第9話:絶体絶命
簡易に休憩を済ませて、探索を再開させる。
軽い疲労感はあるが高揚した気持ちが先走り、疲れがまったく気にならなかったしレベルが上り、ますます戦闘が楽になっている。
現に今もグレイウルフ3匹相手に戦えている。
3匹は正面からと左右に分かれて襲い来る。
俺はあえて前へ踏み出し、正面のグレイウルフが噛み付く為に飛び掛かったところを下から蹴り上げる。右側のグレイウルフには金属バットを突き付けて牽制しつつ、左側のグレイウルフに魔法を放つ。
「まずは1匹目っ!」
魔法が当たったグレイウルフは前の戦闘の結果から即死と決めつけて、蹴り上げた奴が復帰する前に残りを倒す。
相手にも俺の意思が伝わったのか負けじと噛み付いて来るので金属バットを横にして受け止める。
ガキィン!
金属と牙がぶつかり合う音が鳴り響き、お互いに一瞬の硬直が生まれるがその隙にグレイウルフの胴体へ蹴りを放つ。
キャィン!
両手が塞がっていようが金属バット以外の攻撃手段が増えたことを考えると体術スキルをとったのは正解だった。
モンスターのくせにちょっと可愛い悲鳴をあげて倒れたところに追撃を加えて仕留める。
「これで2匹目。残るはお前だけだぞ」
普段なら絶対に言わないようなセリフを口にして、後ろを振り返る。
そこにはなんとか起き上がったが仲間を殺され、充血し怒りに満ちた目をしたグレイウルフがいる。
俺は恐れることなく、ゆっくりと近付いていき相手が間合いに入るなり、フルスイングした金属バットを叩きつけた。相手も噛み付こうとしてはいたが手負いの状態では本来のスピードを出せず、俺に届くことはなかった。
◇◇◇
順調に探索は進んでおり、3匹から素材を剥ぎ取って、ひと息着いていると不意に悪寒が全身を覆う。
本能ともいえる感覚で後ろを振り向くとそこには不気味に赤く光る瞳が2つ、此方を見ていた。
その視線を意識するや全身から嫌な汗が吹き出し、膝が震えだす。
今までの人生において最大の恐怖に動けずにいると紅の瞳のモンスターが近付いてその姿があらわになる。
「・あ・・あぁ・・・」
今の俺では声すらも上手く出せなくなる程の威容を持つ、そのモンスターには見覚えがあった。
時間を持て余し、暇つぶしをかねて探索者サイトのモンスター図鑑を見ていた時に見たことがあったのだ。
グレイウルフよりも2周り程、大きな体躯に紅い瞳、全身を覆う黒い毛に特徴的な頭部から背中に描けて走る赤い線毛。
そのモンスターの名は暴虐の狼。
グレイウルフの上位種シルバーウルフのさらに上の上位種にあたるモンスターで地下15階以降で確認されているモンスター。
性格は名前の通り、残忍で相手を持て遊んでから殺すらしい。
俺はこのモンスターを目にし、頭の中で本能が警鐘を鳴らしているのが解るが身動きすら出来ずにいるとタイラントウルフの顔をハッキリと視認出来る距離まで詰め寄られてしまう。
眼光は鋭く、口は三日月を思わせるように半開きになっており、まるで哀れな獲物である俺を嘲笑っているように見える。
そして目を合わせた瞬間、死を連想させられ、生への渇望か無意識に右手に握る金属バットを振り抜いた。
ガキィン!
振り抜いたバットは牙に受け止められ、アルミ缶を潰すかのように軽々と噛み潰された。
タイラントウルフは噛み潰した金属バットを俺から奪うと横に投げ捨て、もっと抵抗してみろと言わんばかりに視線を合わせてくる。
俺はとうとう恐慌状態に陥り、背を向けて逃げ出すが背中に衝撃を受けて吹き飛ばされる。
その衝撃で地面の上をバウンドし何度も転げ回り、仰向けに倒れる。
あまりの衝撃に軽くない脳震盪を起こし、起き上がれず朦朧とする視界に真上から再び紅の瞳が迫る。
恐怖に無理矢理、覚醒させられ必死に足掻こうと思うが全身が引き千切られそうな痛みに顔が歪む。
それでもなんとか腕を持ち上げタイラントウルフに向かって魔法を撃とうとするところをまるであま噛みをする如く腕を折られた。
「ぐがぁっ!?」
腕を折られ、一瞬頭の中が真っ白になるが胸に強い圧力を加えられ意識が強制的に引き戻らさせられる。
「かはぁっ!?」
気付けば、俺の胸には前足が置かれ潰れないように体重を掛けてくる。
「・っ!・・・っっ!・・」
圧力を掛けられて肺の空気を無理矢理に吐き出され、あまりの苦しさに身体の痛みにも構わずに暴れる。
息も出来ず、意識を手放しそうになると圧力が緩められ呼吸を整える間もなく、同じことを何度も繰り返えされて、やがて足掻く体力すらなくなり完全に手足が動かなくなるまで続けられた。
苦しみと痛みに気絶することさえ許されない状況に俺の心は絶望に塗り潰されていった。




