3話 討伐に行く事になりました
3話目です。またもやゆるく読んで頂ければです。
最初にカミーリアさんから指導を受けてから一週間。
魔力を感じる事が出来たもののまだコントロールが上手くいかない。余計な魔力がダダ漏れになるばかり。カミーリアさんはこれだと消費が激しくてすぐ疲れてしまうから制御できないうちは討伐に行く事は出来ないという。
そういうが実の所ダダ漏れで使っても10万のMPはぴくりとも減らないのだ。一週間のうちに一通り役立ちそうな魔法は試したが九万のを切ることはなかった。いや、使用量が3,000以内で収まってたから殆ど減ってない。むしろ日々の訓練で体力使うからかHPの方が減る。今日は200しかないのに150になったからな…情けない。某海沿いイベントで歩き廻るのは平気なのに何故だ。
そんなわけだけど10万の事は言ってないし減らないからとはいえ燃費が悪いのは確かだからちゃんと出来るようになろう。
あ、防御はできました!何かすっごく硬いやつ!これならお役に立てるぞ!防御結界も防御膜も出来るぞ!
後は制御。うん頑張ろう。
と、日々で疲れてるはずなのに今日は寝付けない。うーむ、散歩するか。
しずかーに寝室の扉を開けて廊下に出る。気付かれてないよね?
真夜中だったから今夜の護衛のローレルさんも休んでいるだろう。多分物音がしたら起きるだろうから極力しずかーに。
訓練で使う中庭に出る。部屋から近いのは楽だなあ。
今夜は月明かりもうっすらでだいぶ薄暗いけど見えなくもない。ふらふら歩いていたら人の声が聞こえた。
うえ、こんな真夜中に誰だいったい。不審者か?
部屋に戻ればいいんだけど、不審者だったら人を呼ばないとだし。
声のする方にそろりそろり歩いて行って見えた人影に声を上げかけて口を塞いだ。ついでにそばの茂みにしゃがむ。
「ですがカイゼル団長!このままでは!」
「俺は大丈夫だ。いいか、この話はもう終わりだ。戻れ」
カイゼルさんとローレルさん。なんだか不穏な様子。
カイゼルさんに言われたローレルさんはそれ以上は何も言わずに戻って行った。
今部屋に居なかったのか、ローレルさん。駄目じゃん護衛。というか、カイゼルさん普段は俺って言うんだ。
しゃがんだままそんな事を考えて見ていたら、不意にカイゼルさんの身体がふらついた。
あれ?と思ったら次にはその場に膝をつく。俯いて額をおさえるみたいにして…辛そうに見えた。
ハッとして立ち上がったら茂みががさり揺れてしまった。あ、しまった!
「!誰だ!」
気付いたカイゼルさんが素早く、でも若干ふらつきながらも立つと此方を向く。薄暗い中でも目が合った。
「っ、マリコ様…?!何故このような場所に」
まさかという声。駆け寄ってこようとしたカイゼルさんがまたふらついて膝をついた。
「ちょ、カイゼルさん!」
慌てて私が逆に駆け寄った。明らかに体調が悪いとしか思えない。
側に寄れば顔を上げる。その顔をみて私は驚く。
最初にみたあの精悍な顔がなりを潜めてしまい酷く疲れた表情に変わっていた。目眩がするのか、視線が定まらず彷徨っている。
「大丈夫ですか!?」
私も隣に膝をつきそっと背中に手を添える。触れた身体が熱い。熱がある?
