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球技大会のチームメンバー

(あれ? 長谷部さん、同じチームになってる……?)

 球技大会当日。

 8組女子で三等分したチームメンバーは、先週の段階で発表されていたが、優花がいるチームの中に長谷部新菜はいなかったと記憶している。ところが、いざ学校に来てみると、メンバーが変更されていた。

「欠席の人や見学の人がいるので、急ですが編成し直しました」

 新菜はすました様子で説明した。今日の出席者を確認すれば、確かに新菜の言うとおりなのだが、編成し直すほどの欠場者がいるわけではない。クラスの女子たちは少々ざわついていたけれど、新菜が有無を言わさぬという圧を出していたので、誰も何も言えなかった。

 編成し直されて、新菜が同じチームというのは少々気が重かったが、百合と同じチームになれたことは非常によかった。適当に三等分されたため、仲良しの子と一緒がいいという希望は誰一人のも通らなかったのだ。

 編成し直された他のチームを見てみると、ある程度仲良し同士が一緒になるように配慮されているように思えた。文化祭のポスター班で一緒だった美紗と聡子の二人も、初めは別々のチームになっていたが今は一緒になっている。

(誰かが何か言ったのかな)

 もしそうだとしても、新菜がそれを受け入れてすんなり編成し直すだろうか。どこか一人でも編成し直せば、他も変えざるをえなくなる。そんな面倒なことを、大会直前になってやる理由がわからない。

(まあ、いっか。百合と一緒なら)

 優花は深く考えることをやめた。百合と一緒なら、何か起こっても大丈夫だろうと思えた。



 今回のバスケの試合は、前半十分、間に五分の休憩を取り、後半に十分行われる。同点の場合はフリースローで決める。一試合当たり、三十分程度で終わる計算だ。

 8組の最初の相手は7組だった。優花のチームの出番ではなかったので、今回は応援のみだ。だから、気楽にしていればよかった。そのはずだった。

(なぜ、長谷部さんが私の隣にいるのだろう)

 優花の左隣に、新菜がいた。右隣には百合がいて、優花と同様に落ち着かなそうにしていた。

 同じチームになったから、というのは理由にならない。なぜなら、他のチームメイトはそれぞれ好きな場所で仲良しの人と一緒にいるからだ。新菜が、優花と百合と一緒にいる意味がわからなかった。

「なんで私がここにいるんだろうって顔してる」

 突如、新菜に心の内を言い当てられて優花と百合は顔を見合わせた。

「そりゃそうよね。私もそう思う」

 はあ、とこれ見よがしにため息をつく新菜は、ちらっと体育館の二階席を見た。その視線を何となく追うと、何人か試合を見に来ている三年生たちの中に、長谷部と宮瀬を見つけた。長谷部が優花の視線に気づいて、小さく手を振る。一瞬ためらってから、優花も小さく手を振り返した。

「仕方ないじゃない。頼まれたんだから」

 うんざりした口調で新菜が言い、再び大きなため息をついた。

「球技大会中、橘さんのことを気にかけてほしいって兄が言うから」

 え? と優花と百合の声がきれいにそろった。

「昨日、私に電話があったの」

「電話……?」

「家じゃ話しにくいからでしょ。そもそも私たち、会話なんてほとんどしないし」

 新菜は昨日あったことを大雑把に説明した。

 長谷部は優花を家まで送ったあと、新菜へ電話をかけ、優花の事情を説明したという。球技大会の見学に行けるとはいえ、ずっと一緒いることはできない。可能な範囲でかまわないから、優花のことを気にかけてくれないだろうか、と。

「電話が来たこともびっくりしたけど、兄の声があんまりにも切羽詰まってる感じで、むしろそっちのほうにびっくりよ」

 新菜は腕を組むと、兄の方を一瞥し、すぐに優花の方を見た。

「あなたが変な手紙をもらおうが、私には関係ないし、むしろ自業自得じゃないのと思ってるんだけど」

 そこで言葉を切り、眼鏡の向こうで視線を鋭くさせる。

「私も、あなたが嫌な目に遭うのは本意じゃない」

 その言葉の意図がわからなくて、優花は新菜の目を見つめ返しながら考えた。でも、考えがまとまる前に、新菜のほうが目をそらしてしまった。

「どうせ気にかけるなら、同じチームにした方がやりやすいと思って、編成を変えることにしたの。ま、適当に分けたせいで夏葉がクレームを入れてきたっていうのもあったから、この際ちょうどいいかなって」

