8話 望郷に浸りました
相変わらずのゆるゆるです。よろしくお願いします〜。
てんやわんやの騒動の翌日。
私は自分の部屋でいつも通りにカイゼルさんとのんびりしてる。
フレイ様に言われた通りに今日はカイゼルさんは謹慎だ。でも、普段と変わらず私の側にいるから処罰であって処罰でないようなもの。
フレイ様もなかなか甘いなあ。まあカイゼルさんがお兄ちゃんみたいだっていうくらいだから甘いのも仕方ないか。
朝食も終わってさてどうしよう。一応謹慎扱いのカイゼルさんだからあまりふらふら出歩くのは良くないかな。このまま部屋でぐーたらするかー。考えてみたらこっち来てからばたばたしてて一日のんびりとかなかったかも。
というわけで私はふかふかーのソファにへろーんと座る。で、カイゼルさんを手招きして横に座らせた。だって私がぐーたらしてるのに立たせてるのは申し訳ないじゃん。
最初は渋ったけど案外早く諦めて座った。だんだんと私の扱いに慣れてきましたな、カイゼルさん。
トリヤさんは食事を下げたら退出していった。何かあればすぐ来てくれるだろうけど。そう言えば今更だけどカイゼルさんとローレルさんは2人きりになっても扉閉めっぱなしだな。無害認定されてるのか。
ちょっとだらしなく背もたれにむにゅーんと埋もれてたらカイゼルさんが苦笑いした。
「聖女にあるまじき格好だぞ」
「いいじゃない。たまには気を抜いても。カイゼルさんならいいでしょ?」
「それはどういう意味でなんだ」
聞かれてはたと考える。確かになんでだろ。
「深い意味はないのか」
「うーん、なんでだろ。あ、許してくれそうだから?」
それかな?カイゼルさんなんだかんだ甘いからね。
「マリコ殿は俺をなんだと思ってるんだ」
「……保護者?」
言ってしっくりきた。歳下だけど保護者だ。
うわ、カイゼルさんが複雑そうな顔してる。すみませんおばさんの保護者とか。
「まあとにかく、今日はのんびりしてようよ。出かけられないんだし」
「俺のせいで悪い」
あ、しまった。カイゼルさんが悪いみたいな言い方になっちゃった。
「カイゼルさんのせいじゃないって。ほら顔が暗い!」
昨日みたいに頬をうにゅーんとつまんだ。これちょっとハマった。強く嫌がらないからついね?
「こら、止めろっ」
「カイゼルさんほっぺやらかいよねー」
きりっとした顔の割にやらかいのだ。何故だ。肌綺麗だし。
「だから止めろっ」
「あはは、はいはいわかりました」
うん、また面白いからやろう。
「扱いはやはり弟なんじゃないのか」
「えー、弟はカイゼルさんみたいに男前じゃないから比べるのは悪いよ」
弟はダサくはないけどカッコ良くもない。所謂良いお友達で止まるやつ。彼女が出来そうで出来ないのだ。優しいし料理できるし思いやりはあるんだけど。
「どうしてるかなー?ご飯ちゃんと食べてるかな?無理してないかな?私の部屋勝手に漁ってないかな?私の物売り飛ばしてないかな?いや、売り飛ばしてもいいけど中は見ないで欲しいな」
アレとかアレとかアレとか。
「ハードディスクはなんかあればぶっ壊すか水没させてって言ったから多分大丈夫だけど本はやばい本はまとめて捨てるじゃなくて然るべき所に売って処分してよねあとアカウント使ってもいいけど私の最愛の子はレベルマックスまでは頑張ってよねあとしまった冬のアレは勿体無いから参加して!」
せっかく当選したんだからスペースは無駄にしないでー!