誰か人を呼ばないと、と声を上げかけた私をカイゼルさんが私の手を握り制止した。
「人は、呼ばないで下さい…大丈夫、ですから」
「大丈夫って状態でも顔色でもないでしょう!」
「大丈夫です。だから、どうか」
懇願されて戸惑う。どう見たって大丈夫じゃないのに。なら。
「なら、私の部屋に行きましょう。そこで休んで下さい」
「そのような、事は出来ません。こんな、時間に、女性の部屋、になど」
途切れ途切れの言葉。話すのも辛いんだろう。それをみて私は仕方なく言う。あんまりこんな事はしたくないけど。
「それが駄目なら人を呼びます。大声で」
自慢じゃ無いが私は声がやたら通る。学生時代に合唱部にいたせいもあるが元々良く通るのだ。部活のせいでブーストされてますます煩くなったとか親に言われた。
私にそう言われてカイゼルさんも黙る。どうしても人を呼ばれたくはないらしい。たぶん事を荒立てたくないんだろう。自分の身体の不調を知られたくない。
「わかりました…」
「じゃあ行きましょう。立てますか?」
カイゼルさんが頷いて立ち上がる。でもまたふらつく。歩くのは難しそうだ。
「肩を貸しますから腕を回して下さい」
身長差があるしあっちは男性だから手を貸すというよりは私は杖代わりだな。
カイゼルさんも一人では歩けないと自覚してるのか素直に言葉に従う。身体が密着する。普段なら男性としかもこんな男前と密着したらドキドキものだが今はそんな場合ではない。ふと、何か覚えのある臭いがした気がするがとりあえずはあとだ。
そのままゆっくり部屋に向かう。普通に歩けばものの数分の距離が遠く感じる。カイゼルさんが腰に下げた剣が微かにかちりと音を立てる程度のゆっくりした歩みだから余計に。
この世界の騎士が重装備鎧とかじゃなくて良かった。魔力を編み込んだ服が鎧代わりになるので金属の鎧は付けてない。まあ、金属鎧と同じで魔力の強さで出来もピンキリらしいけど当然騎士団のは最高級品だ。
漸く部屋につけば静かに扉を開ける。私は中に入ると入った私室から寝室に向かう。
行き先に気付いたカイゼルさんが止まろうとする。流石に寝室はまずいと思ったのはわかる。でも。
「隣にローレルさんがいるでしょう?私室で何かすれば気付かれます」
小声で言う。ローレルさんはたぶん部屋の出入りには気付いているかもだけど私が出入りしただけだと思っているだろう。だが、私室で話しなどしていたらカイゼルさんもいることに気付かれてしまう。
そう言われてカイゼルさんも渋々従った。
寝室に入ったところで扉が開く音がした。あ、やばいローレルさんかな。
咄嗟にカイゼルさんを寝室入り口の内側に座らせて扉を閉めた。
そうして振り返れば私室の扉が開いてローレルさんが入ってくるところだった。危ない危ない。
ローレルさんが近寄ってくる。私は何事も無かったように同じく近づいた。なるべく寝室の扉からは離れたい。
「こんな夜中に何をしている」
二人だとローレルさんはすっかり見下し口調。あー、カイゼルさん聞いてるだろなあ。私はなんかもう慣れたし気にしてないけど絶対怒るぞ。
「女性にそんな事聞きます?真夜中でも起きる事態なんて一つしかないじゃないですか。お手洗いです」
部屋の中にはないからね。真夜中にトイレなんて年寄りじみてるからちょっと言うのは恥ずかしいけど。
私の答えに案外素直に信じたローレルさんはふん、と鼻を鳴らすとさっさと戻って寝ろ、と言い捨てて私室を出て行った。すんなり信じたのは意外だったけど私にあまり関心がないのだけかな。
ほっと胸をなでおろしてからすぐに寝室に戻る。
カイゼルさんは俯いていて今にも床に倒れそうだった。いくらふかふか絨毯でもこんな所で寝かせられないって。
「カイゼルさん、もう少し頑張って下さい」
もう一度立ってもらいベッドに行くとそこに座らせた。抵抗もないあたりやや意識が朦朧としてるのかも。
でもこの原因は何だろう。風邪、ではない。けどただの体調不良でもなさそう。
そこでまたあの臭いがした。なんだっけこれ…あ!
「血の臭い?」
思わず言葉に出すとカイゼルさんが反応した。顔を上げてしまったという表情だ。
まさか怪我してる?
