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告白ののぞき見

 今日の公園は、平日とは違ったにぎやかさがある。百合とおしゃべりによく来る高校近くの公園は、いつもは学生や子どもが多いけれど、今日は小さな子どもを連れた家族連れが目立つ。大人の姿があると、公園の雰囲気も少し変わるなと、優花は木陰で思う。

「ねえ、こんなところで見てて大丈夫なの?」

 優花は目の前の背中に問いかける。

「大丈夫だって。ここなら隠れて見えないし、声も聞こえないし」

 竜は振り返ると、にっと白い歯を見せて楽しそうに笑った。

「そういうことじゃないんだけど……」

(だから、これって完全に覗きだって。人の告白なんて見ていいものじゃないよ)

 そうは思うが、優花にも好奇心があった。竜をここから連れ出す気持ちより、好奇心が勝ってしまっている。結果、木に隠れる竜の後ろに隠れるようにして優花もここにいる。

 二人の視線の先には、ひとりベンチに座っている圭輔がいる。圭輔はぐっと両拳を膝の上で固く結んでいた。

「すごい緊張してそうだけど、大丈夫かな」

「大丈夫じゃないか? 本人が来ちゃえば開き直るだろうし」

「そういうものかなあ」

 そんな会話をしていると、子どもたちが遊ぶ向こう側に百合の姿が見えた。ふわっとした白いシャツに、落ち着いた感じのオレンジ色のスカートをはいている。おさげの髪が不安そうに揺れているように見えた。

「百合、オシャレしてきたんじゃないか?」

「んー、たぶん」

「やっぱ、ちょっと意識してるんだよ」

「そうかなあ」

「おしゃれするって、そういうことじゃないの?」

「そうかもしれないけど、別におしゃれの全部がそういうわけじゃないと思う」

「なんでそう悲観的なんだよ」

「悲観的なんじゃなくて、現実的なこと言ってるの」

 そんな言い合いをしているうちに、圭輔が百合が来たことに気づいて立ち上がった。立ち上がっただけで、その場から動かない。代わりに、百合が一歩一歩、少しずつ距離を狭めていく。

 百合が圭輔と微妙な距離を置いて立ち止まった。少しの間をおいて、圭輔が何か言った。百合がうなずいて、また少し近づいて、ベンチに座る。一人分のスペースを空けて、圭輔が遅れて座る。

「なんか、よそよそしいね。二人とも」

「仕方ないだろ。いろいろあったばかりだから」

「まあ、そうだね」

 ともかく、事の成り行きを見守るしかない。二人は何か話しているようだけれど、優花たちのいるところからは何も聞こえない。わかるのは、二人が一定の距離を保ったまま、目も合わせないでいることだけだ。

「なんかじれったいなあ。さっきはあんなに勢いづいていたのに」

 優花はだんだんイライラしてくる。あのファミレスでの圭輔の勢いは何だったのか。圭輔に対する疑念が再び沸いてきているのを感じていると。

「段階踏めって言ったのは優花だろ」

 と、竜が振り返って言った。ちょっと図星を指された気がして、優花は言葉を詰まらせる。

「ここは落ち着いて見守ってやろう」

「っていうか、本当はここで見守ってちゃいけない気がするんだけど」

「まあ、そこは固いこと言わず」

 なんだかんだ、ここから立ち去るという選択肢のない二人なのだった。

 百合と圭輔の距離はその間にも縮まっていない。でも、穏やかな空気が二人の間に流れているような気はする。

(もしあの二人が付き合うことになったとして、やっぱり百合は圭輔と居る時間を増やすのかな)

 そうなったら、百合と放課後おしゃべりする時間も減るのだろうか。圭輔は仕事があるので、会える時間は限られる。だからこそ、圭輔との時間を優先するのが普通のような気がした。

(それはそれで、仕方ないのかな)

 ちくりとした寂しさを感じた。この寂しさの感覚を優花はすでに知っている。

 初めてその感覚を知ったのは、数馬が佳代を家に連れてきたときだ。でもその時は佳代だけでなく他の友だちも男女織り交ぜてたくさん来ていたし、しかも二人は付き合っていなかった。でも幼いながらに何か感じるものがあった。女の勘というには大げさだけれど、このままでは佳代に兄をとられてしまうと焦った。焦って、その友達の集まりにわざと割り込んで兄にべったりくっついたりした。兄は妹を邪険にすることはなかったけれど、きっと迷惑だったに違いない。