と、そこではっとしてカイゼルさんを見る。あ、固まってる。
「その、何を言っていたかあまりよくはわからなかったが。仲が悪いのか」
「あー、ごめん。ついつい色々思い出したら独り言が。仲は悪くないよ。昔はよく喧嘩したけど今は流石に」
それから私は弟の事や家族や友達や、あっちの世界の話をつらつらと思いつくままに話した。
さっきと同じでわからない事ばかりだろうけどカイゼルさんは時折ツッコミ入れてくれながら聞いてくれた。
「それで、友達が現場に駆けつけたら彼氏が違う女の子とまさにコトにおよんでて当然ながら凄い修羅場になってねー。アレは私の経験の中でもかなり上位に入る驚愕出来事だったなあ」
以前にあった最大エピソードを話す。うん、ドラマみたいな喧嘩とか初めてみた。
「二股かけるなど最低じゃないか」
「だよねぇ。まあ友達もちょーっと見る目がなかったかもね。って、私も人の事言えないけど」
見る目どころか出会いすら無かったから今まで独り身なんだけど。う、悲しくなってきた。
「その理屈で行くと俺はハズレという事か?」
えええ!?何故に!?今の話からナゼそんな話題になったの?
「なんで??」
「見る目がないんだろう?」
「いや、それはそうだけど」
「見る目がなくてハズレばかり引いている、という事じゃないのか」
えー!?いや、何がどうしてそんな事に!というか引く前に出会いすら無かったんだってば!
まさか、私が取っ替え引っ替え彼氏作ってるとか思われたのか!?いや、その汚名は即返上を要求する!
つか、カイゼルさんがハズレとか、この国の女性全てに刺されますよそんな事言ったら!
「いやいやいや!私は未だ嘗て恋人すら居なかったから!付き合うとかの前に出会いが無かったの!」
言わすなー!こんな虚しい事を!!
「わからないな。貴女の様な素敵な女性を放って置くなんて」
ぶは!久々のぶっこみきた!素敵とか!どこから!
「私よりいい子なんていっぱいいるんだから私なんて選ばないって」
平々凡々、可愛くも美人でもない私を選ぶとかないね。性格も悪いとは言わないけど良くもない。清廉潔白とか程遠い。というか!
「カイゼルさんがハズレって、つまり私が選んだって事になってるけどそんな関係じゃそもそもないし?」
カイゼルさんは私の護衛ってだけだよ?まあ、色々ときめかされてたりするけどそれだけじゃん?アイドルにきゃっきゃしてるみたいなもんだよ?うん、そうだよ。
「そうだな、確かに」
「そうだよー。護衛なだけなんだから。まあ保護者が近いよね」
手のかかるおばさんで申し訳ないホントに。ってあれ?カイゼルさん?
「カイゼルさん?どうしたの、具合悪い?」
少し遠くを見てぼんやりしてる。疲れてるのかな。
「っ、いやなんでもない」
「ホントに?体調悪いなら部屋で休んでてもいいよ?」
連日色々あるから疲れるよね。
「大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ」
「ならいいけど」
ちょっと納得しないけど仕方ない。ま、今日は部屋にいるだけのつもりだから煩くしなきゃ休めるよね。
「マリコ殿は、この先どうするんだ」
「先?」
ああ、魔物の発生が収まってからか。
魔物の大量発生は、だいたい1〜2年で収まるらしい。ただし、核を見つけて壊さないといけない。それがなんなのかは聖女だけがわかるらしい。さっさと見つければ発生も収まるから早く見つけたいな。
それを破壊したらとりあえずは聖女はお役御免。あとは本人の希望通りになる。まあ元の世界に帰るのはできないからそれ以外だけど。
残ってそのまま聖女として通常の魔物討伐についてく人。気ままな旅に出ちゃう人。色々だとか。
「うーん、どうしようかなあ。旅に出るのは楽しそう」
海外旅行とか行った事ないからゆっくり見て回りたいなー。
「この国を出るのか」
「うん、違う国も見てみたいかも」
想像したらうきうきしてくる。見知らぬ場所は怖くもあるけど楽しみの方がいっぱいだ。
美味しい食べ物とかあるかなー?食べ歩きいいなあ。
「…そうか」
ぽつり、とカイゼルさんが呟いた。
なんかやっぱ元気ない??
