AIが提供する作り物の世界で作られた彼女といちゃつく話 ~全てが作り物の幸せは、天然自然の不幸よりは良い~
「お待たせ」
「ううん、今来たところ」
微笑みながらそう言う恋人に、男は苦笑する。
本当に今すぐ来たわけがない。
待ち合わせ予定時間より男は幾分遅刻している。
その分だけ彼女が待っていたのは考えるまでもない。
しかも、彼女はだいたいにおいて予定時間前に現地にいる事を心がけている。
その待ち時間も加えれば、10分や20分はこの場にいた可能性が高い。
「本当にごめん」
「だから、大丈夫だって」
笑みを絶やさない恋人は、良いながら男の腕に自分の腕を絡ませる。
「それより、行こう」
「そうだな」
それ以上の謝罪を止めるために、彼女は男を促す。
男の方もそれ以上あれこれ言うよりも、今日これからの予定をこなす事にした。
二人のデートを。
地上数百メートルに作られたスカイデッキ(空中回廊)を歩き、そのまま飛行船乗り場へ。
遊覧目的で空を飛ぶそれに乗ろうと人がならんでいる。
飛行速度がゆったりとした飛行船は輸送手段や移動手段には向かない。
だが、空飛ぶ展望台として新たな娯楽となっていた。
そんな飛行船が既に幾つも待機している。
その一つに二人は並んで歩いていった。
今日のデートは、この遊覧飛行である。
既に夕方を過ぎてるので周囲は暗くなってるが、その分夜景を楽しむ事が出来る。
この時代では珍しく仕事を持ってる男は、昼間は遊びにいけない事が多い。
だが、それを利用して夜のデートを楽しむ事にしていた。
日中、恋人と一緒にいれないのは残念だが、それも仕方ない。
むしろ、そうして適度に距離を置く事で、関係を長続きさせる事が出来てもいた。
労働から人々が解放されて久しい。
AI(人工知能)が実現し、労働の大半が機械に置き換えられた。
全ての産業分野でそれがなされたわけではないが、人は働かなくても生活の糧を得られるようになっていた。
その為、仕事はなかば趣味のようなものになっている。
まだ人間がせねばならない部分も残ってるが、そうでない分野における労働は、個人の好みによって行われていた。
日がな一日何もしないでいると、それはそれで調子がくるうという者はいる。
そうした者達は、適度な仕事をこなしていた。
そうでない者達も、自分の趣味に没頭して日々を過ごしている。
生活を支える産業分野などは、機械が既に代わっているので人がこなす必要がない。
もっぱら人々がしているのは、生活に直接関与はしない趣味分野になっていた。
趣味で小説を書く、漫画を描く、絵画を描く、音楽をつくる、衣服を作るなどなど。
ゲームのMOD作りに世界旅行まで誰もが好きな事を好きなように行えるようになっていた。
男はそんな中で仕事をこなしてる珍しい存在である。
仕事熱心だったり、何かをしてないと落ち着かないというわけではない。
生活にある程度のリズムというか区切りをつけておきたかったのだ。
没頭できる何かがあるわけでもない。
何もしないで過ごしてるのも座りが悪い。
そんなわけで、さして拘束時間も長くない仕事をしている。
とはいえ、その仕事も大半が機械任せに出来るものだった。
その中から幾つかを割いてもらって片付けてるだけである。
無駄と言えば無駄である。
だが、そうして作業をしてる事で、生活にメリハリを付けていた。
そのおかげで、最近では珍しくなった仕事終わりのデートなるものをする事も出来ている。
不思議なもので、いつでも会える、いつでも一緒というのはそれはそれで飽きる。
強制的にでも距離を置いておく時間というのがあると、関係を楽しむ事が出来る。
折角作った恋人であるので、出来れば一緒にいて楽しい時間というのを長く楽しみたかった。
相手に飽きたら代えることも出来るが、それはそれで面倒や手間もかかる。
一度交換したら、次がくるまで時間がかかってしまう。
その時間もまた待つ楽しみになるのだが、出来ればそれはあまり作りたくなかった。
代わりにやってくるのも、おそらくは似たようなものになるのだから。
だったら、出来るだけ長く付き合っていくのも悪くはない。
似たようなものを何度も取り替え、その都度待ち時間を作るよりは良い。
