ハリネズミの読み聞かせ
家族と来たキャンプ場。小学生という幼子には暇なだけだろう。
親の目を盗み森へ入ったはいいが、帰り道も分からなくなり途方に暮れていた。
森を抜けた大木の下、根っこの部分に小さな扉が付いている。
少女の足のサイズほどの、小さな扉。
試しにノックしてみると「はーい、今出るから待ってて」と小さく可愛らしい声が聞こえた。
よかった、話せる人がいる。と少女は喜々して声の主を待つ。
「初めましてだね。僕はハリネズミ。この大木が生えた時から住んでいる森の長だよ」
「森のちょう?」
扉から出てきたのは小さな身体に針が沢山付いた生き物。
動物園をはじめ、ふれあい広場でも見ることのあるあの生き物だ。
「そして、ここは図書館。暇な子供がいつでも遊びに来れる秘密の場所さ」
図書館。扉の奥を少し覗くと先までずらりと本が並んでいた。
いや、それよりなによりも。
「ハリネズミが……喋った……」
「僕くらいの年になれば人の言葉なんて軽い軽い。なんたってここのお客さんは人間だからね」
「キャンプ場、どこか分かりますか?」
少女は人の言葉を話す珍妙なハリネズミに問う。
「分かるよ。でも君はキャンプ場にいたくなくて抜け出して来たんじゃないのかい?」
「そうだけど、帰りたい」
「じゃあ一つ読み聞かせてあげよう。その後、帰ろう」
そう言ったハリネズミは、本棚から一つの本を取り出した。
「適当に座ってね。怖いのは平気かい?」
首を縦に振るとハリネズミは本を開く。
***
あるところに、幼い姉弟がいたんだ。
お姉さんは小学四年生、弟は小学三年生の本当に幼い子供のね。
その姉弟の両親は共働きで夕方もほとんど二人きりだった。
学校のない休日、その日は両親が働きに出て二人共家にいたんだ。
作り置きのご飯を食べて、二人してその場で少し昼寝。
小学生の休日。食べてすぐ寝るくらいあって当然だよね。
どれほどの時間が過ぎたか、先に姉の方が目を覚ます。
しかし、目の前にいたのは弟ではなく赤ん坊。
この時点でおかしいよね。
だって、この家には姉と弟。二人しかいないんだから。
唖然とその赤ん坊を見ていると、いきなりその赤ん坊がグルリと首を回し姉を見た。
驚きでそのまま目を瞑り手探りで弟の掌を探し当て、握りしめるとそのまま姉は眠ってしまった。
姉の掌の中にすっぽりと収まる小さくて柔らかい、その手をね。
再び姉が起きたのは夕方。その頃には赤ん坊はもういなかった。
横にはまだ寝息を立てている弟。
赤ん坊がいたのは夢。変な夢を見ただけだと姉は弟を起こそうと弟の手に触れる。
そして気が付いたんだ。
自分より年下だとしても男。
掌は自分と同じくらいには大きく、骨ばりゴツゴツとしている。
じゃあ、眠る時に握っていた手は……?
***
開いていた本を閉じるとハリネズミは少女の瞳を見つめる。
「どうだい? 怖かったかな?」
少女が首を縦に振るとハリネズミはにこりと笑う。
そして、ハリネズミの小さな手は少女のその先、下り道を指差した。
「話を聞いてくれてありがとう。この山道を下れば君がいたキャンプ場への道に繋がるよ」
「また迷子になったらその時はもっと話そうね」
少女の姿が完全に見えなくなるまで、手を振って見送る。
見えなくなると、本を元の本棚に戻して紅茶を一口すする。
「これが実話だったら本当恐怖で寝るのが怖くなっちゃいそうだよね、まあ」
「実話なんだけどさ」