18話 叩きのめしちゃいました
「竜が姿を見せるなんて…それに、こちらに向かっている、だって?」
確かめるようにフレイ様が呟く。信じられないという声だ。
竜って、あれだよね、ドラゴンだよね。こちらのはどっちなんだろ。西洋風の竜か、東洋風の龍か。聞いてみたいけどそんな雰囲気じゃない。というかずっと背筋が寒くてカイゼルさんから離れられない。なんなの、この感覚。
しがみつく私の手をカイゼルさんがそっと撫でてくれた。顔を見上げたらふわ、と優しい笑み。その暖かな眼差しに寒気は少し引いた。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫」
カイゼルさんの問いかけにそう返す。
たぶんカイゼルさんもわかってるはず。その竜が、けして避けて通れないものだって事。
最初にこの国に来て聞いた。
魔物の大量発生は核を壊せば収まるって。
聖女の力が告げてる。その竜に核があると。
私は行かなきゃいけない。私しか核を壊せないから。
カイゼルさんの手をぎゅっと握ってから立ち上がる。
「行きます。竜を倒しに」
「なっ、マリコさんそれは無茶だ……っ、まさか」
私の表情をみたフレイ様が言葉を詰まらせる。
「はい、たぶんその竜が核を持ってます」
「っ!」
私の言葉にフレイ様もマートルさんもローレルさんも固まる。
「そんな、竜が核を持ってるなんて」
フレイ様の動揺が凄い。何故だろうと思っていたらカイゼルさんが教えてくれる。
「竜が核を持っていたなんて知られている限りでは無い。竜は知恵のある賢い生き物だ。人と馴れ合うことはないが襲ってくることもない。その竜が魔力溜まりにさらされて魔物化するなんて有り得ない筈だ……遥か昔、最初の聖女達が倒した時を除いて」
初代聖女達の話は聞いた。五つの国全ての聖女が召喚されて、五匹の竜を倒して世界を守ったらしい。その時核を持って居たのが竜。
さらり聞いてはいたけど今まで忘れてた。そんな事はあるわけ無いって思ってて。え、嘘でしょ。その時と同じだって言うの。
またゾワっと身体が震える。怖い。逃げ出したい。
でも。
私はカイゼルさんを見る。この大切な人が居る国を私は守りたい。
「行きます。私はこの国を守りたいから」
もう一度そう告げればフレイ様が真っ直ぐに私を見つめてきた。私の決意を受け取ってくれたみたい。
「マリコさん……いや、聖女マリコ様。どうかこの国を、民を救って下さい」
「勿論です」
私も真っ直ぐにフレイ様を見つめ返して頷いた。
「マリ」
すっ、とカイゼルさんが私の手をすくいあげる。
「お前の事は、俺が絶対に守る」
「信じてる。でも、カイゼルさんも自分の身をちゃんと守ってね?」
「ああ。お前を1人には出来ないからな」
カイゼルさんの優しい微笑みを見ていたら恐怖なんて何処かに飛んでいってしまった。
それから慌ただしく出撃の準備が始まった。今回は2部隊で行く上に近衛からもマートルさん筆頭に半数が出る。それだけ緊急事態と言う事。改めて私にも緊張が走る。
指示を出すカイゼルさんやマートルさんをみながらふと思い出した。そう言えばカイゼルさん、まだ魔力回復してない!
慌てて近づくとカイゼルの腕を軽く引いた。
「マリ?」
訝しげに私を見るカイゼルさんにちょっと背伸びをして耳打ちしようとしたらカイゼルさんが顔を寄せてくれた。
「どうした」
「カイゼルさん、まだ魔力回復してないよね。大丈夫、じゃないよね?」
ステータスを見れば半分も回復してない。これじゃ魔法を使うのが厳しいんじゃ。
「だから待っていろとでも?お前を守るのは俺の役目だ」
「でも、側にずっと居るわけじゃないでしょ」
カイゼルさんは絶対に1番前に出るはず。勿論、私が防御はかけるけど攻撃の手段が限られてしまう。
「それが騎士の役目だ。心配するな、無茶はしない。大規模魔法はお前から力を借りる」
「それは全然構わないけど……」
側にいれば幾らでも魔力は貸してあげられる。でも離れたら?どうするの?
