5話 交友関係が広がりました
宜しくお願いします〜。長さがまちまちで申し訳ないです。
翌日から私の生活は変わることになった。
討伐参加が可能になったので魔物がでたら出動。それ以外は制御訓練、という感じ。ただまだ制御が完全じゃないから後方支援のみ。本当は前線で治癒や援護をした方がいいんだけど皆んなにそれは止められた。特にカイゼルさんが強固に反対した。
そんなわけなんだけど、今私は緊張してますはい。参加可能になったから王様に挨拶しに行く事になったのよ。
今更?と思ったのは言うまでもない。普通召喚されてすぐとかじゃないのか。
疑問はマースさんが答えてくれた。曰くいきなり王様に会わせると精神的に負担になるからだとか。まあ、召喚直後のパニックなときに次から次へと色々あったらメンタル疲れるよね。その辺りもちゃんと配慮がきいてる。これも歴代聖女のおかげかな。たぶん以前に何かがあったんだろう。いきなり王様に会わせたら逃げちゃったとか。
会社でもあるあるだ。ちゃんと順を追って教えたりしないと急に色々言ったりやらせたりしたら誰だってパンクしてしまう。新入社員とか派遣さんとかにもそうやって最初からプレッシャーになることをさせたら次の日から来なくなったとかいう話はよく聞く。かく言ううちの会社も何人かいたからなあ。最短で初日の昼ごはんにでたきり帰らなかった子いたな。
てなわけで討伐参加が決まったので正式にご挨拶だそうだ。うう、逃げ出さないけど緊張はする。王様だよね?1番偉い人だよね?会社でも社長とか年末年始挨拶の時に遠目に見るくらいなのに。
服装はいつもと変わらずだから良かったけど。聖女服万能助かる。制服みたいなものだからねー。あ、会社独特の銀行員制服みたいなタイトスカートとかは私は苦手だけど。
カイゼルさんに連れられて謁見の間に行く。途中見られる見られる。昨日の討伐の件は広まってるだろうからなあ。あれが聖女かとか思われてるのかなあ。平々凡々だから皆さんがっくりしてそう。うぐう、耐えろ私。平凡顔は変えようがない!
重苦しい音がして扉が開く。思うんだけどあんな重そうで毎日開けるの大変じゃないのかな。
私はそんなことを考えてながら中に入った。
謁見の間は豪奢で立派な装飾だった。聖女の部屋とか城の内部とかも十分色々凄かったけどここは格別だ。映画とかで見た事があるよこういうの。まさか自分がこんな場所に来る事があるとは思わなかった。
正面には王様がいて、隣にたぶん王妃様。その横に王子様。確か第一王位継承の王太子様かな。
近づくとカイゼルさんが膝をつき頭を下げる。私も見習って両膝をついて頭を下げた。このまま土下座したくなるのは何故だ。平伏しなきゃいけない気がするからか。小心者だからか。
「騎士団長カイゼル、聖女様をお連れ致しました」
「お初にお目にかかります、佐倉真梨子と申します」
うぐう!まともな挨拶の仕方とかわからないよ!いいのかこれで!不敬すぎて首が飛んだりしない?ねえ?
戦々恐々してると図上から声がかかる。
「聖女マリコ殿。顔を上げて下さい。どうか楽にして頂きたい。カイゼルも構わないぞ」
うお、いい声。とか思いつつ言われた通りに顔を上げる。
近づいてみれば王様は結構若かった。もしかして私とそう歳が違わないのでは?まだまたまばりばり現役おじさまだ。つかダンディイケメンだ。金髪碧眼、王様イメージそのまま。
「まあ、お可愛らしい方ですね」
聖女って貴女でわ?というくらいの絶世の美女が王妃様。こちらも金髪でやや濃いめの紫の瞳。美人だけど穏やかで優しげな表情だから聖女っつか女神様みたいです。心で拝む。
王子様は王子様だ。馬鹿な表現ですみません。こちらも絵に描いたような金髪碧眼王子様。さわやかスマイルがずぎゅんと胸に突き刺さる。薔薇が素で似合う。顔は王様、雰囲気は王妃様でこれは世の女性は好きにならないわけないなと思います。はい、私も好きです王子様。うちわ持って追っかけたい。
「挨拶が遅くなり申し訳ない。私がこの国の王、ウィステリアだ。こちらは王妃のリンデン、王太子のフレイクラントだ」
「マリコ様とお呼びしてよいかしら?聖女を引き受けて頂いて感謝してます」
「聖女様、僕からも感謝を。貴女が引き受けてくれなければこの国は無くなってしまっていたかもしれない」
ふおおお!なんか美女と美男子に感謝されたああ!それだけで魂口から出る!いや、つか様いらない恐れ多いいいい!
