シュレディンガーの猫
ゼーハ……ゼーハ……と荒い息を吐き「コレくらいにしといてあげるわ」
髪は乱れ、白衣はボロボロのマリーが、余裕綽々のコツメに言い放った。
「終わったか?」
「私はまだまだいけるわよ」シャドウボクシングよろしく跳び跳ねる。
挑発を続けるコツメを睨み付け。
「終わったか?!」
肩を竦ませ、まだ何か言いたげのコツメ。
ソレを無視して、俺の着ていたパーカーをマリーに渡してやった。
「貴方……余程、元の世界に帰りたいのね、この暖かさでそんなに厚着して」 パーカーを羽織ながら「暑いでしょ?」
ダウンジャケットを見て、未練たらしく見えたか?
しかし、確かに暑い。
「そう言えばさっきも聞いていたわね、元の世界に帰る方法」
「知っているのか?」
「知らないわ」首を振りつつ「そんな方法……有るのかも知れないけど、わかんない」
「知ってれば、とっくに帰っているか……」
「そうね」頷き。
そして、廃墟の街に目をやる。
「ねえ、1つ聞いて良い」
「ああ」帰り方は、知らないのか……。
「なんだ?」
「貴方の元の世界は何年?」
「なぜ? ソレを聞く?」年代? 意味があるのか?
「私が、この世界に来て、もう何百年と立つのよ」
「でも、貴方と話していると、そんな未来人には感じられない」
「多分、ほんの少しの未来だ」
「ジュリアナなんて、とっくに潰れてる、ディスコなんてもう死語に近い」
眉をしかめ。
「でも、知っているのよね……」
「テレビでたまに見掛けたくらいだ、昭和の時代の映像とか、昔のバブルの話の時に流れる映像とかでね」
「ほんの少しのズレ? かしら」
「多分、30年くらい先な感じだと思う」
「30年……私は、50歳くらいに成ってるって事ね」
「50歳……か」
ん!?
「元の世界に戻るって、時代もそれぞれに……って事か?」
「都合良すぎるわね……ソレは」
「……………………」
「貴方の元の世界で、30年前に東京の1部分が……街が消えたって事は有った? 聞いたこと有る?」
「無いよそんなの」首を振り「今も東京は首都で、ちゃんと有る」
「じゃ……コレは、なに?」廃墟を指し「コレも紛れもない東京の一部分よ」
「どう言う事だ?」イヤ、聞かなくても薄々理解できた。
背中に汗が伝う。嫌な感じの汗。
「元の世界で、街は消えていない」
「私も、多分……消えていない」
「貴方もね」
「ソレは……詰まりは……」
「もし、万が一に帰れたとしても、ソコには私が居て……貴方も居る」
「同じ人間が同時に存在する事に成る」
「時間のズレが有るなら、それはもう別人かも知れないけど……」
「ソレは、突然現れた異世界人と成るわね」
「元の生活には戻れない」
「元の世界の自分と融合……とか?」
「一番最悪ね」
「ココに居る、私達が消えるって事よ、それ」
「詰まりは……死ぬ事と等しい…………ってことか……」
静かに頷いたマリー。
「シュレディンガーの猫………」
「アラ、物知りね、量子力学の勉強でもしたの?」
「でも、多分、ソレが正解ね」
納得したと、頷いた。
「蓋を開けなければわからない……なんて勘違いで言ったのなら、笑ってあげるけどw」
「そんな、下らない解釈はしない」そう捉える人が多いのは知っているが。
断じて違う。
眉をしかめる俺を見て、か。
「まっ! 帰れる方法が見付けられればの話よ」
「ソレよりも、今を考えましょう」
「今、ココで死んだら、帰れるものも帰れなくなる」
そう言って、スタスタと屋上を後にする、マリー。
骸骨が眠っている部屋へと戻る。
途中、マリーは、そこいらに居たゴーレムから白衣を奪い。