心配でぎゅっと手を握る。貸すんじゃ無くて分けてあげられたらいいのに。こんなにいっぱいあるんだから。
心の中で強く願っていたら、私の魔力に反応があった。握る手からするりと伝わっていく。魔力交流?ううん、違う。カイゼルさんが借りてる?それも違う。明らかに移動してる?
「っ!?」
カイゼルさんも気付いたのかびっくりしたように私を見た。
「マリ、これは?」
「えっと、何か出来たみたい」
何がとははっきり言わない。大丈夫とは思うけど誰が聞いてるかわからないから。
暫く互いに見つめ合っていたら横から声がした。
「何2人して見つめ合ってるのかな?」
「っ、兄上」
「マートルさん、こ、これはその」
は!よく考えたら意味深に見つめ合ってたら何事かだよね!?周りを見たら騎士さん達がちらちら見てる。っこっぱずかしいいい!!
あわあわしてたらカイゼルさんがマートルさんにこそっと耳打ちした。
「まさか、本当ですかマリコ様」
マートルさんの問いに頷く。今もまだ魔力はカイゼルさんに移動してる。つまりは交流でも貸与でもなくて完全にカイゼルさんに譲渡出来てるんだ。
なら!と渡す量を増やして早く回復させなきゃ!と思ったら。
「マリ、待った。そんな勢いは困る……酔う」
カイゼルさんが少し顔をしかめて待ったを掛けてきた。忘れてた!急な魔力上昇は酔うんだった!ゆっくりゆっくり、と気持ちを落ち着ける。
「マリ、もう大丈夫だ」
8割くらいまで回復した頃にカイゼルさんがそう言って手を離した。
「全部じゃなくていいの?私はまだ」
「ああ。準備が整った。もう行かないといけない」
周りを見たら既に準備万端で騎士さん達が並んでいた。う、もしかしたら手を繋いでたのずっと見られてた?あ、今目があった人反らした!見られてたああああ!!
羞恥で顔を赤くしてたらくす、と笑い声がした。マートルさんだ。
「緊張は解れましたか?」
「まあ、一応は」
解れすぎた気もするけどスルーしよう。
「大丈夫だ、俺が側に居るからな」
「うん、有難うカイゼルさん」
私が頷くとカイゼルさんも笑みを返してくれた。
その優しい笑みはでもすぐに真剣な眼差しに変わる。
「皆、これから向かうのは今までで1番厳しい戦いになる!だが怯むな!お前達ならばやれると俺は信じている!そして何より俺達には聖女マリコ様もいらっしゃる。必ず勝ってこの国を守るぞ!!」
カイゼルさんの言葉に騎士さん達から気合いの入った返事が揃って上がった。よし、私も!
「みなさん、私が守りますから絶対無茶しないで生き残って下さいね!!」
私の言葉にはやや柔らかな返事が返ってきた。可愛い。みんなは私が守るからね!
ビリビリと肌に刺す様な魔力が迫ってるのがわかる。
ここは前ワイバーンの群れを迎えた平原の少し先の場所。本当はもっと先の街から離れた場所に行きたかったらしいんだけど竜の移動速度が速すぎて駄目だったみたい。
そうして見ている間にもあの魔力が迫ってくる。
「来ました!」
ローレルさんが向けた視線の先。黒い点が見えた。
それはあっという間に近づいてきて姿形がわかるようになる。竜だ。ドラゴンの方の。太い首、巨大な翼、4本の頑強な脚、長い尻尾。身体の所々には尖った爪の様な部分がある。それは翼にも尻尾にもあった。脚には鋭い鉤爪。まさに最強の生き物という姿。
はっきり視認できる様になってその大きさに畏怖する。だいたい10階建てのビルくらいか。都会のデパート並みのサイズだ。
そしてその竜の額に何かが張り付いていた。真っ黒に禍々しく光る石。あれから気持ち悪い何かが溢れてる。間違いない、あれが核だ。
「額にあるのが核だよ」
私の言葉にカイゼルさんとマートルさんが眉を寄せる。
「額か。そうなると」
「地面に叩き伏せないといけないね」
そう。あんな高い位置私じゃ到底触れられない。だから届くようにしなければだ。
あと少しで目の前にくる、そのタイミングでカイゼルさんが私の手を握った。
魔力がカイゼルさんに渡るのがわかる。これは貸与。