「いえあのその!私は何というかたまたま聖女になっただけですからそんな感謝とかお気になさらずに!様とか申し訳ないですから普通に呼び捨てで大丈夫です!」
わたわたしまくって意味なく手を振りながら言う。小市民に王族はやはりハードルが高いです。
周りに他の人居なくて良かった。これも配慮の一環で謁見の間には王様、王妃様、王太子様と近衛の騎士さん、後は私とカイゼルさん以外は居ないのだ。沢山の人に囲まれたら困るだろうということだけど本当ありがたい。お国の偉い人が満載いたらたぶん私逃げ出す。最速で逃げ出す。
「ふふ、面白い人だ。母上の言う通り可愛らしい。そうだろうカイゼル?」
「殿下の仰る通りです。聖女様は可愛らしい上に大変お優しい」
ぐっは!王子様スマイル破壊力凄まじい!やめて目が潰れるー!直視ツライ!カッコいい溶けるありがとうございます!でも可愛いは恥ずかしい!!
つかカイゼルさぁぁぁん!?なんか可愛いに付け加えて何言ってるんです!?やめて私を羞恥で殺さないで!
いかん、これはいかん!ここにいる人たちには言わねばならない!覚悟しよう私!
「か、可愛らしいとかおこがましいです!黙っていてすみません、私なんだか若く見られてますが四十歳なので、可愛らしい年齢ではないですっ」
言った。言ったぞ。仕方あるまい、いつかはバレる事だ。
広間が一瞬シーンとなる。ドン引きされたか?やばい四十歳聖女は流石にまずいか?
居たたまれなくなっていたら王様が噴き出した。
「本当に面白い方だ。年齢など気にはしない。貴女は素敵な女性だ」
「私と同い年なのね。ふふ、是非お友達になってちょうだい」
「二人の言う通りだよ。僕も出来るなら友人になって欲しい」
王様王妃様王太子様寛大ー!なんつう優しさだ。さっきから庶民満載で馬鹿丸出しな態度ばかりなのに。なんか人に恵まれてるよ私。
しかし友人とかいいのか。こんな小市民が。
困ってカイゼルさんを見たら頷いて言った。
「マリコ様、陛下も王妃様も殿下もお優しい方々です。気兼ねなさらずお話されて大丈夫ですよ」
「私が友人とかでも構わないのでしょうか。その、不敬とか…」
ちょっと恐る恐る近衛の騎士さんをみる。不敬なりー!とか斬られたりしない?
騎士さんは私と目が合ったらちょっとびっくりしたけどすぐに笑みを返してきた。だ、大丈夫?かな?
「それは問題ない。貴女は聖女なのだから。聖女はどの国でも王と同等の扱いになる。ならば王が友人でも構わないだろう?」
「僕らは堅苦しいのは好まないからね。もちろん公式な場では相応の対応になるけれど今みたいな場では気楽にしてほしい」
聖女ってそんな偉いのか。う、一気に重責ぐのしかかった気がする。
私の表情を見て王妃様が王様をちょっと睨む。
「あなた駄目よそんな事を言ったら。マリコさんが責任を感じてしまうわ」
王妃様いつのまにかさん呼びに!はやい!
「これは申し訳ない。立場はそうなるが貴女が必要以上に責任を感じることはない。私達は貴女だけに押し付けるつもりはない」
「父上の言う通りだ。何かあればいつでも言ってくれるかな。力になるよ。そうだ、僕の事はフレイと呼んでくれて構わないから」
王太子様がそう言って私の手を取ると甲にキスした。
ぐっは!でた!王子様必殺の手の甲ちゅー!乙女のハートを撃ち抜くあれ!実際ガチでやられたらこっっっぱずかしいな!