「脱がしますよ」
有無を言わせず脱がしにかかる。真夜中に男性を脱がすとかアレでアレだけどそういう目的じゃないから色気はないです。
暗いからベッドサイドの灯りをつけて上着から順に脱がしていく。騎士服が上下セパレートタイプで助かった。マントは肩から外せばなんとかなるけど、それ以外は座ったままじゃ無理だ。ほらよくあるじゃん?下まで繋がってて腰あたりで絞るやつ。あれだったらちょっと一苦労だ。
最後のシャツまで脱がせてから私は現れた身体に言葉を失う。鍛えられた筋肉質で、でも均整がとれたスマートな身体は何もなければ惚れ惚れしていてうっとりものだっただろうが、そこに包帯が巻かれていれば驚くのは当たり前だ。隙間がないくらいに包帯だらけ。状態が酷いのはたぶん左腕。というのも包帯に血が滲んでいたから。
私はその左腕の包帯だけ外した。当てられていたガーゼを取るときに僅かカイゼルさんが呻く。それもそのはず。包帯の下の傷は多くはないがまだ出血していた。魔物の爪痕だろうか、三本に引き裂かれた傷痕が痛々しい。
「これ…治癒してないんですか?」
魔法で治癒すればこんな状態のままにはならない。
答えはない。話したくはないのだろうが。
「カイゼルさん」
じっと見つめる。あの、優しい瞳は今は熱で弱々しい光を宿してこちらを見てる。
暫くそうしていたら観念したのかカイゼルさんが話しだす。
「治癒は、まだ、してません。自分でしようと、思っていて」
カイゼルさんは魔力が高い。このくらいの怪我でも自分で治癒は出来るのだろう。ならなんで。いや、すぐ治せないくらい疲れているんだ。まさか。
「魔物の襲撃がそれだけ激しいってこと?」
騎士団にも治癒が出来る人はいるはず。その人に任せないのは手が回らないから。だから自分で治癒しようと思っていたけどそれすら出来ないくらいに自身が疲れているんだ。
疲労した身体では治癒魔法は効果が出ない。こうなるまでという事はずっと休めない状態なんだ。
そこでここ三日程護衛がローレルさんばかりだった事を思い出す。三日、出ずっぱりだった?
「そんな状況なら教えてくれたら良いのに」
「…貴女にだけは、知られたく、なかった…まだ、早すぎる」
そう、私がまだちゃんと力を使えないからだ。まともに使えていればこんなことにはならなかった。いや。私のMPの事を黙っていたらこんな。制御できなくとも使えはするのだから私のMPなら多少のことでは余力は充分なのだから。
悔しくて唇を噛む。
「貴女は悪くない。今迄の、聖女も、制御までには一ヶ月は、かかったのだから」
いつのまにかカイゼルさんから敬語がとれていた。それに気付かないくらい意識が朦朧としはじめてる。
「大丈夫。自分で、治癒、を」
言いながらカイゼルさんが治癒魔法を使おうとした。
「っつ!」
大きく身体が前に傾いだ。びっくりして正面から抱き止める。あうう、流石に重い。でもひっくり返ったらそれこそ起こせないからなんとか踏みとどまる。
「治癒、が…くそ…」
魔法が発動しなかった。ということはそれだけのMPがないんだ。
ステータスどうなってるんだろ。ああ、他人のステータスは見られないんだっけ。もどかしい!見られたらいいのに!
そう思ったとき目の前にウインドウが出た。違う私のじゃなくて、って?
「HP3万…が、1000?MPは 8000が…120?」
あれ、これカイゼルさんのステータス?なんで?
