文化祭2日目~店番の時間
「圭輔ってば意地悪なんだよ。私たちが店番の時間に合わせてくるって言うの」
エプロンを着けた百合がプンプン怒りながら言う。しかし、優花にしてみれば怒っているではなく「のろけている」と言った方がよい。
「圭輔も何か占いするのかな」
優花もエプロンを着ながら的を外した質問をする。文化祭二日目の午前一番、優花と百合はクラスの出し物である「占いカフェ」の店員役をしている。実は店員は「メイド服でやる」なんて意見も出ていたけれど、そんな余裕はないとあっさり却下され、制服の上に各々が家から持ってきたエプロンを着るというだけになっていた。
「占うって何を?」
首をかしげる百合に、しれっと言ってみた。
「例えば、百合との今後の展開とか」
「て、展開って」
かああっと百合の顔が真っ赤になった。これが面白くて、ついからかってしまう。
「だって、圭輔がちょっとかわいそう。期待を持たせてそうな、でも不安をあおるような感じで」
「仕方ないじゃない。正直な気持ちに従ったんだから」
(正直な気持ちって言うか、端から見れば結果はわかるんだけどなあ)
優花は密かに苦笑いをする。
百合と圭輔は今、言うなれば「友達以上恋人未満」だ。百合は、結論を出さなかったのだ。
幼馴染みとしてずっと接してきた圭輔は好きだけど、その好きがどういう好きかがわからない。かといって、これから圭輔以上に好きな人ができる気もしない。自分の気持ちの正体がちゃんとはっきりするまでは、今まで通りでいて欲しい、と。
圭輔はそれである意味吹っ切れたというか、開き直ったというか。それならば、百合に男として見てもらえるようにこれから努力する、と。
焦らず待つことにした圭輔を、優花はかっこいいと思った。たぶん、それは百合も同じだと思う。百合は気づいていないのかもしれないけれど、最近の圭輔と一緒にいる百合は、今まで以上に可愛らしくて、瞳が輝いている。うらやましいと思うほどに。
(時間の問題だろうな)
二人が本当に付き合い始めるのは、きっと遠くない未来だ。わざわざ占うほどでもない。
そんな話をしている間に、来場客が姿を見せ始めた。昨日は学校内だけで行われていたのでそこまでの盛り上がりはなかったけれど、今日は外部に向けても一般公開されている。そして、校庭では三年生がそれぞれのクラスで飲食店の屋台を出していることもあって、昼頃にはさらに大勢の人が来ることが予想される。
優花たちが接客を始めてから間もなく、竜と圭輔が二人でやってきた。結局、数馬たちは行かないということになったので(小さい愛実を人混みに連れて行くのは可哀想だという話になったのだ)竜は圭輔と一緒に来ることを選んだのであった。
「来てやったぞー」
ニカッと白い歯を見せて竜が笑う。その隣で、妙に硬い表情をした圭輔が立っていた。
(ホントにこの時間に来た)
とりあえず二人を席に案内する。席は普段の机にテーブルクロス風に布をかぶせただけのものだ。
「じゃあ、とりあえず占いメニューでも選んでください。今なら待ち時間なしです」
優花は手に持っていた表を渡す。選ぶと言っても三種類だ。タロット、手相、動物占い。
「なんだ? 動物占いって」
「性格診断とか、気になる相手との相性診断とか。生年月日で占うんだって」
と説明しつつ、優花もよくわかっていない。占いチームの人たちからは、どれにすればわからないという人には動物占い、もうちょっと本格的に占いたいのならタロット、手相だと言われた。そういう風に説明すると。
「といっても、特に占いたいこともないんだけど」
竜がメニュー表を返しながらそんなことを言うので、優花は思い切り顔をしかめた。
「じゃあ来なくていいじゃないの」
「優花たちがいるから来たんだよ。せっかくなら、知り合いがいるところに行った方が面白いじゃん。圭輔は百合がいるところに行った方がいいだろ?」
竜が投げかけると、圭輔は明らかに動揺した。ついでに優花の横にいる百合もなんだかうろたえていた。
「じゃあ、占っていってちょうだい。動物占いあたりでいいんじゃない?」
「そうだなあ。圭輔はどうする?」
動揺したままの圭輔が「え」と小さくつぶやく。
「俺も特に、ない……」
「嘘つけ。百合とこれからどうなるか知りたいくせに」
「そ、それは」
竜の発言に更に動揺する圭輔。そして百合。もじもじして、お互いの顔すら見ていない。でも、二人の周りの空気がほわほわと温かい感じになっている。
