魔方陣!
その中心から、地中の珠が反応して、浮かび上がった。
とても小さな、米粒のような光る珠。3粒。
骸骨を見る。
頷き、手でそくす。
光る粒の1つに、ソッと指を出し、触れた瞬間に消えた。自身の中に入った。
「××○△……」ウオーク。
足元が軽くなった様な気がする。
「スキル?」
「ウオークは、冒険者の基本スキルじゃ」
「何が出来る? ただ足が軽くなっただけだが?」
「それは、歩ける様に成るスキルじゃ」
「歩ける? 歩く事くらい……元々出来るが?」
「もっと歩ける様になっている、筈じゃ、歩き続ける事の出来るスキルがウオーク」
他の2つにも触れてみる。
が、この2つは体に入ったのは感じたが、何も起きない。
首を捻る。
そんな俺を見てか
「その2つは、パッシブか? 今、必要の無いスキルか? じゃな」
「さて、そろそろ行くかの」と、歩き出す。
「何処へ?」
「貴様が今思っている疑問の全てに答えてくれる者の所へじゃ」