私の言葉に驚いたのは見られた本人。
「何故、俺のステータスが…聖女だからか?」
あり得る。変なとこチートなんだよなあ聖女。これで攻撃魔法とか使えたらいいのに。
それより3万て凄い!カイゼルさんそんなあんの。それが4桁まで減ってるならこんな状態になるのも当然だ。私からしたらHP一桁に等しい。MPも3桁。120じゃ効果の高い治癒魔法は使えないはずだ。出来るとしたら僅かな切傷治すくらい。
これはもう打つ手はなし。誰かを呼ぶかもしくは。
私は決断した。治癒が出来る人はここにいる。
「私が治癒します」
「!駄目だ、それは」
まだ抱き止めたままだった私の身体を押すように止めようとされて逆にぎゅっと抱き締めた。
「聞きません。こんな酷い怪我人をみて何もしないとか無理です」
抵抗される前にと私は魔法を使った。
「傷を全部治す力を」
ぶわ、と魔力が溢れる。相変わらずまだダダ漏れ状態だ。でも気にしなーい。全力治癒だけどちらとみたら10万が95000になったくらいだ。まあ、今迄で一番減ったは減ったかな。だけどそれだけ酷い怪我だったんだ。
治癒が終わり身体を離す。怪我は痕も残らず治っていた。
「これが…聖女の力」
腕をみてカイゼルさんが呟く。ふふん、凄いでしょー。
一応確認のためと全部包帯を取ると傷一つない肌が現れた。と、うわ、つまり上半身裸!うきゃ、これは色々アレだアレでアレ!
顔を赤くした私をみて傷の有無を確認していたカイゼルさんが現状に思い至り同じく顔を赤らめながら服を着ていく。照れた顔の男前、破壊力抜群。鼻血出なかったのを褒めて。今日はカイゼルさんの新たな顔をいっぱいみて脳の容量はパンクしそうー。え、動画で残したいとか思ってないよ?
服を着終えたカイゼルさん。どうやら傷を治して熱は引いてるみたい。でも疲労はまだあるのか顔色は改善してないかな。
私は顔を見てからとりゃ!とカイゼルさんを立ち上がる前にベッドに押し倒した。
いきなりのことにあっさり倒されるカイゼルさん。
目が白黒してる。ふっふっふ覚悟しろーってちがーう!破廉恥な真似をするわけじゃなーい!
「このままここで少し寝ていって下さい。疲れてますよね?あとあまり寝てないでしょ」
疲労困憊の表情は見慣れたものだ。会社の営業がよくこんな顔してる。三徹明けとか。あ、うちブラック企業じゃないですよー?一応?ちょっと時々回らない時があるのだ。しょっちゅう残業徹夜三昧じゃないよ!どんなに忙しくても私たち事務方は終電に間に合う時間には帰されるし!
「なっ!そんな事出来るか!」
あ、すっかり素が出てる。うん、かっこいい。
起き上がろうとするカイゼルさんに私は上体を寄せてのしかかる。
「良いですから、寝て下さい。ちゃんと休まないとまた怪我しますよ」
「なら自分の部屋で休む!何も貴女の部屋でなくても」
「良いですからほら」
胸の辺りをとんとん軽く叩いて眠りを促す。お母さんとかがやってくれるあれ。不思議だよねー。あれされると眠くなる。
それはカイゼルさんも一緒みたいで柔らかな布団と疲労のせいか瞼が落ちていく。私を突き飛ばして行けばいいのにしないあたりやはりカイゼルさんは紳士だ。
程なくして穏やかな寝息が聞こえてくる。完全に寝入っていた。普段ならこんなこと絶対無いんだろうけど、それだけ限界だったんだろう。
眠る姿にいたたまれなくなりそっとカイゼルさんの肩を撫でた。すると寝返りをうってから撫でた手を握られた。
ふぎゃ、あわわ!ちょ、これは恥ずかしいけど起こしたらと思うと外すことも出来ない。
ドキドキしながらも私は仕方ないのでえいやと隣に寝転ぶ。間近にカイゼルさんの顔。身長差のせいでここまで近距離で見るのは初めてだ。
まつげ長いー。顔整ってるー。でも無防備に寝てるなあ。
と、まじまじ観察していたらあろうことかそのまま私も寝てしまったのでした。
翌朝。
起きたらちゃんと布団に入って寝てた。
昨夜を思い出し己のした事に今更羞恥マックスになって真っ赤になる。寝るとか!寝るとか!布団に入ってるという事はカイゼルさんが先に起きて運んでくれたんだ。
血の付いた包帯も無くなっていたから昨夜の出来事は幻かとも思う。でも、触れた身体の感触はありありと…うぎゃー!恥ずかしい!