色々な意味で真っ赤になっていたらフレイ様がちらり視線をどこかに向けた。
不思議に思って視線の先をみたらカイゼルさんの方。あれ、カイゼルさんなんかちょっと怒ってる?表情はそんなことないんだけど何か目が。何故に?
「おやこれは、成る程」
フレイ様がなんか呟いてる。何!なんなの二人とも!
「ふふふ、マリコさん大変ね?何かあれば私に話してね?ああ、私も気軽にリンデンと呼んでちょうだいね?」
えー?王妃様ーーリンデン様まで何を?話すことって何ー!ってああ、王様まで何か笑ってる!私一人わからないとかなんて罰ゲーム!
「とりあえず今日のところは顔見せという事で下がってよい。またゆっくり話をしよう」
生温かい眼差しに見守られながら退室して謁見終了。近衛の騎士さんまで微笑んでたし。私あの中で歳上チームなのに1番末っ子扱いになってない?え?精神年齢?悪かったわねどうせお子様ですよー。
むむっとしながらふとカイゼルさんをみればなんとも言えない複雑そうな顔。さっきからどうしたんだろ?
「カイゼルさん?」
声をかけたらハッとしてこちらを見る。表情は戻ったけど目はいつもと違う。なんだろ、今度はちょっと寂しそう?
「どうかされましたか?」
「いえ、カイゼルさんがなんだか元気がなさそうかなと思いまして」
ストレートに寂しそうは言いにくいのでぼかして聞く。
「そのように見えたのでしたら申し訳ありません。ですが体調に問題はありませんので」
さらりかわされた。素直に言うはずないか。まあ本人が大丈夫って言うなら様子見かな。
「大丈夫でしたらいいですけど、無理はしたら駄目ですからね?」
いつものように念を押しておく。
そこへ来た方角から誰かが来た。あれ、ローレルさん?それをみたカイゼルさんが私に一礼する。
「申し訳ありませんが私はまだ陛下に報告がありますので一旦こちらで失礼させていただきます。お部屋まではローレルがついて参ります。私も済み次第すぐ参ります」
あ、それでローレルさんがきたのか。でも城の中くらいなら他の騎士さんとかなんなら侍女さんとかでも大丈夫なのに。
過保護だなあなんて思いつつ私はカイゼルさんと別れてローレルさんについていく。
カイゼルさんと違ってローレルさんは無言。相変わらずか。もちっと愛想よくならないのか。
部屋に戻るとトリヤさんがお茶を用意してくれてた。デキる侍女は違うね。お茶菓子つき。お城なだけあって食べ物みんな美味しいから気を付けないと太りそー。
お茶を飲んでたら控えてるローレルさんと目が合った。何か言いたそう?なんだろ?
トリヤさんがいたら言いにくそうなのでちょっと外してもらう。
それから声をかけた。
「何か言いたいことがあるんです?そんな見られたら穴が空きそうなんですけど」
こいこい手招きする。行儀悪いけど気にしない。誰もいないし。
案外素直に近寄ってきたローレルさんは、戸惑いつつ暫く黙っていたけど決意したように口を開いた。
「…以前の事は謝る。役に立たないなどなかった。むしろお前が居なかったら騎士団は壊滅していたかもしれない」
謝るわりにはお前呼ばわりなのが引っかかるけど、まあ許そう。そのくらいで目くじら立てるほど心は狭くない。だだっ広くもないけどね?
