63話
「今から2人を追跡する。準備しろ!」
部屋に響き渡る声に全員が一斉に準備をし始める。
報告の為、全員が同じ家に揃っていたのは幸いだった。
「俺とナイフ使い、酔っ払いで追跡を行う!残りは対象者の家に監視カメラを設置しろ!あの装備ならダンジョンに向かうはずだ!」
隊長の指示でナイフ使いと酔っ払いはダンジョンに潜る準備をする。
3人は1分で準備を整えると足早に拠点を出ていった。
残された2人も盗聴機と隠しカメラを鞄に詰め込み、対象者の家へとそそくさと向かう。
家へと向かうその途中、笑顔がオタクに話し掛ける。
「ねえ、オタク。どれぐらい仕掛けるつもり」
「と、とりあえず、リビングと対象者の部屋。あ、後は家の中を見てから・・・」
「そっか、すぐ終わるといいな〜(はぁ〜)」
笑顔はいつも通りの表情を浮かべていたが隊長からの指示を不満に思っていた。
笑顔は隊の中で最もコミュニケーション能力があり、誰とでも普通に会話が出来るのに対して、オタクは無骨なナイフ使いと酔っ払いを毛嫌いしている。
そのことを考えれば、今回の人選は正しい選択だ。
隊長、ナイフ使い、酔っ払いと自分は戦闘を主に担当。オタクは後方担当。特に戦闘に関して、オタクはずぶの素人だから護衛は必要だ。
だがもう1ヶ月以上、戦闘行為をしていない。こんな状態でいざ戦うことになったらと考えると不安しかない。
内心で不満と不安を抱えつつ、いつもの笑顔を張り付けたまま、対象の家へと侵入するのであった。
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対象者2人を追い掛けた3人は気取られない距離を保ち、尾行を開始した。
そこで隊長と酔っ払いは監視対象者達の実力の一端を認識する。
「ナイフ使いの言う通り、これは一筋縄でいく相手ではなさそうだな・・・」
「はあ、参ったね。歩き方から身のこなし、体幹の強さ、どれをとっても武道の達人としか思えねぇ。ホントに十代なのか疑わしいな・・・」
「だから言っただろ」
ナイフ使いは少し勝ち誇ったように相槌を打つが内心ではこの尾行の困難さに改めて、苛立ちを募らせるのであった。
隊長も酔っ払いもこの尾行は困難を極めるだろうと覚悟するのであった。
御影優斗と陣内陽輝の秘密のサイドステップトレーニングで強化した成果は知らない内に実を結んでいた。
そして、隊長、ナイフ使い、酔っ払い3人の心配はダンジョンに入ってから的中する。
優斗と陽輝は新しく習得し、最大レベルまで上げたスキルを試す為、探索者が多い階層を避けて浅い階層を駆け抜けていく。
そのペースは荒事を生業にする3人を持ってしてもかなりのハイペースで尾行どころかついて行くのもギリギリの速度だった。
「マジかよ!あいつら!クソッ!」
悪態をつくのはいつものナイフ使い。しかし、彼だけが悪態をつくわけではない。
「ホントだぜ!ずっと、家に引き込もっててなんであんなに動けるんだ、あいつら!」
「口じゃなくて、足を動かせ」
隊長自身も色んな意味で驚愕していた。自分達は厳しい訓練を受けて、ダンジョンでのレベル上げもした曲がりなりにも軍人(自衛隊とは別の組織)なのに成人にもなっていない2人の対象者について行くのがやっとだ。
しかも、彼等は常時索敵を行ないながら道中のモンスターを倒して進んでいるのに対して、こちらは彼等が片付けた道を通っているだけなのにその差はどんどんと広がっていく。
「隊長、どうするんだ?このままだと見失う可能性がある」
ナイフ使いの指摘に隊長は判断を迫られる。
「地下10階は草原のフィールドがある。そこで一旦、距離を縮める。草原なら監視も今より容易になるはずだ。そこまでは続行する」
通常の探索者なら1日で潜る階層は10階層ほど、帰りのことを考えるとそれ以上は泊まりになるが2人の進むペースは明らかにそのペースを超えていた。
つまり、それよりも深い階層を目指しているのは明白だった。
だが深い階層になれば、それだけモンスターも強くなる。そうなれば、対象者達が隠している力の一端を見せる可能性は非常に高いと言える。
これまで隊員達には監視という退屈な任務を遂行させ、特にこの場にいるナイフ使いと酔っ払いは忍耐の限界が近い。
