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文化祭2日目~校門の前で

 校門のところで竜たちと合流した。なぜそこで合流したかといえば、優花たちの塗ったベニヤ板の絵が堂々と飾られているからだ。せっかくなので、みんなで色塗りした絵がどんな反応で見られているのかが知りたかった。

 圭輔と竜は何か話しながら優花たちのクラスの絵の前にいる。その脇をたくさんの一般客が通り過ぎていくけれど、誰もが必ずその絵を見上げて「おお」というような表情をした。反応は上々のようで、素直にうれしかった。

「あ、やっときた」

 件の絵の前にいる竜が優花と百合に気づいて振り返った。

「これすごいなー。他の絵と格が違うよ」

 全部のクラスの絵が飾られる前から栗林の絵がすごいことはわかっていたけれど、いざ実際に並べられてみると、申し訳ないが他の絵が無難に思えてきてしまう。

「ね、すごいでしょ。色塗ったの私たちなの。大変だったんだよ、ペンキ抱えてね」

 百合が嬉しそうに笑いながら言った。それを、圭輔が優しい眼差しで見ている。そのまま、百合はいつもの調子でしゃべり始めた。緊張している様子もなく、普段の百合と圭輔に見えた。

 優花と竜はアイコンタクトでそっと二人から距離をとった。見える位置にはいるけれど、会話が耳に入らない程度に。

「早く付き合えばいいのにな」

「ホント。じれったいね」

 とは言いつつ、このじれったい感じが百合と圭輔のペースなのだとわかっていた。周りから見たらわからないけれど、ちょっとずつ二人は前に進んでいるのだ。そんな過程を見るのが実は楽しかったりもする。

「でも、百合が圭輔と付き合い始めたら、やっぱり寂しいか?」

 不意に竜が訊いてくる。なんだかんだ自分のことを心配してくれているらしくて、優花は少し嬉しくなる。

「最初はそう思ったけど。何だろ。現実的になってきたら、そうでもないかもしれない」

「ホントか?」

 探るような目で竜が見つめてきた。優花はふっと微笑んで見せた。

「ホントだよ。今、あの二人見てるの楽しい」

 優花は視線を百合と圭輔の方に向けた。竜もつられるようにして同じ方を向く。百合と圭輔は相変わらずだ。百合がしゃべり続けて、圭輔がそれを聴いている。たったそれだけのことだけど、いいなと思える。

「竜だって、圭輔と遊べなくなっちゃうよ」

「なんだそれ。俺は気にしないぞ、別に」

 竜はわざとらしく明るい声で言った。その言い方がおかしくて、優花はクスクス笑った。竜も笑った。それだけのことが、優花を幸福感で満たしてくれるのだ。

「なあに? 二人、楽しそうだね」

 そのタイミングで、百合たちが近づいてきた。一通り話し終わったらしく、百合が満足げな表情をして、頬を上気させている。また百合が一段と可愛くなった。

「なんでもないよ。じゃ、どこ行く?」

「そうだ。天文部行ってみようか。高山くんがものすごく推してたし」

 高山の所属する天文部は、地学室内にプラネタリウムを自分たちで作ったらしい。プラネタリウム自体は毎年恒例だけれど、毎年夜空に移る星座を変え、精度を更に上げていっているのだという。

「じゃあ、そうしようか……」

 優花がうなずき、竜も圭輔も遅れてうなずこうとした、そのときだった。

「もしかして竜!?」

 キンッと高い声が響いた。

 びっくりして振り向くと、ちょっと派手めな服に濃いめの化粧をした、優花たちと同い年くらいの女子二人がいた。そのうちの一人が、目を丸くして竜を指さしている。

「え、誰……」

 完全に戸惑った様子の竜の呟きがこぼれたのと、指を指していた女子が竜の両手をつかんだのはほとんど同時だった。

「わかんない? 私、うららだよ。中二の時、うちの学校にいたでしょ。三ヶ月だけだったけど。そのとき付き合ってたでしょ、私たち」

 優花は呆気にとられてぽかんと竜とうららと名乗った女子を見た。竜は記憶を探っているのだろうか。瞬きもせずその女子を見つめている。

(なんだか、いやだ。竜が、知らない子を見てる)