「感謝する。団長や皆を助けてくれて。その、これからも頼む」
あ、頭下げた。とりあえず和解?けど急激な態度緩和だなあ。まさか。
「やけに素直に謝るけどカイゼルさんに何か言われた?」
あっちがタメ口なので私も敬語はやめた。ぶっちゃけだいぶ歳下だしね。まあ公的な場ではちゃんと話しますよ?ローレルさんもそうだろうから。
「団長は関係ない。俺自身が謝るべきだと思ったからだ」
「ふーん。まあさほど気にしてないからいいよ。にしても急に素直だときみわるいー」
「なっ!人が折角謝罪したのにきみがわるいとはなんだ!失礼な奴だな!」
「正直な感想ですー。初対面であれだけ人を罵ったんだからさ」
「だから、それは本当にすまなかったと…」
あら、困ってる?疑った訳じゃないけど本当に申し訳なく思ってるみたい。想像よりはひねくれっ子じゃないのか。
「なら、相応の罰を受けてもらおうかなあ?」
素直なのでつい悪戯心がわいた。
「う、何をしろと」
罰って聞いて狼狽えるローレルさん。案外揶揄い甲斐あるな。
「投げ飛ばさせて?」
気持ち悪いくらいにぶりっ子しながらにっこり告げた。あの時殴れなかったからね?
柔道なんてならってないけど背負ってぶん投げる。う?乱暴な?暴れん坊聖女ですから諦めて。
「は!?待て、本気か!」
「本気本気。大丈夫怪我したら治してあげるから」
「そういう問題じゃない!待て!」
「待たない!」
私は後ずさるローレルさんににじり寄ると掴みかかろうとする。見よう見まねではもちろん投げ飛ばすまではいかないけど、そこは防御魔法を応用する。背中側に防御の壁を作ってそれごと飛ばすのだ。名付けて防御壁背負い投げ。はい、力技です。
逃げるローレルさんを背負おうとしたら案外強く抵抗された。うわわ!?
騎士だから剣だけじゃなくてある程度体術もしてるのか一瞬のうちに逆に掴まれて床に押し倒されてしまった。ぐぬぬ!やるな!だがまだ諦めないぞ。
反撃すべく正面に防御壁を作って軽く吹っ飛ばそうとした時、部屋の扉が開いた。
「…何をしてる」
カイゼルさん?って、あ。この体勢なんかあれか?ベタな展開になってる?
見ただけで判断するとローレルさんが私を押し倒して両手を押さえつけてますからこう、襲おうとしてる感じ?押さえつけてるから無理矢理っぽくもある。
まさかいくらなんでもこのくらいで信じたりしないよね?
かるーく、いや違いますよと言う前にローレルさんの身体が吹っ飛んだ。へ??
私は何もしていない。
「っ、かはっ…!」
盛大に壁に激突してる。
一瞬で近寄ってきたカイゼルさんが問答無用で蹴り飛ばしたのだ。退かすでもなく殴るでもなく蹴るとか。あれはかなりダメージでかいよ。って待った!
カイゼルさんがいつの間にか抜いた剣をローレルさんの首筋にピタリ押し当ててる。怖い。本気だこれ。
討伐の時より更に激怒してる。顔は無表情だが殺気が凄い。
日本に居た時は当然殺気とか縁はないし感じたことなんてないけどこちらに来て魔力を得て、人の気配を感じられるようになった。魔力を感じてるんだけど。それが今カイゼルさんから魔力だけで人を殺せるくらいに威圧が出てる。ローレルさんに向けられてるから直接じゃないはずなのに私も動けなくなるくらいにだ。
直接それを浴びてるローレルさんはたぶんその比じゃない。激突して怪我したのか胸を押さえながらピクリとも動けないでいる。
「何をしている、と聞いた。答えろ」
「っ、は…!」
駄目だ、魔力が威力あり過ぎてローレルさん声が出せないでいる。あのままじゃ冗談ぬきでまずい。
私は固まる身体をなんとか動かしては後ろからカイゼルさんに抱きついた。剣を構えてるから極力そっと。
「カイゼルさん!落ち着いて!さっきのは何でもないから!剣をおろして!」
伝わるようにぎゅっと抱き締める。お願いだから落ち着いて!
「こいつを庇うのですか」
振り返りもせずカイゼルさんが言う。ああもう、そうじゃないってば!なんでそんないきなり最大級にキレてるの!