「加護を!!」
カイゼルさんが魔法をかけた。その場の全員に最強強度の防御魔法がかかった。
ここに来る前に騎士さん達には私とカイゼルさんで魔力貸与が出来る事は話してある。カイゼルさんは最初渋ったけど騎士さん達なら信用できるからって話した。カイゼルさんが私の魔力を使えるってわかれば戦い方も変わるからだ。ただ、譲渡の件までは話してない。これはカイゼルさんもマートルさんも絶対駄目だと言った。確かにこれは本当に限られた人にしか言えないから。譲渡は今まで前例が無いみたいだから。
カイゼルさんの魔法は流石。全員にかけても半分も魔力は減ってない。魔力操作に一切無駄が無い。
その魔法に騎士さん達の士気も上がる。
そしていよいよ竜が迫る。
圧が凄まじい。普通の人ならこれだけで気絶するかも。
竜はさも当然とばかりに私達の目前に着地した。
全身が真っ赤な竜。
「火竜か」
竜は身体の色で属性が決まっている。赤は火、青は水、緑は風、黄は土、白は光。でも光の対に闇魔法はあるけど、黒い竜はいない。例の聖女が5人召喚された時の1匹を除いては。
ギロリと火竜がこちらをみた。私を見てるような気がしてぞくっとする。
その口がかぱり開いた。
「来るぞ!!」
再びカイゼルさんが私の手を取る。防御結界が展開された。
次の瞬間視界が真っ赤に染まる。
竜が炎を吐いた。映画とかでみる火炎放射器みたいな武器の何倍も激しい炎。防御結界と魔法が無ければ耐えられない熱さだったろう。いや、その前に消炭になるかな。
竜のブレスが収まるとカイゼルさんが手を離し張った結界から出る。
「正面には絶対立つな!脚を狙って叩き伏せろ!」
カイゼルさんの指示に騎士さん達がさっと散る。
「兄上、マリを頼む」
「カイゼル、無茶はするな」
「気をつけて!」
マートルさんに私を託してカイゼルさんは竜に向かう。私は結界から絶対出ないように言われた。護衛はマートルさん。私はあとはここから魔法をかける。最初の防御の上に私が出来る防御を更にみんなに適宜上掛けしていくのだ。もちろんそれでも完璧じゃないから怪我人には治癒も。
周りを囲まれた竜は当然ながら全力で攻撃を仕掛けてきた。
脚と尻尾を使い騎士さん達をなぎ払おうとする。
でもみんな流石に精鋭なだけはある。ギリギリで躱しては竜の脚を狙って攻撃を仕掛けていく。
1番肉薄してるのはカイゼルさんだ。目で追えないくらいの速さで斬り込んでは前脚2本を交互に攻撃してる。
他の騎士さん達も負けじと脚を狙う。
私は最初はなんとか追いつけてたけど段々追えなくなってきてしまった。でも、そんな私にマートルさんが的確に指示をくれて魔法が必要な人を教えてくれる。今や私はマートルの指示に必死についていくだけだった。
そうして徐々に竜の体力を削っていくけど、こちらの体力も当然ながら削られていく。最初の防御はきれてしまって一旦私の所まで下がってくる人が増えてきた。
これは1度みんなに魔法をかけなおさないと。でもそれにはカイゼルさんにやってもらわないとまだ私には無理だ。
けど今のカイゼルさんにどうやって声を掛けたらいいか。近寄るわけにはいかないし。
そうしている間にも怪我人は増えて前衛の攻撃者が減っていく。
そのスキを待ってたのか、また竜が口を開けた。狙いはカイゼルさん!
「カイゼルさんっ!」
私はすかさずカイゼルさんに防御結界を張る。カイゼルさんもそれに上掛けしたのを見た。
ごうっ、と炎がカイゼルさんを包む。でも防御が阻む。カイゼルさんがブレスが止むのを待って下がろうとしたとき。
「っ!?」
ガチン!と音がして竜が結界に歯を立てる。嘘でしょ、あれを砕こうとしてるの!?
まさかと思う前に結界が派手な音を立てて砕けた。そして、大きく開いた口はカイゼルさんの左腕に噛み付いた。
「ぁっぐ!?」
「カイゼルさん!!」
私は目の前の状況に悲鳴のように叫んでカイゼルさんの名を呼ぶ。やだ、あれじゃ喰いちぎられちゃう!!