一人赤面しまくってるとノック。
「マリコ様、おはようございます。朝ですよ」
「あ、あああ、おはようございます!」
動揺してどもった!トリヤさんは気付いたのか気付いてないのか、寝室に入ってくるといつも通りお世話を始める。
落ち着け私。
それから着替えて朝食を食べるとカイゼルさんがやってきた。
顔を見ればいつもの無表情が崩れてなんとも言えない顔をしてる。
ぐは!改めて色々やらかし過ぎた!呆れられた?待って寝ちゃったのはたまたま!
言い訳を始める前にカイゼルさんが人払いをした。トリヤさんは出て行って二人きり。扉は開いてるから昨日とは違う。は!昨日は扉閉めて寝室だったー!
にしても人払いまでして何を?
と、カイゼルさんが膝をついた。昨夜と同じ体勢だからちょっと慌てたけど今日のは違う。これはちゃんとした儀礼。偉い人の前でやるあれだ。ってなんで急に?
見ていたらカイゼルさんは腰の剣を外し前に置いた。え、何で。
「マリコ様、昨夜は私が多大なる失態を見せご迷惑をおかけ致しました。あの様な振る舞いは騎士団長である前に一人の騎士としても有るまじき事です。如何様にも処罰は受ける所存。私はどんな処分でも構いません。ですがどうか、聖女をお辞めになるのだけはお考え直し下さい」
ってええ!いきなり何を言うのかと思ったら処罰!?え、何故そんな大ごとに!?てか私辞めないよ?!
カイゼルさんはそれきり黙ってぴくりとも動かない。ちゃんと回復したんだなとはさっきちらりステータスをみて確認したけど完全にじゃないからこんなことしてないでもう少し休んで欲しい。
とにかく!
「ちょっと、何でそんな話になったのかわかりませんけどとりあえず立ってくれませんか?落ち着いて話をしましょう」
「いいえ、私は許されない事をしました。処罰は当然です」
「ですから!…大声で叫びますけど」
ラチがあかないので昨夜の脅しをまた使う。すいません卑怯で。
それを聞いてカイゼルさんは一応立ち上がる。あー、たったままは話しづらい。
隣に座る様に言う。けどやっぱり座らないから今度は見上げて話すのは首が痛いから座って欲しいと言った。我儘聖女様みたいになってしまってやだなあ。
「とりあえず、まず先に私はカイゼルさんを処罰するつもりはありません。昨夜のは当然の事をしたまでですから」
「ですが!私はマリコ様にあの様な姿を見せ治療までさせてあまつさえ寝台で…」
「あー、それは忘れて下さいー!恥ずかしいすみません寝ちゃうとか!」
思い出させるなー!
「忘れられる筈がありません。貴女の治癒は、暖かかった。しかし制御のまだ出来ない貴女に力を使わせるなどどれだけ負担になった事でしょう。お身体は大丈夫ですか」
あ、そこか。添い寝の辺りは気にしてない?