(なんなのこの二人。早くくっついちゃえばいいのに)
チラリと竜の方を見た。竜はやれやれといった感じでちょっと肩をすくめる。竜も同じように思っているのだろう。優花も応じるように肩をすくめて見せた。
結局、二人とも動物占いになった。優花たちは別の接客に入ってしまったので、二人が占いで何をどう言われたのかは知らないけれど、後で聞いた竜の感想は「なるほどって思った」、圭輔は「まあ、ためになった」ということだった。
「後どれくらいで二人は当番が終わるの?」
竜が帰り際に尋ねてきた。
「あと十分くらい」
「じゃあ、終わったら連絡してよ。俺たち、近くで適当に回ってるから」
「わかった」
当番の後、四人で文化祭を見て回ることになっている。百合と圭輔、二人で行けばいいじゃないかと言ったのだが。
「無理、無理! 圭輔と二人で何話したらいいかわかんない」
という百合の言葉と、圭輔も圭輔で「ハードルが高い」という発言をしたので、仕方なく優花と竜もそれに付き合うという流れになったのだ。どうやら意識しすぎて二人とも普段通りにできないらしい。
(まあここは、温かい目で見守ってあげましょう)
二人の邪魔にならない程度に、一緒にいようと思った。それに。
(百合たちがいれば竜と一緒にいてもあんまり誤解されなくて済むかな……)
実は、そんな打算も少しあった。竜と二人きりでなければ、また変な噂も立てられないかと考えた。けれども、それは甘かったとすぐにわかった。
「ねえ、橘さん」
当番が終わる間際だった。片付けをしているときに話しかけられて振り返ると、遠野夏葉が友人二人を従えて立っていた。内心、なんか来た、と思ったけれど努めて表情に出さないようにした。
「さっき来てたの、あの親戚の子だよね?」
親戚、というところをわざと強調して言ってくるあたりがなんだか嫌みったらしかった。
「そうだよ」
普通に応える。それ以上は応えない。本来なら、会話もできるだけしたくない。
「やっぱり、仲がいいんだね。親戚には見えないくらい」
(どこから見てたんだろ。ずっと見てたのかな)
竜たちは何分も前にもうここから移動してしまっているのに。それとも、誰かが夏葉に連絡したのだろうか。どちらにせよ、監視されているようで気味が悪かったし、その言い方にも腹も立った。
「親戚と仲良くしてたらいけない?」
思わず言い返してしまった。言い返したところで、彼女たちは優花の言葉に耳を貸さないし、自分たちの都合のいいように解釈するだけだとわかっていた。陰で言われている分には無視をしていればいいけれど、面と向かって言われてしまうとやはり我慢できなかった。
「誤解されるような行動はしない方がいいんじゃないの? 先輩にもそんなこと言われていなかった?」
「そうだね。でも大丈夫だよ。先輩には竜が来ることは言ってあるから」
竜が来ることは予め長谷部に伝えていた。むしろ、竜と一緒に来る圭輔のことを伝えなければいけないと思ったのだ。心の準備もなしに圭輔に会うのはよくないことではないかと思って、ちょっと緊張しながら事の次第を伝えたのだけれど、長谷部は「そうか」と案外あっさりした反応をした。
「つまり、うちの文化祭が圭輔の初デートの場所になるんだね」
などと、楽しそうに笑う余裕も見せて、優花は拍子抜けしたくらいだ。
(このままこの人たちと話してても、らちがあかないよね)
軽くにらみつけてくる夏葉たちを一瞬だけ見やってから、優花は小さく息を吐いた。しかし、どう切り上げたらいいものか。思案していると。
「優花、そろそろ時間だよ」
横から、百合が優花の袖を引っ張った。百合はハラハラした面持ちで優花を見つめている。
「うん。わかった」
百合が助け船を出してくれたのだ。それに乗って、優花は彼女たちの前から立ち去った。背中からの視線が痛かったけれど、無視した。
(気にしない、気にしない。気にしないようにしなきゃ)
堂々としていればいい。悪いことはしていないのだから。と、思いたかったけれど、悪いことをしている気がしている。自分の気持ちを隠したまま、長谷部と付き合っているフリをしているのだから。結局、嘘なのだから。
(もしかしたら、彼女たちも嘘だって感じているのかな。おかしいって思っているのかな)
エプロンをとりながら、優花はぐっと奥歯をかみしめた。