「カイゼルさん、やっぱり具合悪い?」
「いや、大丈夫だ」
本当かなあ。さっきから時々ぼんやりしてるし。
「そう?何か元気ないみたいに見えるから。あ、もしかして私と居るだけじゃつまらなくて飽きたとか」
そういや自分の話ばっかりしてたから、つまんないよねえ。わからない話だから尚更。
「そんな事はない!貴女と居る時間はいつも楽しいし幸せだ」
幸せは言い過ぎじゃないか。つかそんな力説しなくても。
「幸せは大げさ過ぎな気がするけど、楽しいなら良かった」
「大げさなどじゃない。本当に幸せだ。出来るならずっとこうしていたい」
うわ、真剣な目でそんなセリフ言わないでくれー。きゅんをぶっこむタイミングがわからないから油断ならない。
「まったく、カイゼルさん口が上手いんだから」
「…本気なんだが…」
「ん?何か言った?」
凄い小声だったから聞こえなかった。うーん、今日のカイゼルさんは変だなあ。
「それより、私の話ばかりだったから今度はカイゼルさんの話してよ」
「俺の話?貴女のような楽しい話はないぞ」
「いいからいいから」
カイゼルさんの事も色々知りたいからね。
何度か強請るとカイゼルさんは自分の事を話してくれた。
出自はそれ程高位じゃない貴族の生まれ。でも小さい頃から剣が強かったから騎士団に入って25歳で騎士団長になった。この国、比較的差別意識はないみたいで、平民でも地位が低くても実力があればちゃんとした地位につける。因みに今の王妃様は平民出身なんだって。王様がお忍びで出歩いてた時に口説き落としたとか。フレイ様のお忍びは親の血かい。
しかし凄いなー、若くして団長にまでなんて。
あと、お兄さんが1人いてなんと近衛騎士隊長してるんだって。ひゃー、エリート兄弟じゃん。
「お兄さん、会ってみたいなー」
「兄なら一度会っているぞ」
え?どこで?いつ??
「陛下との謁見の時にいた騎士を覚えてるか?」
あ!あの目があった人か!そう言われたら確かにカイゼルさんに似てたかも。あの人は濃い茶色の髪色だったけど。
「なるほど、優しそうな人だったのはカイゼルさんのお兄さんだったからか」
「兄は俺より愛想がいいからな。だから近衛なんだ」
「どゆこと?」
「近衛は王族についている。人と接触する機会が多い。他国の王族とも接見する。その時に俺みたいに無愛想では務まらないだろう」
忘れてたけど、そういやカイゼルさん最初は無表情無愛想だったな。うん、あれだと確かに怖いかも。
「まさかもしかして、それだからお兄さんが近衛でカイゼルさんが騎士団の方だとか?」
そんな単純な理由じゃないよね、ってあ。カイゼルさんが拗ねた顔した。やばいマジか。
「兄と俺は実力はほぼ一緒だった。どちらかが近衛隊長でどちらかが騎士団長と言われたんだが…」
愛想の関係でカイゼルさんが騎士団長か。あわわわ、むっすーとなっちゃった!触れちゃいけないやつだった!
けど、カイゼルさんがなんか構いたくなる感じがあるのは弟だったからか。いや、弟扱いにはしないよ?たぶん?
「あー、えーと、お兄さんにはそうするとなかなか会えないね」
取り繕うように話を逸らす。
「だいたい陛下の側にいるからな。まあそのうちに会えるだろう」
う、まだ機嫌が悪そう。でも拗ね顔はちょっと可愛い。言わないけど。
と、その時ドアをノックする音。あれ?誰だろ?
「マリコさん、居る?」
あれ、フレイ様だ。
「はい、どうぞ?」
返事をしたらフレイ様ともう1人入ってきた。あれ、この人。
「マリコさん、まだ話した事は無かったよね?カイゼルの兄のマートルだよ。僕のもう1人の兄みたいなものかな」
あ、やっぱり。まさかの今まで話してたお兄さんに会えるとは。しかし、フレイ様いいなあ。カッコいいお兄さん2人とか。
濃い茶色の髪に濃い青い瞳。表情は柔らかくて確かに親しみやすそう。兄弟だからよく似てるけど、マートルさんはカイゼルさんよりやや細身。身長は同じくらい。フレイ様が年取ったらこうなるみたいな王子様系。でもキラキラっぽくはない。大人っぽい。
「お初にお目にかかります、聖女様。近衛騎士隊長をしておりますマートルと申します。弟共々宜しくお願い致します」
マートルさんは近づいてくると片膝をついて私の手を取り恭しくキスした。
とぁぁぁぁ!きた!王子様第二弾!ぐは!フレイ様より恭しいからもうなんだこれ火を吹きそうなくらい恥ずかしい!