 まくし立てるように新菜は一息で言い切った。ちょっとだけ怒っているような、照れているようなその横顔を見ていたら、心の中がだんだんと明るくなってきた。なんだかんだ言っているが、この急なチーム編成とメンバーの組み合わせは、新菜の意志で行われたのだ。夏葉のクレームと、兄の頼み、どちらの方に比重が置かれていたのかはわからないけれど。

「ありがとう、長谷部さん」

 素直にそう言うと、新菜が驚いたようにこちらを見た。

「……いつもそうやって素直にしていれば、敵もいなくなると思うんだけど」

 嫌味のように言われたが、全然気にならなかった。

「長谷部さんは、敵じゃないから」

 微笑みながら言うと、新菜が眼鏡を押さえながら首を振った。

「あなたのそういうところがずるいと思うわ」



 優花たちのチームの番がやってきた。どういうわけか、新菜とともに優花はスターティングメンバーになっていて、コートに所在なく立っている。百合は控えとしてコートの外から見守っていた。

(先輩は……いない)

 チラリと二階席を確認する。見られていなくて、ほっとしたような、ちょっと不安なような。そんな気持ちのまま、反対側のコートにいる対戦相手を見た。

(飯田さんが、いる)

 相手は6組の生徒だった。その中に、飯田桃子の姿を確認して、一瞬息が詰まる。昨日の視線の痛さを思い出し、背中に緊張が走った。

 そのとき、桃子の視線が優花をとらえた。昨日以上に鋭い視線だ。思わず体に力が入る。

 軽快にホイッスルが鳴った。ジャンプボールが投げられて、8組の方にボールが渡る。

(とりあえず、人がいないところに入って、長谷部さんからボールを受け取って、誰か空いてる人にパスすればいい)

 試合直前に、新菜は優花や他の初心者メンバーにそう指示を出した。

 優花のいるチームには、バスケ経験者が三人いた。その中に新菜がいる。今では帰宅部の新菜だが、中学生の時はバスケ部に所属していたのだという。

(長谷部家は文武両道だなあ)

 試合の中に身を置きながら、優花は思う。新菜の足運びや、ボールさばきを見ていると、ちょっとかじった程度ではないことがわかるのだ。パスされてくるボールは、球技が苦手な優花でも取りやすいし、いつの間にかパスのしやすい場所に人を走らせている。高校でもちゃんと練習していれば、新菜はすごい選手だったのではないかと思われた。

「橘さん!」

 新菜に名前を呼ばれる。ボールが投げられてくる。ちょうど優花の胸の高さ、手におさまるところへ。安心して手を伸ばし、ちゃんとキャッチした。少しドリブルをして、パスできそうな人を探すと思った通り、空いているメンバーを見つけられた。パスを出そうとした。そのとき、視界の端に勢いよく駆けてくる人影が見えた。

 あ! と思うと同時に、優花の手からボールがたたき落とされた。駆けてきた人影は勢いのまま優花にぶつかる。優花が体勢を崩して倒れた上にその人影もまた倒れ込んできて、そのまま下敷きになってしまった。その瞬間、ピィーッと鋭くホイッスルが鳴る。

(私、球技大会では転ぶ運命なのかな)