やぶへびしないように流してから私は告げる。
「カイゼルさんだから言いますね。身体は全然問題ないです。その、実は私MP10万あるので多少使い過ぎても大丈夫なんです」
「今、なんて?10万…?」
私の言葉にカイゼルさんが唖然とする。水晶叩いた時と同じ顔だ。わかります。私もあり得ない数値だと思いましたから。
「では、昨夜あれだけの治癒をしたのに不調はないのですか」
「はい全く」
今朝ステータスみたら減ったMPは全回復してた。カンだけど半分くらいまでは一晩で回復するんじゃないかな。
「そう、ですか…」
「はい。すみません黙っていて。私がちゃんと話していればカイゼルさんはあんな怪我をせずに済んだのに」
謝る私をみてカイゼルさんが首を振る。
「それは仕方のない事だと思います。その数値は異常と言えるくらいに高い。話さなくて良かったと思われます。私以外には誰か?」
「いえ、カイゼルさんが初めてです」
「でしたらこれからも話さない方がよろしいでしょう。歴代聖女の中でも一番です、その数値は。良からぬ事態を招きかねないくらいに」
何と無くはわかる。所持金1万ですって人が実は1億ありますなんてもんだよね。多すぎるって時には良くない。
「…カイゼルさんは私を責めないんですか?私が隠していなければあんな怪我」
「責める理由など何処にあるのですか。貴女は当然の事をしただけです。怪我は私の不甲斐なさが招いた結果でマリコ様のせいではありません」
「でも、昨夜ローレルさんと…あ」
しまった。言ったら見てたのがバレる。しかしもう遅い。
「話を聞いておられたのですか?」
うーあー、誤魔化せないか。しょうがない正直に話すか。
「聞いていたという程じゃないです。最後だけちょっと」
「そうですか。そう言えばローレルと言えば昨夜はマリコ様に随分と失礼な口調で話していたようですが、あれはいつもでしょうか」
わ、あれ忘れてなかったか。ローレルさん南無三。
「あれはまあ、ええ」
どう言えばいいかわからず苦笑いを返す。
それで察したのかカイゼルさんの顔が険しくなる。怒ってる、うん怒ってる。
「後で厳しく言っておきます」
「駄目ですって!ローレルさんは昨夜のには気付いてないんですから言ったらばれますよ」
「……それは、困ります」
険しかった顔が急に戸惑う様になる。もしかして。
「その、怪我を見て頂いた事やそのあと共に…」
「たぁぁあ!ストップストップ!恥ずかしいから言わないで!だけど止めた癖に言うのあだけどやましすぎる場所で止めた!」
共に寝た、いや破廉恥なじゃなくて純粋に眠っただけだ!
二人して色々思い出し赤くなる。初デートしてるカップルか。
「申し訳ありません。やはり私は処罰が必要なのでは」
「それはもういいですって。それより昨夜みたいに話してくれないんです?」
最初の処罰云々を蒸し返されそうになったから話をそらす。
「あれは、その熱のせいで」
「私としてはあの方が親しみやすくて良いんですけどね」
「そんな、聖女様に対してあんな話し方は出来ません」
むむ、譲らないな。ならば。
「…聖女って呼ばれて扱われると人間扱いされてないみたいで嫌なんですよね」
よよよ、と無い演技力を捻り出し言う。必殺良心に訴える!いい人真面目な人にしか効きません。我ながら卑怯!
その言葉にカイゼルさんがぐっと詰まる。騙されてくれたかな?それとも説得は諦めたかな?
暫く悩んでいたようだけど、深いため息を吐いて言った。
「二人きりの時にだけしてくれるなら」
「わーい、やった」
ちょっと距離が近づいたー!
「ローレルさんだけあんな話し方だからなんかもどかしかったんですよねー」
「あいつは…最初からああだったのか」
「はい。最初から。まあ初対面から失礼な事言われましたが」
あれは今から思うと仕方ないのかなと。大事な上司が疲れて怪我してるのに肝心の聖女は役に立ってないとか、ムカつくよね。
「やはり少し説教してくる」
「だから!駄目ですって!」
引くくらい怖い顔つきで立ち上がったので思わず腕を掴んで止めた。
するとカイゼルさんが少し驚いて腕を見る。掴んだのは左腕。怪我していた場所だ。
え、まさか治ってない?
過敏な反応にぎくりとして何か言おうとしたら先にあちらが口を開く。
「貴女の治癒はきちんと効いている。もう痛みはない。今のはその」
不自然に言葉が切れた。なんだろ?
「…暖かい手の温もりを思い出して」
だぁぁぁ!いきなりなんか甘いボイスぶっこむのやめてもらえませんか!通常会話に急な胸キュンとか乙女ゲーか!違う、私がしてるのは血湧き肉躍るアクションゲーだ!シナリオ担当でてこい!
脳内で支離滅裂な事を散々叫んでからカイゼルさんを見る。自分が何言ったか自覚はないな。というか無表情がいつの間にか柔らかな表情になってるし!デレが早い!攻略が易すぎる!シナリオ担当以下略。
「いや、まああのその」
「不愉快な気持ちにはなってないのか」
ふいにカイゼルさんが不安げに聞く。不愉快な気持ち??