短い付き合いを繰り返すより、末永く一緒に。
お互いに相性の悪い部分も受け止めあっていきたい。
やや古風な考え方と言われるようになったそんな関係を、男は求めていた。
そして、相手もそういう風に作られていた。
「わあ……」
乗り込んだ飛行船が飛び立つ。
ゆっくりとした速度で東京湾沿岸を進んでいく。
多重階層構造になってる都市が見せる夜景は、光り輝く回廊のようになっている。
見ているだけでも感動出来る。
「すごい」
「そうだな」
ただひたすら目の前の光景を、様々な照明が作る光の列に素直な感想が出てくる。
高さ数百メートルの高層建築の連なりは、光の壁となって見る者を圧倒していた。
「これで食事でも出来ればいいんだろうけど」
「仕方ないですよ。
一周30分なんだから」
美しい光景を見ながら食事でもすればより一層楽しめだろうに。
そう思うって少し残念そうな男を、恋人が慰める。
どれだけゆっくり回るといっても、そこは遊覧飛行である。
それほど長い時間滞空してるわけではない。
その限られた時間では、優雅な時間を満喫するのは少しばかり難しい。
「今度はレストラン飛行にしてみようか」
遊覧飛行が提供するいくつかのコースの一つを検討するのも無理からぬ事である。
これほどの景色を見ながらの食事なら、おそらく楽しいものになるだろうと思って。
そして、もっとゆっくりと時間をかけて楽しみたかった。
恋人と一緒の時を。
「また今度ですね」
「そうだな。
……予約、とれるかな?」
「点数も集めないといけませんね」
「となると…………結構先になるな」
取り出した情報端末に表示される自分の所持点数を見てため息を吐く。
「しばらくはお預けだな」
「そうですね。
でも、楽しみにしてます」
微笑む彼女に「そうだな」と頷いた。
待つのはちょっとだけ大変だが、そう言われてしまうと反論も出来ない。
楽しみにしてるのは彼女も同じなのだ。
それでも待つと言っている。
ならば、その時が来るまで自分も待てば良い。
そうしてその時が来るまでの時間も、楽しみを増幅させていくためには有効なのだから。
何もしなくても生活に必要なあらゆるものが用意される世界。
それでも全てが即座に手に入るわけではない。
定期的に加算される点数と呼ばれる数値が、得られる物資や娯楽の上限を決めている。
かつて存在していた金銭と同じものだ。
こうしておかないと、生産や供給出来る限界を超えた要望が出されてしまうのだ。
それを抑える為に、提供出来る様々な物資や娯楽、サービスなどを点数という数値で縛っている。
求める何かを得るには点数が必要で、物資や娯楽などに付けられてる点数を用意出来なければ求めるものは得られない。
働かなくても自動的に手に入るものであるが、これが人の活動に適度な抑制をもたらしていた。
その点数を、男はそれほど浪費はしていない。
もともとそれほど欲しいものがないというのもある。
生活に必要な分は消費していかねばならないが、特にそれ以上に何かを求める事もない。
強いていうならば、横にいる恋人を手に入れるためにがんばったというくらいだ。
さすがにこれを作るためには相当な点数が必要になった。
なにせ、完全な注文発注なので高くつく。
それだけに求める理想そのままといった存在を手に入れる事が出来る。
初めて彼女を手に入れた時、男は感動のあまり泣き出しそうになったほどだ。
だからこそ、男は彼女を簡単に捨てるつもりになれなかった。
いつか廃棄する時がくるかもしれないが、その時まで一緒にいたい。
そう願っている。
また、出来るだけ一緒にいる時間を楽しみたいとも願ってる。
だからこそ、求めるデートが暫くおあずけなのが残念でもあった。
さすがに高い点数が求められるので、おいそれとはこなせない。
人気もあるので予約をとるのも大変だ。
予約状況を確認すると、半年先まで埋まってしまっているという。
だが、点数を貯めるにも時間がかかる。
半年というのは、それをこなすには丁度良い時間でもある。
「予約、入れておくか?」
「いいの?」
「まあ、これだけ時間があれば、無理なく点数を溜められるよ」
「うーん」