「カイゼル!!」
いつ結界を出たんだろう。瞬間移動したみたいにマートルさんが駆け寄っていた。
噛み付いた竜の下顎に青く光る剣を渾身の力で突き立てる。
「グギャォァ!?」
貫通まではいかないものの流石の竜も痛みで叫び声を上げた。同時にカイゼルさんの腕も離す。そのスキにマートルさんがカイゼルさんを抱え込むようにしてその場を離脱する。
怒り狂う竜は他の騎士さん達が注意を2人から逸らすために一斉に攻撃を仕掛けていた。
その間にカイゼルさんを連れたマートルさんが私のところに戻ってくる。
「っ、ぐっ…!!」
左肩を押さえて呻くカイゼルさんの腕はめちゃくちゃに噛み砕かれてた。それでも千切れてなかったのはたぶん噛み付かれる直前にカイゼルさんが腕だけにでも防御をかけたからだろう。それでもこれだけ酷い怪我になるなんて、竜の恐ろしさを目の当たりにする。痛みを耐えてかカイゼルさんは歯を食いしばってる。歯の隙間から荒い呼吸をして辛そうだ。大量の血と酷い傷に一瞬気が遠くなりかけたけど、私はカイゼルさんが刺されたあの時のように両頬を叩いて気を保つ。
「傷を癒せ!!」
治癒をかければあっという間に傷は塞がる。
苦しげだったカイゼルさんの表情も徐々に和らいだ。
「っ、兄上、悪い、助かった」
呼吸を整えながらカイゼルさんが言う。相当痛みがあったのはその様子からもわかる。マートルさんがすぐ助けてくれて良かった。そして聖女の力に感謝した。
「弟を助けるのは当然だ。カイゼル、お前は少し休め。私が前に出る」
「それはっ」
「少しは私にも花を持たせろ」
止める間も無くマートルさんは駆け出して行ってしまった。カイゼルさんも行こうとして少しふらつく。
「大丈夫!?」
「団長っ」
「問題ない」
私はカイゼルさんを咄嗟に支える。側にいた騎士さんも心配そうに見ていた。
大丈夫って言うけどカイゼルさんの顔色は良くない。疲労の色が濃い。当然だろう。1番攻撃をしていたのはカイゼルさんだ。
今にも駆け出しそうなカイゼルさんの左腕を私は思わず両腕で抱え込んで止める。傷は塞がって治ってるけど騎士服はぼろぼろのまま。それがあの傷を思い出させて泣きそうになる。
「マリ」
離してくれというように名を呼ばれてカイゼルさんを見る。そして竜を見た。
カイゼルさんの代わりに前に出たマートルさんがカイゼルさんと同じくらいの勢いで攻撃してるけど竜はまだ膝をつかない。
騎士さん達は傷付いても頑張ってる。でも、もうこれ以上はみんな限界だ。
その光景に私の中の何かがぷちんと切れた。
覚えのある感覚。アレだ。けど何故か今はこの溢れる魔力を制御出来る気がした。
「この、迷惑竜!いい加減大人しく、しろってのーーーー!!」
めいいっぱい叫びながら私は竜に向けて全魔力を放った。そう、あの時みんなを威圧した魔力を竜にだけ向けたのだ。
「グギャギャ!?!?」
ズシンと竜が地響きを立てた。べしゃりと潰された姿は強制的な伏せである。
そのまま私は竜に向かって走ると鼻の頭を踏んづけながらよじ登り額の黒い石を思い切り引っ叩いた。
「成敗!!」
禍々しい見た目に反してシャリンと可愛らしい音を立ててそれは砕け散った。
終わった、んだよね…?
きらきら光りながら消えていくそれを少し放心状態でぼんやり眺めてたら足元から声が上がった。
「ぴゃぁぁ、いたいよう、ぴゃぁぁ!!」
場にそぐわない可愛らしい声。一瞬誰!?って思ったけど声の主は間違いなく私が踏んづけてる竜だった。
「いじめないでよう、ぴゃぁぁ!!」
気の抜けた泣き声に私はただぽかんと足蹴にした竜を見つめるしか無かった。
お待たせしました。クライマックスです。終わりっぽくなってますがこの国での話が一区切りで聖女様は次の国にも突き進む予定です。
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