「まだよく知らない男と身体が触れたり裸をみたり手を握られたり…添い寝されたり」
言ったな!言いにくいことはっきり!意識朦朧としてた割には良く覚えてるな!
言われて色々したが不愉快な気持ちなんて微塵もなかった。何とかしたい一心だったからかもだけど。
「カイゼルさんだから、全然そんなことなかったです。むしろ…」
あれだけ無防備に晒して貰って嬉しかった。
と、言ってしまった。
言ってしまった。大事なので二度言いました。
聞いたカイゼルさんは驚きのまま固まってから急激に顔を赤くした。
「…その答えは反則だろう」
じわじわきた!言った自分もじわじわきた!告白したみたいじゃないか?!この歳になってどこにあったんだ私の乙女要素!乙女ゲーやるときだけ出てくればいいんだよ、ちょっと!
「と、とにかく不愉快じゃなかったし大丈夫だから処罰もなし、はいこの話題は終わりです!」
無理矢理強制終了。私の色々がもたないから終わらす。
「言いたい事は色々あるが、今日はそれでいいか。しかし俺がこの口調なのになんでマリコ殿は敬語なんだ」
あ、様が殿になった。さん、とかでいいしなんなら呼び捨てにしても気にしないけど流石にそこまでは無理か。
「いや、何となく私みたいな小娘に気安く話されるのはお嫌じゃないかなと思いまして」
「今更じゃないのか」
「それもそうか。じゃあ私も二人の時は普通に話す」
そもそも私が歳上だしね。う、その事実はまだ伏せておこう。
「それより、魔物討伐はどうなってるの?今日もあるんでしょ」
私の言葉にカイゼルさんの顔がサッと変わる。
「今日はローレルが指揮して向かってる」
「私もいく」
昨日治癒をして決めた。まだ半端だけどもう見て見ぬ振りはできない。
「まだ早い。いくら魔力に余裕あるからといって実戦に行くなど」
「カイゼルさんがあんな怪我するのを黙って見てるのは嫌」
昨夜の姿。今にも倒れそうなのにそれでも無理をして。怪我を見たとき怖いとか気持ち悪いとかよりまず心配で心臓がぎゅっと捕まれるような気がした。あんなのはもう嫌だ。
「実戦は甘くない。昨日より酷いものを見る事になる。勿論絶対に守るが危険がないわけじゃない」
「わかってる。それでも行く。私に出来ることがあるなら」
怖いだろう。今迄戦いなんて見たことがない世界にいた私にはきっと怖い事危ない事が沢山あるはずだ。それでも、私が出来る事があるなら力になりたい。
出来ないと嘆くより出来る事からやれ。
昔新人の頃に言われた言葉。最初から誰でも何でも出来るわけじゃないのはどこの世界でも一緒。チートな力があっても使い方を会得するのは自分の努力。
私の決意が揺らがないとわかったのか、カイゼルさんが頷いた。
「そこまで決意が堅いならもう何も言わない。討伐に行くぞ」
「ありがとう」
「頑固な聖女様だ。いいか、約束してくれ。絶対に俺から離れない事。無茶や無理はしない事。あとは」
「あとは?」
「辛いならちゃんと言う事。ああは言ったが、マリコ殿は違う世界の人だ。そちらには、特にマリコ殿の国は平和だと聞いてる。そんな世界から来たんだ、急に慣れる方が難しいんだ。無理して押し隠して溜め込むな」
優しいなあ。逃げ道をきちんと用意してくれるとか。
「うん。わかったありがとう」
「…これはついでなんだが。弱音を吐くなら出来たら俺だけにしてくれたら、な」
はい?何今の?どう言う意味?ちょ、歳上をからかったら駄目だよ?
あわあわしてるとカイゼルさんが椅子から立ちまた跪いた。
「聖女マリコ様。貴女の事はこのカイゼルが全力をもってお守り致します。どうか我らが騎士団にお力をお貸し下さい」
誓いだ。これはカイゼルさんの誓い。
私は頷くと答えた。
「私、聖女佐倉真梨子はその願いに出来うる限りの全霊をもって応えます」
さあ、頑張ろう!