「違うから!根本的に誤解してる!とにかく落ち着いて!」
一度離れてから今度は正面に回り込んでからまた抱きついて見上げる。冷えた目をしてる。そんな目のカイゼルさん、やだよ。
じっと見つめていたら漸く魔力がおさまった。
解放されたローレルさんがはあはあ言いながら呼吸してる。怪我もしてるだろうから治癒をしようとしてカイゼルさんを見る。先程の怒気はどこにいったのか迷子みたいな目になって私を見てる。
「私は大丈夫だから、ローレルさんの治癒していい?」
こくん、と頷いたのを見てから私はローレルさんに治癒魔法をかけた。よく確認はしなかったけど吹っ飛んだ様子からして骨にひびくらいはいってたんじゃないかな。
治癒を終えてから二人をソファに座らせる。私とカイゼルさんが隣同士に、ローレルさんは向かいに。普通は私が一人で座るものなんだろうけど、どうにも今それはまずい気がしてカイゼルさんの隣に座った。カイゼルさん、凄く魔力が揺らいでるんだよね…。
それから事の経緯を説明する。ローレルさんが以前にちょっと意見の相違があってぶつかった事、それに対して謝罪した事、私が悪ふざけで絡んだ事。
説明を終えたらカイゼルさんは一応納得したようだった。でも。
「とりあえず事情は理解しました。ですが何であれローレルがマリコ様にした行為は許されるべきではありません。相応の処罰を与えるべきです」
そう言って私を見るけど。わかって言ってるよね私が何て答えるか。
「それは必要ないよ。私は気にしてないし何もされてない。だから処分は無しにして」
不本意っぽいなあ。でもこのくらいで処分とか要らないよ。
「…承知致しました。ローレル、マリコ様の寛大な御心に感謝するんだな。だが」
っわ、ちょ、まだ落ち着いてない?隣からまたそんな殺気出さないでくれ。
「次はないぞ。わかったか」
「はい…」
「ならばもう戻れ」
ローレルさんは一礼すると部屋から出て行った。ちょっと心配なんだけど、今は彼よりカイゼルさんが心配。魔力が凄い不安定で気が気じゃない。
カミーリアさんに聞いたんだけど、魔力暴走って言うのがあるんだって。よく起きるのは制御がまだ出来ない子供の頃とかみたいだけど、大人でもなるとか。
深刻なのは魔力が高い人でカイゼルさんくらいあると万一暴走したら周囲に多大なる被害が出る。私とか暴走したら街が壊滅するな、うん。気をつけないと。だから魔力制御は魔力の無駄を無くすだけではなくそういう意味でも大事なのだ。
カイゼルさんはもちろん魔力制御は完璧だけど彼だって人の子だ。絶対にないとは限らない。
魔力暴走は周りもだけど本人にも被害が及ぶ。過去にそれで亡くなった例もあるらしい。
そんなことになったらやだよ。しかも原因が私の悪ふざけとか。
ローレルさんが出て行ってから手を組んで俯いたまま無言のカイゼルさんが心配になって私はその組んだ手に自分の手を添えた。握り過ぎてかなり力が入ってる。落ち着いてほしくて大きな手を撫でた。
びくりと震えてカイゼルさんが顔を上げる。なんて目をしてるんだろう。どうしていいかわからなくて助けを求めてるような。
似た目をみたことがある、そうだ弟だ。
私には五つ歳の離れた弟がいる。昔、弟が高校時代に親友と凄い喧嘩して帰ってきた時を思い出す。あの時もこんな目をしてたな。怒ってるのか泣きたいのか助けて欲しいのか感情がごちゃ混ぜで。弟に聞いたら些細な事だったんだけどその時自分は自分でも信じられないくらいにキレて怒って喧嘩したんだそうだ。段々と冷静になるとどうしてそんなにキレたのかわからなくて戸惑って怖くなったとか。