 さっきまでの幸福感はシュンと消えて、今度はモヤモヤした気持ちが腹の底から膨らんでくる。

「あ……、木宮麗きのみやうらら?」

 竜がその名を呼んだ途端、麗と呼ばれた女子の表情がぱあっと明るくなった。

「そう! 思い出した?」

「いや……化粧してて、わかんなかった」

「あ、そっか。ごめんね。ちょっと気合い入れちゃったから。中学の時と雰囲気違うかもね」

「うん、違うね、だいぶ」

「きれいになったでしょ?」

「……まあ」

 彼女の問いに少し間があってから頷いた竜だったけれど、彼女はお構いなくキャッキャと喜びの声を上げている。

(きれい……って思ってないよね、ホントは)

 竜はそれを努めて表に出さないようにしているようだけれど、どことなく伝わってくるものだ。

(というか、いつまで手を握ってるの)

 うららはこの文化祭に来た経緯(一緒に来た友だちの友だちがこの高校に来ているらしい)を夢中で話していたが、その間決して竜の手を離さなかった。竜も竜で、彼女の手を振りほどこうとはせず、話に合わせて相づちを打っている。

(早く、話し終わらないかな)

 優花はだんだん腹が立ってきた。竜の横にいる自分の存在を完全に無視されている上に、麗はどんどん竜と距離を詰めている。

「いいこと思いついた。竜、一緒に文化祭見て回ろうよ」

 素晴らしい提案だと言わんばかりに、麗は目を輝かせたのと、「え」と優花が思わず声を出してのは同時だった。その声は確かに麗にも聞こえていたと思うのに、彼女は一切優花を見なかった。

「ええー。じゃあ、私はお邪魔ね」

 麗の後ろにいた友人が冷やかし口調でニヤニヤしながら言った。

「ごめんねー、英奈えな。まあ、友だちと合流して楽しんでよ」

「わかったわかった。麗はマイペースなんだから」

 英奈と呼ばれた友人は仕方なさそうに肩をすくめた。でもこの状況に慣れている様子で、大して気にとめた様子はなかった。

「じゃ、ごゆっくりー」

「ありがとー、英奈」

 英奈はさっさと立ち去っていった。そして素早くスマホを取り出し、誰かに連絡を取り始めたところで、彼女の姿が人混みの向こうに消えた。友人同士のあっさりとした別れ方に、思わず呆気にとられてしまった。

「じゃ、行こう、竜」

 麗がぐいっと竜の手を引っ張った。つんのめるように、竜の足が一歩出た。

(行っちゃう……!)

 考えるより早く、優花の手が素早く竜の服の裾をつかんだ。

 弾かれるように竜が振り返った。二人の視線が一瞬交わる。

(私、何してるの)

 慌てて手を離した。その手は行き所を失うと、ぎゅうっと堅く握られた。

 その時、初めて麗が優花を見た。一瞬睨み付けてきたかと思えば、すぐに竜の方を向いて愛想のよい笑みを浮かべた。

「どうするの? 一緒に行こう?」

 言いながら、麗は竜の腕に自分の腕を絡ませて更に接近した。竜はぎょっとした顔をしながらも引いた様子は見せなかった。

(なんだ。そんなに嫌な感じでもないんだ)

 優花はふいっと二人から視線をはずした。そして百合と圭輔の方を向いた。

「行こう」

「えっ……」

 百合がびっくりしたように優花を見つめた。

「竜は、その人と一緒に行くんだって」

「でも……」

 百合が何か言いかけたけれど、優花は黙って歩き出した。背中に、百合がついてくる気配を感じる。圭輔が竜に何かを言っているようだったけれど、周りの人たちの声に紛れてしまってわからなかった。

(私、何をしてるんだろう)

 竜はあの麗と一緒に行くなんて、一言も言っていなかった。行くのだと決めつけたのは、自分だった。なんでそんな風に言ってしまったのか、わからない。

 何も、わからなかった。

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