その言葉に彼女は考え込む。
確かに半年もあれば点数は溜められるが、それだと生活などがギリギリになりかねない。
楽しみをあまり先延ばしにしたくはないが、これから半年ほど無理を重ねるのも考えもの。
「もう少し先にしません?」
「いいのか?」
「ええ。
その間に、ちょっとしたデートに連れていってもらえれば」
「そっか」
男はそれを承諾した。
急げば半年でどうにかなるにしても、その間我慢を重ねるのもつらい。
ならば、ほどほどに遊びながら、余裕を持って予約を楽しむのも良いかもしれない。
「じゃあ、そうだな…………。
一年くらい先でいいかな?」
「ええ、それで」
「じゃあ────予約したよ」
これで一年後に空の上で優雅な時間を楽しむ事が出来る。
あとはその時まで点数を溜めていけばよい。
彼女と共に過ごしながら。
遊覧飛行が終わって、飛行船から客が降りていく。
その中の一組として、男と恋人はスカイデッキに足をつけていく。
あたりはすっかり暗くなってるが、適度に間隔をあけてる街灯が足下を照らしてくれる。
その光の中に浮かぶ様々な人。
一人で、あるいは友人と。
恋人、あるいは夫婦。
家族づれもいる。
他に、親戚だろうか、老人から子供まで大人数の一行もいる。
様々な者達がこの遊覧を楽しんでいたようだ。
そのどれもが一様に満足した顔をしている。
そして。
恋人・家族といった者達は、どれもが似たような構成をしていた。
大半が、男女のどちらかが…………整ってるとは言い難い容姿をしていた。
顔立ちの特徴をはっきりと言うと失礼どころか無礼、侮蔑になるような造作である。
対して、その相手となってる者達は一様に美しい、整った見た目をしていた。
超絶的な美形もいるし、そうでなくてもどこか愛嬌があるような、決して不快感を抱かせない姿をしている。
そういった者達はまず間違いなく全てがある技術によるものであった。
人造人間。
作られた存在。
それが、見目麗しい者達の共通事項である。
AIによる管理が実行される中で、様々な事が不安としてあげられていった。
機械は人間の生き方を悪い方向に進めないか、というのがその中で最大のものだった。
機械の反乱、機械による独裁体制。
あるいは、牧場のように人間を管理する状態。
それらが実現してしまうのではないかという恐れがあった。
そうならないよう、AI自身も参加して、様々な規定などがもうけられていった。
いまだに未解決の問題もあるが、それでも様々な試行錯誤や妥協などを繰り返して、とりあえずの最適解が出されたものもある。
その一つが、恋愛であった。
どうしてもあぶれてしまう者は出て来る。
それを救済する事は難しい。
そこには人間の意志が介在していくからだ。
本人同士の合意がなければ、交際など望むべくも無い。
なので、どうしても万人の願いを叶える事が出来なくなる。
だが、人の欲求を可能な限り叶える事を求められてるAIは、そこに一つの可能性を示した。
人間同士では不可能ならば、人間ではない存在を相手として用意する────
これを実現するために、人工的に作られた人間が用意されていった。
人造人間である。
とはいえ、これは機械というわけではない。
提供された様々な人間の精子や卵子によって作られた存在である。
クローン(複製人間)に近いものがある。
様々な遺伝子を配合し、各自の好みに合うような、可能な限り近い存在を作り出す。
そうやって、配偶者を求める者達に適切な相手を提供するようになった。
当初は人道や倫理的な観点からの反対がわき起こった。
しかし、数多くの独身者達からの声がそれを覆した。
「相手がいるならいい。
だが、俺達はずっと一人でいろってのか」
それはそれで不幸を放置するようなものでもある。
当時様々な決定に参加していたAIも、このような者達に救済を与えたいと願っていた。
その声が反対を大きく押し切った。
その結果、世の多くの者達は理想的な、少なくともそれに近い相手と出会えるようになった。
自分の好みや理想にあわせて合成される人造人間によって。
注文してから遺伝子の配合が始まり、急速に成長させられる彼等は、発注者の理想となるよう様々な情報が入力されて誕生する。
