62話
隊長から新たな指示を受けたナイフ使いと笑顔は準備を整えるとすぐに出掛けた。
「ちっ!なんで俺が雑魚探索者の監視をしなきゃならねぇんだ!お前もそう思うだろ?」
ナイフ使いは拠点を出てからずっとこの調子だった。もっと言うと監視任務が始まって1週間後には気が立っていた。
「でも今度は隊長にも直感があったみたいだし、当たりっぽいじゃん」
「だといいがな…」
笑顔はこんな調子のナイフ使いを見て、今回はこれでも長く保った方だと思っていた。
実際、何の成果も上がらなかったこの1ヶ月間、笑顔自身もいや皆がうんざりしていた。
任務じゃなかったら投げ出していたところだ。
ナイフ使いとぐだくだと話しながら足を進めていれば、目的地へと近付いていたので気を引き締めて、歩を進める。
今回も空き家を利用して、対象者を探る。
空き家と思われる家はすでにオタクがピックアップしてくれていたがどの場所にするかは現場で直に見てから2人が決めることにしていた。
御影優斗の家の周りはダンジョンからより離れた地域に避難した家庭が多く、空き家がそれなりにある。
都合の良いことに向かいと両隣の家も空いているがもし、一緒に陣内陽輝がおれば気配を悟られる危険がある。
陣内陽輝が気配察知のスキルを所持していることは本部からの情報で知っていた。また、御影優斗に関する情報は少なく、気配察知を持っていない確証もない為、慎重を期すことに。
監視する場所は御影優斗の家から5軒離れた道向かいの家。
慎重を期す以前に周りは戸建ての家ばかりで見下ろせるようなマンションなどはなく、監視場所に選んだ家からは出入りが確認できる程度。
監視条件の悪さから新たな監視任務にも暗雲が漂うかと思われた。
ナイフ使いと笑顔が監視についた次の日、初めて事態が動く。
新たな監視対象の御影優斗だけでなく、これまで行方が掴めなかった陣内陽輝までもが家から出てきたのだ。
この事態を受けて、笑顔はすぐに隊長へと連絡を入れる。ナイフ使いは尾行する準備を開始した。
「隊長、こちら笑顔。追加監視対象の御影優斗並びに本監視対象の陣内陽輝を確認しました。現在はナイフ使いが2人を尾行をする為に準備しています」
「わかった。こちらは撤収し、夜までにはそちらと合流する。それまでナイフ使いにはくれぐれも悟られないよう喚起しておけ。以上だ」
隊長は笑顔に電話でそれだけ伝えると部屋に残るメンバーに声を掛ける。
「対象者が見つかった。これよりこの場所を放棄して移動を開始する。全員直ちに準備に取り掛かれ」
笑顔との電話で察していたメンバーに動揺はなかった。
ただ全員がやっと見つかった対象者に安堵を感じていたのだった。
夜、機材を載せたバンが監視場所の家に着く。
隊長はすぐ指示を出すと、笑顔も姿を現し現在も監視中のナイフ使い以外が速やかに機材を運び込む。
隊長はメンバーの動きを見て、問題ないと判断すると尾行をしたナイフ使いの元へと向かう。
「それで奴らはどうだ?」
ナイフ使いは監視対象の家から目を離さずに隊長に告げる。
「尾行中、何度かこちらの気配に気付いたのか頻繁に気配を探られた気がする」
「陣内陽輝にか?」
「いや、御影優斗にだ。奴の方が陣内陽輝よりも圧倒的に鋭いのは間違いねぇ」
この返答に隊長は唸らざる負えなかった。まさか底辺探索者と思われた対象者の方が高い気配察知の技術を持っているなんて考えていなかったことだ。
ナイフ使いの戦闘スタイルは所謂、暗殺者タイプと呼ばれる気配を絶って、相手の不意を突く戦法に長けている。
当然、気配遮断スキルを身につけており、メンバーの中でも1番尾行に適していたはずだ。
なのに気付かれたということはナイフ使いの気配遮断を上回る気配察知能力を持っているということだ…。
「尾行には細心の注意を払うように言ったはずだが…」
「ちっ!細心の注意は払ったさ。だが奴の気配察知の範囲は恐らく100メートルを超えている。そんな化け物がいるなんて思わねぇだろうが!」
「そこまでか・・・」
またしても隊長は唸るように項垂れた。
気配察知の得意な腕の立つ探索者や自衛隊員でも範囲は約30〜40メートル程、なのに御影優斗は100メートル以上離れたナイフ使いの気配に気付いたという。
直感スキルがざわざわと波打つ。
「ひょっとしたらここもヤバイかもしれねぇな」
機材を運び終えたメンバーは静かに隊長とナイフ使いのやり取りを見つめていた。
「わかった。みんな悪いが拠点を変更する。幸い対象者の確認はできた。ナイフ使い、お前と笑顔は引き続きここで監視を続行してくれ。もし、バレそうたなったら迷わず引け」
「ちっ!」「はい」
そこから3人は更に距離の離れた空き家に拠点を移した。
「隊長、監視カメラはどうします?」
新しい拠点での準備が終わり、オタクが聞く。
「ナイフ使いと笑顔の報告次第だが予定通り、取り付ける。ただし、監視対象が出掛けている間にだ」
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それから3日間で監視対象者の行動の報告を受ける。
どうやら御影優斗と陣内陽輝はほぼ1日を家の中で過ごしているようで昼か夜に御影優斗のみが食事を買いに出掛けることが解った。
(陽輝はひたすらに家の中でサイドステップを踏まされてバテている)
監視カメラを仕掛けたいが家が無人になることがなく、監視対象が家から出るのも食事を買いに行く時だけとあって、黒犬部隊は再び監視任務が停滞し、皆がフラストレーションを溜め始めていた。
そんな日が一月続き、ついにナイフ使いが切れる。
「マジでふざけんなぁ!こんな任務やってられっかよ!」
ナイフ使いの怒声に答える者はいない。この隊の隊長ですら目立った動きを全く見せない2人に痺れを切らしていた。だが全く動きを見せないことに対しても不審に思っていた。
ナイフ使いがこうなる予兆は前から既にあった。それから1ヶ月保ったことを考えれば、上出来かと自嘲気味に自分を納得させ、言葉を掛けようと思った時、対象を監視していた笑顔が声を上げる。
「監視対象に動きあり!今度は買い物じゃない!」
監視中にも関わらず、笑顔ですら自分の声を抑えられずに報告する。
その報告に全員が窓際へと寄り、確認する。
家から出てきた優斗と陽輝は真新しい装備に身を包み、今日からダンジョン探索を再開するべく、出てきたのだ。
その姿はファンタジー物のコスプレかという黒と白のロングコート姿。
「おいおい!?アイツらまさかあの衣装を作る為に今まで引き込もってたんじゃねぇよな?」
ナイフ使いが困惑するのも頷ける様相であった。
だが優斗と陽輝は装備を揃える為に家に籠もって、ひたすらにサイドステップを踏んでいたのでナイフ使いの言い分はあながち間違ってはいなかった。
「今から2人を追跡する。準備しろ!」
隊長の一声で皆が一斉に準備し始めるのであった。