更衣室から、Dバッグ……時代が違うからリュックサックか?を取って来ていた。
「更衣室が有るなら、服は無かったのか?」素朴な疑問をぶつけてみた。
「この病院の半分は無いのよ、崖に……じゃないか、転生のエリア? かで、切れてるのよ」
「で、小児科は、ソッチに有ったの」
「子供服? サイズの問題か?」
しかし、今は俺の男物のパーカーを来て、その上に白衣……どちらもブカブカ、裾は足首まで、袖は目一杯まで捲り上げた状態。
「サイズねえ……」
許せない……何かが在るのかな? 良くワカラン。
その間、そこいらのモノを適当にリュックに詰め込み。
「さあ、行きましょうか」と、マリーは言った。
「何処へ?」
「何処へだって良いわ」
「ココじゃない何処かよ」
マリーは、幌車の中をキョロキョロと見渡し、前の方でくつろぎ始めた。
ココまでの道中、と言っても直ぐの事なのだが、チビッ子ゴーレムと槍のスケルトンが護衛と荷物持ちをしてくれた。
が、そこまでで帰ってしまった。
マリーによると、ゴーレムもスケルトンも結界の中か、出られてもほんの少しだけしか動いてられないからだそうだ。
魔力の供給を結界の魔素粒子に頼っているからだとか。
あれ達は元々は、俺とは違う前の魂の勇者が造ったモノを模して造っただけで、自分は錬金術師で魂の勇者じゃ無いから一緒に行くのは無理なんだそうだ。
若干、欠陥も在るとか。
最後に、俺に早くレベルを上げて、せめてゴーレムぐらいは造れと、注文を着けた。
目的地は、一度寄った事の有る村に決まった。
最初は城下街にと提案したのだが、マリーに却下された。
「こんな格好で、街はイヤ!」
ソレが理由だそうだ。
しかし、ソノ格好を何とかしないと、と言う事で、妥協案の村に決まった。
「ところで、お金は有るの?」マリーが俺に聞く。
財布を出し、中を見る。
「3万ちょっと……」
紙幣を見せる。
「あんた……バカ?」俺の金を引ったくり、ポイと投げ捨てる「こんなの使える分け無いじゃない」
「ヤッパリ……」そうだよなー。
「詰まりは、無一文って訳ね」ハア……と、大きなため息。
「この、盗賊から奪ったヤツ、売れないかな?」
「私には、ゴミにしか見えないわ」
「だよなー」
「仕方ないわね」と、リュックをひっくり返し、空瓶を10個ほど集める。
「回復薬でも造って売るしかないわね」
「そのお金で、旅の準備よ、ドワーフの村に行きましょう」
「ドワーフ?」亜人ってやつか?
「そう、その村に私が昔、お金を貸したのが居るのよ」
「今は、その子孫だろうけど……貸したモノは返して貰わないとね」
金かぁ、今まで考えもしなかった。
骸骨に着いて行けば帰れる……なんて、甘い考えは無かった積もりだったが。
イヤ、そもそも現実感が抜け落ちていた?
今、金の話をして初めてリアルを感じた気がした。
「金の問題は……何処に居ても」ため息「付いて回るんだな」
「人と繋がって、コミュニティで生きるなら」フンと笑い「当たり前の事でしょ」
「ここで……生きるのか……」
「そうね」
「ついでに言えば」
「私達も養って貰わないとね」
「私達はもう……貴方の所有物なのだから……不本意な者も一部に居るみたいだけど」
「奴隷制度には断固反対する」俺は拳を握った。
「貴方のスキル、ソレありきだと思うけど?」
「イヤ、反対だ! イヤなモノは嫌だ」
カエル達が、不安そうに俺を見る。
「解放は出来ないのはわかったし、今居る皆には申し訳ない、が」
「これ以上は、何が何でも! 増やさない!」
ジトッと目を向けるマリー。
「フラグを立てたわね」小声で、でも……聴こえていたが。