発注者の好みにあうような性格や考えを持ち。
発注者の事を理想的な存在と見るように思考が調整され。
全てが発注者の望むように作られてこの世にやってくる。
男の隣に立つ恋人も、そうした作られた存在だった。
男が求めるような見た目をして、男が望むような性格をしている。
注文をしてから納品されるまで3年。
それまでただひたすら点数を溜め日々。
その苦労は再興の形で報われた。
もとから男の望むような存在として誕生してるだけに、変な気兼ねも気配りも必要なかった。
友人はともかく、まともに恋人がいなかった男であってもつきあえるような相手だった。
無駄な苦労もなく、しなくて良い喧嘩もせずに今までやってきている。
気にくわなければ、どうしてもそりが合わなければ、廃棄する事も可能だ。
所詮は作られた存在なので、厳密には人間とは、生命体とは認知されてない。
なので、廃棄処分をする事も出来る。
だが、男はそんな事をするつもりはなかった。
多少合わない部分のあるにはあるが、それは小さな事で許容範囲内である。
さすがに全てを望み通りにというわけにはいかない。
いくら何でもそこまで都合良く合成出来たりはしない。
少なくとも、この時点での技術力ではそれは不可能だ。
だが、それでも求める全ての要求水準は満たしてくれている。
ちょっとした差異など問題になることはなかった。
それよりも、一緒に過ごした時間がある。
積み重ねてきた過去がある。
作られた彼女が恋人として自分の所にやってきてから、数年の月日が流れている。
延命技術の進歩で寿命がのび、青年期も大幅にのびてはいる。
その分、無駄に出来る時間も増えたが、一緒にいた時間の価値が下がるわけでもない。
その時間をそう簡単に捨てる事が出来るほど、男は薄情にはなれなかった。
出来ればこのまま一緒の時間を重ねていきたいと思えるくらいの人間性は持ち合わせていた。
無駄な恋愛の駆け引きというものもない。
不要な喧嘩などもしない。
出会ったその時から、円熟した夫婦のような関係をもつ事が出来ているのだ。
長い時間をかけて構築しなくてはならないそれを、最初から手に入れている。
男はそれで満足だった。
これ以上を望むつもりもなかった。
そもそも、これより良い状態を想像が出来なかった。
「明日はどうします?」
「仕事だから、また出かけなくちゃ」
「そうですか。
それじゃ、家で待ってますね」
「ああ、頼む。
必要な点数はそっちの端末に入れておくから」
「大丈夫ですよ。
たっぷり残ってますから。
むしろ余ってるくらいです」
「そうか?
ならいいんだけど」
そんなやりとりをしながら家へと向かっていく。
高層居住区画の一室まで腕を組みながら。
そうしながら男は考えていた。
(一年後か)
来年の今頃、空中レストランでのデート。
その時に切り出してみようかと思ってる事がある。
(断りはしないだろうけど、それでもなあ……)
付き合いの長くなった彼女との関係を更に一歩進めるため。
その為に必要な事を来年実行しようかと思っていた。
(その為にも、指輪だよな)
色々と変わった事もあるが、変わらずに続いてる事もある。
恋人から配偶者に変わるには、それ相応の行為が必要であるのはこの時代でも変わらない。
その為にも、この一年まだまだ頑張らないといけなかった。
(まあ、言わなくても気づいてるだろうけど)
以心伝心というわけではないが、何か時の合う間柄だ。
そういう風に作ってもいるので、おそらく男の考えなど恋人は分かってるだろう。
それでも、実際に事を起こすまでは知らぬ存ぜぬを通してくれるはずだ。
また、そうであってもしっかりと伝えねばならない事もある。
(楽しみにしてくれてるといいけど)
そんな思いに応えるように、恋人は組んでる腕に少し力を込めて、更に体を寄せてきた。
それが偶然なのか、本当に気持ちを汲んでの事なのか。
(まあ、どっちもでいいか)
どっちでもあってもかまわない。
どっちであってもそれで良い。
今、ここでこうして一緒にいられる事が幸せだった。
相手が作られたものであっても。
大事な誰かである事に変わりはないのだから。