ここに居ない笑顔も表情には出さないがこの任務に飽きてきているのは長年の付き合いから明白だった。
今回のチャンスを逃せば、監視任務どころかこの黒犬部隊の存続自体が危ぶまれる。
その為にはなんとしても成果を持ち帰り、やり遂げる必要があると隊長は考えていた。
3人は再び、無言になり一心不乱に追い掛けるのであった。
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優斗と陽輝がダンジョンに潜った日から日付が代わった深夜。
笑顔とオタクが待機している監視場所に隊長とナイフ使い、酔っ払いが帰ってきた。
彼等の表情はそれぞれ違った。隊長は落胆の表情を浮かべ、ナイフ使いは苛立ちを隠すつもりもなく眉を釣り上げ、眉間には深い皺を作っていた。
酔っ払いは疲れた表情を浮かべていたが大半が諦めを多く含んだ表情だった。
「お疲れ様、こっちは無事に隠しカメラを取り付けたけど、そっちは・・・駄目だったみたいだね」
「「「・・・」」」
笑顔の言葉は単なる事実ではあったが3人には特殊部隊のエリートとしての自負を打ち砕く、痛烈な言葉だった。
結局、3人は地下12階で追跡を諦めた。諦めざる負えなかった。
地下10階の草原フィールドでは隊長の目論見通り、対象者達との距離を元に戻すことは出来た。
しかし、地下11階から再び洞窟型のダンジョンに変わってから遭遇するモンスターの対応に追われ、呆気なく対象者達を見失った。
探索の速度が落ちないどころか上がっているように感じる程の異常な速度で探索を続けていく、対象者達がそこで何らかの隠していた力を使い始めたことが推測出来た。
推測出来たからと言って、我々と彼等のモンスターへの制圧力の差は歴然で気付いた頃にはもうどうすることも出来なかったのだ。
憶測ではあるがかけ離れた実力差を見せつけられてはこの先、監視任務を続けたとしても尾行どころか追跡も不可能ではただただ時間を浪費するだけ。
何より今回のことが決め手となり、隊員達のモチベーションが下がっているのは明らかだった。
この事態に隊長は監視任務の中断も視野に入れて、一度全員に続行するかを問うことにする。
「みんな聞いて欲しい」
隊長の言葉に顔を向けたのは笑顔だけ、それでも隊長は言葉を続ける。
「この監視任務、続けるべきかどうか決を取ろうと思う」
これに反応したのはオタク以外の全員だった。
「俺はやめる方に入れる。酒が飲めねぇのも我慢の限界だ」
「僕も正直言って、飽きちゃったかな」
「俺もこんな任務にはうんざりだ!」
「じ、自分は別に・・・どっちでも、ひぃっ!?」
どっちつかずのオタクに苛立ついたナイフ使いが睨みつけるがすぐに隊長が止める。
「ナイフ使い、やめろ!今は自分の意思を言う場だ」
「ちっ!」
やめるが3人にどっちでもが1人。いや、自分もやめる方だから4人になるか…。
まずないだろうが全員が続けるといえば、隊長は続けるつもりではいた。が結論は決した。
「では今から撤退する。全員準備しろ」
こうして、彼等は監視任務を半ば放棄する形で守山基地へと撤退した。
後日、守山基地で休息する隊員を余所に1人、パソコンに映し出された画面を食い入るように見つめるオタクがいた。
黒犬部隊は撤退したが御影優斗の家には隠しカメラが残されたままだった。
たまに通信状態が悪いのか長時間、画面が真っ暗になり何も映らない時があるが粘り強く、画面を見つめていた。
「こ、これはアイテムボックス?なのか・・・」
それを見ていたオタクは優斗と陽輝が何もない空間に物を出し入れする瞬間を目にする。
オタクはアニメオタクでもあるのだ。ラノベやアニメなんかで使われるスキル、アイテムボックスなんて当然知っている。
この世界ではまだアイテムボックスが確認されていないことも知っていたし、その有用性も理解していた。
監視任務を放棄してから監視対象者の秘密を見つけたのは残念だがこれを報告すれば、任務放棄の処罰は軽くなると意気込み、隊長の元へと駆け出していく。
その足取りは軽かった。
オタクが見ていた画面が真っ暗になるのは優斗がアイテムボックスからダンジョンコアを出した時。
部屋がダンジョンと化し、電波を遮断していたのが原因だがオタクが知ることはなかった。




