私らしく
これは多分10万字まで書きます。
ただ恋愛成就が終着点ではないです。
その先です。
まえがき
人には使命がある。
いや、これは天命と呼ぶべきかもしれない。
世界を彩る1つの要素でもあり、それは人それぞれに用意されていて、違うものなのだ。
もしも与えられた使命に反すれば、罰が待っている。
それは人によって違うので、1つの言葉では言いにくいのだが聞けば皆がきっとこう言うだろう。
「これは罰だ」
そして、もしも使命を達成出来なければ、世界が、変わる。
少女の使命はそれほどに絶対的な物だった。
例えば、こんな風に。
「ねぇ、司」
不意に呼びかけてみる。
朝、教師ぐらいしか居ない程度には早い時間帯の2人だけの教室。
ちょうど、朝日の影は司の足元で途切れている。
「奈々? なに?」
疑問を示す彼女の足元を羨ましくて、もう少しで私まで届くのに なんて、思いながら奈々は、言う。
「ちょっと顔を近づけてよ」
「何で?」
「良いから」
そう急かすように言う。
すると、気怠そうな雰囲気を隠さずにゆったりと動き出す。
「一度、ビンタするね」
司にはえっ と驚く暇すら与えられなかった。
それは動きが早かったからではなく、言葉と同時に手を振り上げていたからだ。
手が頬を鳴らす音に、可愛らしい顔が歪む。
それは彼女には許されない事で、世界が、事実を捻じ曲げるために、事実を削除する。
彼女が使命を果たすまでは、何度でも今を繰り返す。
高速で巻き戻る風景に、彼女はまた絶望のような感情を覚える。
いくら親友とは言ってもいきなり叩かれたら傷つくだろう、当然だった。
それでも、余りの自由の無さへの、諦め。
時が戻る。
だけれども、奈々の記憶だけはそのままに。
奈々は、自身の使命を頭の中で、再確認する。
私の使命は 人を傷付けない事、人に嫌われない事。
今までの経験からそう解釈している。
不可能な場合は可能な限り最小限に抑える事。
大半は不可能なので、最小限に抑える事が重要だ。
それでも、それはとても難しい。
例えば、これは彼女の過去の話。
「大原君、今日掃除当番だよね」
奈々は、そう言おうとした。
だけれども、無慈悲にも時は戻る。
それは、未来に彼との恋愛が成立してしまうから。
彼だけを傷付けない手段ならばいくらでも存在する。
だが、その先の未来が、きっと彼女には許されない。
このタイミングで戻されたということは、彼とこう言う関わりを持つ事で、絶対に未来において使命に反する事を示している。
だから、「和田さん、掃除当番だよね」と別の掃除当番の人に声をかける。
奈々は最初、どこがダメなのかわからず、何度もやり直す羽目になった。
クラスメイトに気に入られるように、教師に気に入られるように、全力を尽くす。
そうしなければ彼女が生きる事は出来なかった。
奈々は、思い通りの恋愛が出来ない事が辛くて、自殺しようとした事もある。
けれども、この世界はそれすら許さない。
だから、彼女は色んな事を諦めて生きてきた。
そうしなければ、進めないから。
そうしなければ、終わらないから。
そして続ける。
「他の掃除当番って誰だっけ?」
「大原君と」そう言って彼女は掃除当番のメンバーを名を言っていく。
「声かけに行かなきゃ、逃げられたら嫌だしね」
そう、笑って言う彼女に、奈々は笑顔で返す。
本当は、笑っていないのに。
今度は2人で歩いていく。
そして奈々の方を見つめる視線が複数。
「今日、掃除当番だよ」
「あぁ、そうだったっけ」
「やっぱり忘れてた! 言って正解だったね奈々」
笑顔で応対する。
だが、それは間違いだった。
世界は戻らない、それでも奈々は確かな間違いに気付いた。
この場合、[大原君]に笑顔を見せた事が間違いなのだ。
こんな使命を持ったにも関わらず、奈々は周りと比べると容姿に優れていて、好かれやすい。
もしも異性としての好意を持たれた場合、告白させない、周囲に望まれるなら付き合うという選択肢がある。
その場合は単純だ。
だが、好意を持った当人がもしも、他の誰かに好かれていた場合。
これがとてもややこしいのだ。
両人を結ばせる、もしくは自身が好意の対象から外れる。
どちらも難しい。
後者は特に厳しいだろう。
恋は盲目 という言葉もあるように、悪いところが目につかず、良いところばかりが目に見えてしまうものだ。
この使命を満たすために、人と関わらない、それも1つの選択だ。
だが、奈々がそう気付いた時にはもう遅かった。
多くの人から好かれようと仮面を被った結果、彼女の周りには人の輪が出来ていて、それなりに異性にも好かれている。
少なくとも、高校生活は全てをコントロールしつつ生きていくしかないのだ。
だから、彼女は綺麗な笑顔で笑う。
心の中ですら、理想の自分を演じてみせる。
本当の奈々とは一体何処にいるのだろうか。
あとがき