文化祭1日目~応援部の演舞
文化祭の初日は、派手なオープニングセレモニーから始まった。体育館には、制服姿の学生と、色とりどりの衣装をまとった学生とが入り混じっている。衣装を着た学生たちは、オープニングで何か出し物をするのだ。オープニングプログラムのほとんどは部活の発表会で、それぞれ持ち時間十分程度で何か披露する。
トップバッターは吹奏楽部だった。オープニングにふさわしい、アップテンポの流行りの曲だ。場内の空気が震え、温度が上昇したように感じる。今年、わが校の吹奏楽部は地区大会で金賞を受賞し、そのまま全国大会まで行ったという。様々な楽器の音が一つに重なる様は、素晴らしいの一言だ。音楽に詳しくない優花でも、レベルの高い演奏だということがわかる。
「すごいねえ。練習は大変だって聞くけど」
隣に座っている百合がこそっとささやいた。優花も小声で「そうだね」とうなずく。
吹奏楽部が終わると、次に書道部がステージに上がった。三人の女生徒が白地の衣に紺の袴を履いて、自分の背丈ほどの大きな筆を持っている。彼女たちは音楽に合わせて大きな筆を操り、作品を完成させていった。それから、いろいろな部活の発表が順繰りに行われていく。
優花は、プログラム表を見ながらだんだん落ち着かない気分になってきた。今はダンス部が軽快な踊りを披露しているところだ。これが終わったら、次は。
「次は、応援部による演舞です」
アナウンスが流れて、ドキッとする。ふと、長谷部のはにかんだ笑顔が思い出された。
「いよいよ、先輩が出てくるね。楽しみ?」
またまた百合が小さくささやいてきた。今度は完全に冷やかし口調だ。
「もう、百合ってば……。明日は圭輔が来るくせに」
少し反撃を打った。的外れかもしれないけれど、今の百合にはこれでいい。
「なっ……なんで今それを言うの」
そう言いながら、百合の頬が一瞬で真っ赤に変わった。それを見たら、ふふっと思わず笑ってしまった。
「ほら、始まっちゃう」
百合が余計なことを言い始める前に、ステージへ視線を促した。
ステージ中央に運び込まれたのは大きな和太鼓だ。長ランを着て、白い手袋をはめた応援部の男子がその両サイドに片膝ついて座っている。
照明が落とされて、太鼓だけにスポットライトが当たった。そのとき、ドンッ……と、大きな音が一つ鳴らされる。体育館中の窓ガラスや扉がビリビリと震えた。数拍空いて、もう一度、ドンッ……と音が響く。今度は震えていた空気が、止まる。
パッとステージの全照明がついた。いつの間にか、応援団員がずらりと並んでいる。中央に立つのは白く長いはちまきを締めた二年生の新団長だ。優花は知らない人だけれど、なんとなく宮瀬と似た雰囲気を持つ人だと思う。
新団長が体を反らしながら何かを叫んだ。第何回文化祭……という感じの内容だった気はするが、正直言って聞き取れなかった。そんなものかもしれない。そんなことを考えているうちに、周りの団員たちが呼応して声を張る。その列の端の方に丸い人影があった。
「河井くんだね」
百合の言葉に優花はうなずいた。丸い体を反りながら、河井が必死に声を張り上げているのが伝わってくる。
太鼓がテンポよく打ち鳴らされると、それに併せて団員たちが声を張りながら腕を振り始めた。まずは普通の応援の形。一糸乱れぬ、切れのある動きだ。でも次第に太鼓はリズミカルな調子になり、フォーメーションを変えたり、足を鳴らしてみたり、時には組み体操のような形になったり。確かに、応援というよりは「演舞」だった。
一演目が終わると、太鼓の音とともに舞台上の団員たちが後ろに下がって並ぶ。間髪入れず、宮瀬を先頭に三年生の団員五人が一列に舞台上に上がってきた。三年生たちは長ラン、白手袋、赤く長いはちまきに加えて同じ色の襷を締めている。中央に宮瀬が立ち、向かって左に長谷部が立った。
控えめに、キャアッと黄色い声が上がったのが聞こえた。間違いなく長谷部の登場による歓声だ。彼女らが控えめなのは、その場の雰囲気を壊さないように配慮したのだろう。
(やっぱり、人気者だあ)
そんなことを思いながら壇上の長谷部を見た。すると、長谷部の視線が優花の方を向いた。
(え、こっち見てる?)
舞台上からはよく見えるのだろうか。あらかじめ、優花の場所を把握していたのだろうか。どちらにせよ、確かに長谷部は優花を見つめていて、一瞬だけ口の端をあげて笑った。
優花が思わずドキッとした瞬間、校歌が流れ始めた。でも、いつも聴く校歌ではなく、伴奏が派手になっていて、テンポも速い。どうやら応援団仕様になっているらしい。校歌に合わせて太鼓も打ち鳴らされ始め、舞台後ろで控える一、二年生たちが大声で歌い始めた。
(うわ、すごい)
中央にいる宮瀬の大きく切れのある動きに合わせるように、両サイドの三年生はきっちり左右対称に手を激しく振る。あまりに正確な動きは、まるで合わせ鏡をみているようだ。
初めは三年生五人のみの動きだったけれど、途中から後ろの団員たちも歌だけでなく演舞に加わり、迫力が増した。時に全員でピタリと一致した同じ動きをしたり、立ち位置を変えて変化をつけたり動きは忙しない。
普段の校歌にはない間奏で、掛け声が入った。
「後輩にぃー捧ぐ!」
宮瀬が野太い声で叫び、腕をびしっと横に振る。それに呼応して、向かって右端の三年生が叫ぶ。
「悔いのなき高校生活を」
後ろに並ぶ後輩の部員たちが「おう」と揃った声で応じる。
「仲間を大切に」
左端の三年生が叫べば、また後輩は「おう」と応じる。
「勉学をおろそかにするな」
右から二番目の三年生が叫ぶ。「おう」とまた応じる。
(この順番で来るなら、次は)
ドキドキして、優花は無意識に両手を膝の上で組んでいた。そして。
「何事にも楽しめ」
長谷部の、高くもなく、低すぎもしない澄んだ声が真っ直ぐに飛び込んできた。優花は組んでいた両手の力をさらに込めた。
以前、楽しんだもの勝ちだと長谷部は言った。その言葉は、初めて聞いたときから優花の中にずっと残っている。長谷部が人知れず抱えている辛さを知っている今は、尚更心に重く響く。
(先輩の、この三年間の想いなんだ)
優花が長谷部を見つめていると、また視線が合った。今度は笑っていない。真剣な眼差しに心臓が跳ねる。
再び歌の部分になり、激しい演舞が展開された。太鼓もまた大きくかき鳴らされて、会場全体が揺れている。校歌が終わると直ぐさま、宮瀬が三三七拍子を叫んだ。応援部と一緒に、会場全体が拍子を合わせる。三三七拍子が二度繰り返されて、演舞が終了した。
会場から、大きな拍手が巻き起こる。さっきまで控えめだった女子たちの黄色い声が大きくなり、会場全体は異様な盛り上がりに包まれた。
そんな中、優花だけはぽつんと長谷部をまだ見つめていた。
(どうしてだろう。なんだか、切ない気分だ)
盛り上がりに置いてけぼりにされたまま、優花は組んだ手を胸の前に持ってくる。
長谷部の気持ちを思った。自分の中に芽生えてしまった気持ちを考えた。折り合いがつけられない、二つの心。
(この気持ちを、楽しむなんてことは、私には……)
優花は歓声の中でただ一人、静かに沈んでいった。