弟とカイゼルさんではまた違うのだろうけど、似ているのは確かだ。予想でしかないがキレた理由が自分でもわかってなくて動揺してるんだろう。
「カイゼルさん、大丈夫だから。私は大丈夫」
声をかけて、手を撫でて。それを繰り返してたら揺らいでた魔力が徐々に落ち着いていった。良かった、もう魔力の方は大丈夫。
治まりきったあたりでカイゼルさんが口元を押さえて軽くえずいた。あ、今度は魔力酔いかな。
これもカミーリアさんに聞いた魔力酔い。同じく子供の時とかになるのが多くて魔力の変化が激しかったりするとなる。今は制御もなくあれだけ急激に変化させたからたぶん間違いなく魔力酔い。カイゼルさんくらい魔力が高いとブレ幅が大きいのはかなり負担なはず。
「カイゼルさん、横になって。辛いでしょ」
わかっていたけどやっぱり私の提案にカイゼルさんは首を振る。青い顔して全く。
「そんなわけにはいかない。休むなら隣にいく」
「いいから、ほら。遠慮とか今更でしょ」
私がこう言ったら折れないのは今まででわかったからかカイゼルさんはソファの肘掛にもたれるように横になった。
「吐きたくなったら吐いていいよ。私は気にしないから」
「そんな真似できるか」
顔をしかめるカイゼルさん。
「無理に我慢すると辛いだけだよ?大丈夫、よく弟が酔っ払って吐いたりしたのを片付けたりしたから」
「俺は弟扱いか…」
「そんな意味じゃないってば。ほら、とにかく黙って休む。魔物がきたら行かなきゃいけないのにそんな状態じゃ困るでしょ?」
魔物のことを言われたらカイゼルさんも言葉に詰まる。そして大人しく黙った。私はそれをみてから水差しを取りに立ち上がる。ホントは暖かいお茶とか欲しいけど今はトリヤさん呼ぶわけにいかないしね。
水差しとコップを持って戻ったらカイゼルさんと目が合った。あれ、もしかして動き追ってた?不安なのかな。
なんとなくわかる。具合悪い時って手の届く距離に誰かいるのは安心する。
私はまたカイゼルさんの隣に座る。もそり動きを感じたら手を握られた。ふわっ、恥ずかしい、けど耐えよう。振り払うなんてできない。気持ち悪いとかはないしね。むしろ私も落ち着く。
それにしても、なんであんなにキレたんだろ。やっぱりあれかな。騎士たる者が不可抗力とはいえ女性を押し倒したりしたから真面目なカイゼルさんには許せなかったからとかかな。真面目過ぎなんだよね。ローレルさんくらいの不真面目さ?ゆるさ?があればいいのに。
もしくはあの王子様みたいな社交性とか。ってあああ、思い出すと恥ずかしい!某夢の国でもいないぞあんな理想形王子様。金髪さらっさらで綺麗だったなあ。手とか私よりしなやかででも大きくてしっかりしてたなあ。あ、でも大きくて暖かいのはカイゼルさんの手かな。剣だこがあってがっしりしてるけど不思議と優しいんだよね。そんな事を思ったらつい握ってた手をギュッとしてしまった。
「…マリコ殿?」
大人しくしてたカイゼルさんが不思議そうに問う。あわわ、しまった。なんて言おう。
「あ、何でもないよ。ちょっとその、まあ、カイゼルさんの手が気持ちいいなって」
とぁぁあ!私!何を言ってるんだ!考えるより先に口に出すな私!どストレートに気持ちいいとか言うな!ちょっと発言が変態じみてるし!
私の言葉にカイゼルさんは一瞬目を見開いたけどすぐに優しげに微笑んだ。あ、漸く笑顔だ。謁見してからきになる顔ばっかりしてたから安堵する。
あ、カイゼルさんもぎゅーってしてきた。またなんだか中学生カップルみたいな事になってる気がしないでもない。けど気持ちの方も落ち着いたかな。
その時、扉をノックする音がした。
呼びかける声はトリヤさんだ。なんだろ?
手を離していこうとしたら手が離れない。え?ちょっとカイゼルさん?