「あ、はい、宜しくお願いします」
顔が赤くなるー!理想的なもう騎士様してるよ。いや、カイゼルさんだって十分紳士だしカッコいいけどさ、ようこそレディ?みたいなセリフ吐くタイプじゃない。そうだ、女性の扱い方慣れてるっぽいんだ。
ドキドキしてたら背後から冷気がきた。比喩じゃなくて。
「カイゼル、そんな冷気を出すんじゃない」
「兄上こそいつまでマリコ様の手を掴んでいるんですか」
カイゼルさんは近寄るとぱしりと音が出るくらいにマートルさんの手を叩いてはたき落した。
「女性に対する挨拶なだけだ。全くお前は真面目だな」
「兄上が不真面目なだけでは」
冷たい。冷気が冷たい。何ゆえカイゼルさんはそんな氷点下になったの。
「ね、マートル。面白いだろう?」
「これは確かに。急に殿下に連れ出された時は何事かと思いましたが」
フレイ様?マートルさん?なんかわからないけど楽しんでます?寒くないです?私比喩じゃなく寒いんですが?
「用がないなら戻って下さい。近衛がこんな所でふらふらしていていいわけがないでしょう」
「一応殿下の護衛で付いてきている。殿下が戻らない限りは戻れないな」
あ、カイゼルさん冷気が上がった。だから!寒いから!引っ込めて!
「僕はマリコさんと話がしたいから。構わないかな?」
「えーと、はい大丈夫です」
断れない王子様スマイル。ごめんカイゼルさん。
そんなわけで私の部屋で急遽お茶会になった。
フレイ様はお茶菓子持って来てくれてて、それをご馳走になってるんだけど。
護衛騎士2人がどうにもねぇ。
「何故兄上が殿下の護衛なんですか。陛下のお側に居なくていいんですか」
「私は殿下の命に従っただけだが?陛下から許可も頂いている」
「部屋にまで入らずとも良いのでは」
「お前1人に要人2人を任せる訳にはいかないだろう」
「俺が信用ならないとおっしゃるのですか」
「誰より信じているに決まっている。だが万が一があった時お前1人では困るだろう?私はお前にも怪我はして欲しくない」
「それ程弱くありません。怪我は日常茶飯事です」
「お前はそうやって無茶をするから陛下や殿下が心配するんだぞ」
「もう子供ではないのですから無用な心配です」
ずっとあの調子なんだよねー。まあ、お兄さんが弟を構ってる構図でしかないんだけど。護衛なのに護衛対象の許可もなく話してるからね。普通は黙って立ってるだけだし。フレイ様とはだいぶ気心知れた仲だからこそだね。
「本当に面白いね、カイゼル。マリコさんもそう思わない?」
2人の様子を見てフレイ様がにやにやしてる。悪い顔だなあもう。でも嫌味たらしくないのが王子様特権だな。
「フレイ様、あんまりカイゼルさんからかったら駄目ですよ?」
お兄さんにやり込められてるカイゼルさん、確かに面白いけどさ。冷気は引っ込んだけど顔がすっかり拗ね気味で。騎士団長の顔が崩れてるのはなかなか可愛い。
これを見せるためにわざわざマートルさん連れてきたんだとするとフレイ様そこそこ黒いな。キラキラ王子様ってだけじゃないな。
「カイゼルと2人きりで、つまらなくはなかった?」
「え?そんな事ないですよ?楽しく話をしてましたから」
「おや、こいつが女性を楽しませられる話ができましたか」
「兄上!」
マートルさんが珍しそうに言う。
「昔から女性とはあまり話などしてなかったですから楽しめる話題が提供出来るとは思えませんでしたが」
そうなんだ?私と居るときはそんな感じはしないけどなあ。でも私以外と話してるのは見た事ないからわかんないな。
「俺にも話くらいは出来ます」
「成長したなカイゼル」
「一体俺を幾つだと思ってるんですか」
「弟妹は幾つになっても可愛いもんなんだよカイゼルさん」
つい弟を思い出して私も言ってしまう。
小憎たらしい事もあるけど、やはり可愛いのだ。
「マリコ様まで…!」
「マートルと話してる時のカイゼルって面白いけどマリコさんが絡むと益々面白いね」
フレイ様完全に遊んでますね。でも同意します。カイゼルさんからかい甲斐あるよ、うん。
お茶会はそうしてカイゼルさんを構い倒す会になりました、はい。