 床に倒れた衝撃より、人が突っ込んできた衝撃の方が痛かった。誰がぶつかってきたのかと思いながら上に乗る人を見て驚いた。桃子だった。

 桃子は、のろのろとした動作で優花の上からどいた。優花も遅れて起き上がる。

「橘さん、大丈夫?」

 慌てた様子で新菜が駆け寄ってきた。ぶつかった衝撃が去って行くと、さほど痛みがなかった。優花がうなずいてみせると、ほっとした様子になった。

「飯田さんも、大丈夫?」

 新菜はしゃがみ込むと、桃子の顔をのぞき込んだ。

「大丈夫」

 素っ気ない口調で桃子は応えると、さっと立ち上がった。そして、優花に手を差し出した。

「橘さん、ごめんね。パスをカットしようとして、勢い余っちゃった。立てる?」

 その仕草と言葉にびっくりして、一瞬呆気にとられてしまった。何回か瞬きをして、優花はおそるおそるその手を取って立ち上がった。

「ありがとう、飯田さん……」

 桃子は、すっと力を入れて優花を引っ張り上げた。別に何てことない動作だけれど、その一つ一つに何かあるのではないかと勘繰りたくなる。

 優花が立ち上がると同時に手が離れた。何もなくて密かにほっとした、その刹那。桃子がすれ違いざまに優花の耳元でささやいた。

「いい子ぶっちゃって。二股女のくせに」

 全身から血の気がさあっと引いていくのを感じた。すぐに振り返った。が、桃子はチームメイトに「ファウルになっちゃってごめんねえ」と明るい調子で声をかけているところだった。ついさっきの桃子と、今の桃子の落差に、優花は戸惑いを隠せなかった。

「橘さん」

 新菜が怪訝そうな表情で話しかけてきた。

「ホントに大丈夫?」

「うん……。もう、痛くないよ」

 新菜は、束の間考え込むような表情を見せた。しかし、すぐに学級委員の顔になって「選手交代しましょう」と事務的に言った。

 優花がコートを出て、新菜に呼ばれた他のクラスメイトが入る。

「痛くない? 優花」

 百合のところに戻ると、まずはそう言われた。

「もう大丈夫だよ。ちょっと、びっくりしたけど……」

「あの子だよね? 先輩のことが好きすぎて高校まで追いかけてきて、優花のこと呼び出したの」

 百合の端的な説明に、思わず「あはは」と力なく笑いながらうなずいた。

「パスカットしようとしてぶつかっちゃったって、言ってた」

「それにしても勢いよすぎたね。わざとだったりして」

「……」

 冗談半分で百合は言ったのだと思う。しかし、優花が黙り込んでしまったのを見て、不安そうに瞳を揺らした。そのタイミングでホイッスルが鳴って、中断された試合が再開された。ボールが床に打ち付ける音、選手同士のかけ声、走る足音が、体育館内に大きく響く。

「ぶつかってきたのが、わざとかどうかは、わかんないけど……飯田さんに言われたの。二股女のくせにって」

 試合の音を聞きながら、優花は静かに言った。百合が、小さく息をのんだ。

「じゃあ、あの手紙はあの子が?」

「それも、わかんない……。だけど、何か知ってるのかもしれない」

 この期におよんで、優花はまだ疑いたくないと思っていた。けれど、こんなに間合いよく「二股」というキーワードが一致するものだろうか。桃子が優花に聞こえるように言ってきたのも、自分が手紙を出した張本人だと伝えるためだったのだろうか。

(でも、それが先輩に伝わったら、飯田さんにとってはよくないんじゃないのかな)

 長谷部の彼女・・である優花に何か仕掛けるということは、長谷部を敵に回してしまうとは考えないのだろうか。そんなことに気が回らないほど、追い詰められてしまっているのか。それとも、何か他に理由が……。

「優花」

 とんっ、と百合の人差し指が眉間にあたった。

「しわ寄ってる。考えすぎだよ」

「あ……」

 優花は思わず自分の額に手を当てた。百合の言うとおり、考えすぎていたせいか、頭の芯がぼんやりとしている気がした。

「あの子が犯人かどうかを考えても、今はわかんないよ。証拠もないし。思わせぶりに言ってみて、優花のことを揺さぶってるのかも。優花の反応を見て、また何か行動を起こすかもしれない。しばらくは様子を見よう」

「それって……泳がせるってこと?」

「まあ、そんなところ」

 大真面目にうなずく百合を見て、思わず優花は吹き出した。

「なんだか、百合、探偵みたいだね」

 百合が一瞬きょとんとした顔をした。それから、すぐにいたずらっぽく笑った。

「最近、ミステリー小説読んだせいかも」

 そのとき、ザンッ……とゴールネットにボールが入る音がした。新菜が鮮やかにスリーポイントシュートを決めていた。8組は、いつの間にか10点にリードを広げていた。そのまま、点を取りつ取られつを繰り返し、百合が最後の交代メンバーとして入って数分後、5点差で8組が6組に勝ったのだった。

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