「俺が行く。どうやら侍女だけじゃないらしい。ローレルではないが騎士が1人いる」
うお、そこまでわかるんだ。
魔力は色々便利で熟達するとどんな人が居るかが判別ができるのだ。魔力には些細だが個人差があるから。指紋みたいなものかな。判別できるようになるのは魔力の高さとかは関係なくて純粋に経験値から。
私もトリヤさん以外に誰かいるのはわかったけどそれがどんな人かまでは全くわからなかった。ローレルさんじゃないということは、カイゼルさんにはローレルさんの魔力が個別認識できるわけだ。それだけカイゼルさんの能力は高いってわけ。
立ち上がっていこうとするカイゼルさんを手で制す。
「私が行くからまだ休んでて」
「騎士が来たなら何かあったのかもしれないだろう。なら俺が行くべきだ」
「それならそれでちゃんと呼ぶから。いいから座ってて」
強情なんだから。有無を言わせず座らせてさっさと先に扉に向かう。
開けるとトリヤさんと確かに騎士さんが1人いた。討伐の時にちらっと話した人だ。
「マリコ様、お寛ぎの所失礼致します。こちらの騎士様がお話があるとの事でしたのでお連れしました」
話し?なんだろ。
「何かありました?」
「その、副団長が…団長の様子をみてこいと。詳細は伺っていませんが、副団長のせいで団長がああなられたから魔力の事が気になると…」
まああれは何でもないでスルーするには無理があるよね。城の人達はびっくりしただろなあ。ある程度ローレルさんが誤魔化してはいるんだろうけど。
にしても、言い方からしてこうなったのは初めてじゃないのかな。
「それならカイゼルさんは大丈夫ですよ。今は少し休んでるだけですから。それより、こういの初めてじゃないんですか?」
「それはその…」
「何かあったのか」
話を聞く前に後ろから声がかかった。ああ、待てなかったか。
「っ、団長!いえ、特に変わったことはありません!」
やや慌てたように言う騎士さんを訝しげにカイゼルさんが見る。さっきまでの話は聞かれてはなかったかな。それにしてもまだカイゼルさん顔色悪い。仕方ないな。
「何もないなら良かったです。ああ、トリヤさん、私謁見の緊張で昨日眠れなかったんで少しこれから休みたくて。お昼まで暫く人払いして貰えますか?」
ちらっとトリヤさんに目線を向ける。頷く仕草に意図を読んでもらえて安堵する。短い付き合いだけどそれなりにこのくらいなら意思疎通が出来るようになったんだよね。
「はい、かしこまりました。お昼はこちらにお持ちしますか?」
「お願いします。カイゼルさんと食べますから2人分で。あ、私の分はちょっと軽めでお願いします」
「いえ、マリコ様私は…」
私達の会話にカイゼルさんが割り込もうとするけどさりげなく遮る。
「じゃあ、またお昼に。あ、騎士さん何かあればまた来て下さい。もちろん魔物がでたら向かいますからそれじゃあ」
ちょーっと強引だけど話を打ち切ると展開の早さについてこれてないカイゼルさんの手を掴むと中に引っ張って戻り扉を閉めた。
「マリコ殿、眠れていないのか」
引っ張り込まれたカイゼルさんは戸惑いながらもまずそれを聞いてきた。嘘っぽくて見抜かれたかなと思ったけど信じちゃったかな。
「あー、あれは嘘だから。ちゃんとぐっすり寝たから大丈夫。休むのはカイゼルさんだよ」
カイゼルさんを休ませたくてあんな事を言ったのだ。魔物が現れたら行かなくちゃいけないけどそれまでは休める。
「俺はもう大丈夫だ」
「そんな顔色して何言ってるの。無理は駄目」
「無理はしていない。おさまってはきている。マリコ殿にも予定があるだろう。それに付き合うくらい問題はない」
もう、強情だなあ。
「休めるときはちゃんと休む!私は取り急ぎの予定は特にないから部屋にいるよ。制御訓練は1人でもできるし。もう、あんまりそうやって無理するなら護衛外してもらうよ?」
聖女の護衛は大事かもしれないけどその為に無理するのは良くない。今回の魔力酔いは私のせいだから尚更。ってうわ!
カイゼルさんの顔をみたら酷い顔してた。この世の終わりかってくらいの絶望感。
やばい。冗談のつもりで護衛外すとか言ったけど信じたなこれは。
まだ掴んでた手が震えてる気がする。
「貴女が、俺を、必要ないと言うなら、」
「待った!」
途切れ途切れに言うカイゼルさんにとっさに背伸びして片手で口を塞いだ。言わせるか。
「んむっ?」
「なし!ナシナシ!護衛外すとか冗談だから、嘘だから!私はカイゼルさん以外は嫌だよ。誰よりもカイゼルさん信じてるし頼りにしてる。今後絶対これだけは疑わないで」
目を見てきっぱり言う。この世界に来て色々ありすぎて大変だけど、何とかやれてるのは周りの人がみんな優しいから。その中でも最初から私を気遣ってくれてるカイゼルさんを私はもう無条件で信頼してる。それを知って欲しい。
ゆっくり塞いだ手を離す。片手の握っている方は逆に強めに握る。絶望の表情がゆっくりと色を取り戻していく。
「わかった。信じる」
笑みが出た。良かった。
今後はあの手の冗談言うのはやめよう。真面目だから私が考える以上に受け止めちゃう。今のカイゼルさんは聖女というもの、それがもたらす恩恵、その聖女を守ることの重要性を誰よりわかっていて責任を感じている。その存在意義を当の聖女たる私が傷付けて良いはずがない。
カイゼルさんは強い。けど強いからこそその根幹を揺るがされたら弱い。私は守る聖女なのだから、それを守ってあげなきゃだよね。
手を繋いだまま行こうとしてカイゼルさんを見る。
休むならベッドの方がいいかな。
「護衛用の部屋のベッドで寝た方がいいよね?」
控える部屋にはちゃんとベッドがある。寝ていて護衛が務まるかって?
実は私がいる聖女用の一画には特別に結界が張ってある。良からぬものを排除する為の。ここには許可なく入れないし悪意があれば尚更。その上に夜は護衛にあたる人が、今はカイゼルさんが私の部屋から護衛の部屋あたりまでに結界をさらに重ねて張ってる。これは本人と聖女の私以外は侵入不可。これでも十分すぎるくらいだけどカイゼルさんが心配性なので私が更に重ねて結界を張ってるのだ。三重構造ってやり過ぎっぽいけど。しかも私が張る結界が1番強度が高いのだ。たぶん城が吹っ飛んでも私の部屋だけ残るぞ。そのくらいの強度。どんだけなんだ私の魔力。
そんなわけで夜とか寝てても安心なわけ。それなら護衛が夜はいなくとも良いんじゃ?と思うけど結界の外で何かあった場合の対応をすぐ取れるようにいるのだ。
「いや、さっきみたいにソファで十分だ。嘘じゃない。完全に横になるより今はあの方がいい」
うん、何となくわかるかも。楽な体勢って必ずしもねっ転がるだけじゃないよね。
カイゼルさんの答えを聞いて私はさっきと同じようにソファに戻ると座る。カイゼルさんはやっぱり同じように肘掛けに身体を預けて横になった。
手は離さない。恥ずかしいのはあるんだけど落ち着くのはわかるからなあ。ま、いっか。
にしても手がちょっとだけ引っ張られるからずっとは互いに疲れるかな?もう少し近くに…あ、そうだ。
「膝枕する?」
だぁぁ!アホか私は!また良く考えずに発言を!膝枕って新婚うふふあははじゃないんだし!つかこんなおばさんの膝枕とか嬉しくないよね?!
沈黙。ぐあ!ドン引きされたか!?だよね?だよね!
しかし予想外の回答が飛んで来た。
「いいのか?」
えー!?それは私が言いたいけど?!するのか、するのか?
「えと、私はいいけど」
「なら遠慮なく」
だー!本気だった!
私の内心などお構いなくでカイゼルさんは体勢を変えると私の膝に頭を乗せてきた。しかも見上げ体勢。うええ!ガン見になるよそれ!?
なかなかない、見下ろすという視線。間近の瞳は心底嬉しそう。私は死ぬほど恥ずかしいです。はい。顔真っ赤だろうな。けどそんなに嬉しそうにされたらやっぱやめたとか言えないのでこのまま続行を決める。
カイゼルさんは安堵したように目を閉じる。うひゃう、完全無防備顔。あ、やっぱり手も握るんだ。
この体勢、絶対誰かに見られないようにしないとだよね。勘違いされそうだよ。そういう仲じゃないんだから。けど…嫌ではないんだよね私は。いけないとはわかってるんだ。私じゃ駄目だって。でもちょっとくらいは…気分くらいは、味わっても許して下さい。
そのまま何を話すでもなく。静かだけど穏やかな時間を私達は過ごした。