(今思えば、恥ずかしい)

 それからしばらくは、不必要に兄にくっついて回っていた。今側にいるのをやめたら、自分は一人になってしまう。なぜかそんなふうに思っていた。

「あの二人が付き合い始めたら、邪魔しちゃいけないね」

 心の中で思ったつもりだったけれど、竜がびっくりして振り返ったので、声に出してしまっていたことに気づく。

「優花は、あの二人にうまくいってほしくないのか?」

 心配そうに竜が首を傾げた。

「優花は最初から圭輔に協力的じゃなかったしな。そんなに嫌だったか?」

 耳の垂れた子犬の表情をしているので、優花は胸の内でくすっと笑った。

「違うよ。そういうわけじゃない。ただ……」

 その先を言うのがためらわれて思わず口をつぐんだ。でも、竜は黙って続きを待っている。その沈黙が悪いものではなくて、不思議な安心感があった。竜になら、本音を言ってしまってもいいと思った。だから優花は微笑んで見せた。

「友だちをとられちゃうような気がしてるだけ。そんなことないって、頭ではわかってるけどね」

 こっちは笑顔を見せているというのに、竜は心配そうに優花を見つめているだけだ。

(言わないほうが良かったかな)

 そう思いかけた時だった。竜の手がポンポンと優花の頭を優しくたたいた。

「大丈夫だよ。優花は一人になるわけじゃないよ。俺だっているじゃん」

 とくん、と心臓が揺れる。ゆっくりだけれど、大きく。触れられているところから、揺れが伝わってしまうのではないかとハラハラする。けれども。

(この揺れが心地いい)

 できるならば、この揺れにしばらく身を任せたいと思う。竜にこの揺れが伝わってほしくないけれど、伝わってしまってもいいような。矛盾した気持ちが揺れに合わせて行ったり来たりする。

「そうだね」

 優花はそれだけ答えた。竜はふっと微笑むと、すっと手を離した。その微笑みが何となく悲しそうに見えて、優花は少し眉を寄せる。

「それに、優花にはあの先輩がいてくれるから、大丈夫だろ」

 さっきまで触れられていた髪に、冷たい秋風が滑り込んできた。心地よく揺れていた心臓が、今度はざわざわと騒ぎ始める。

「先輩は別に……関係ないじゃない」

 やっとのことで言葉を絞り出す。でも、間髪入れずに竜の言葉が飛んでくる。

「だって、一応付き合ってるだろ?」

 ぎゅっと心臓が締め付けられる。声が震えそうになるのを、必死に耐えた。

「付き合ってる『フリ』だよ。本当じゃないのは、竜だって知ってるでしょ」

「それでも、あの先輩が優花を一人にするとは思わないよ。直接守ってやるなんて、気障に言ってたし」

「それは、学校での話で……」

「学校だけじゃなくなるよ、きっと。フリをしてるうちに、本当になることだってある」

 そこで、竜はふいっと優花から視線を逸らし、また圭輔たちのほうに体を向けてしまった。ここで話は終わりだと言わんばかりに、竜の背中が優花の言葉を拒絶しているのがわかった。

(なんで、急にそんなこと言うの)

 その背中を見つめていたら、なんだか目頭が熱くなってきた。このままだと泣きそうだと思った。

(まるで、私が先輩と付き合うのが本当になってほしいみたい)

 その考えにたどり着いた途端に、暗い空洞が胸の中に生まれた。さっきまで感じていた心地よさがすべて吸い込まれていく。涙すら、引っ込んでいった。

「……私、やっぱり帰るね。百合に悪いし。あとで話聞くから」

 一歩、下がりながら言った。早くここから離れたい。

「そっか。わかった」

 竜は少しだけ視線を優花に寄越しただけで、すぐに元に戻ってしまった。

 くるりと反対のほうを向くと、優花は速足でその場をあとにした。竜が追いかけてくるかとちょっと期待したけれど、そういうことは起きなかった。いったい何を期待しているのだろうとばかばかしくなって、また気分がふさいできた。

 そんな気分のまま自転車置き場までやってきて、かけていたカギを外す。

 早く家に帰ろうと思う。早く帰って、愛実の相手をしてもいいし、夕食の用意を始めたっていい。けれども、どのやる気もなにも沸いてこない。自転車にまたがる気分さえなくて、今自転車を押しながらとぼとぼと歩いている。

(ダメダメ。家に着くまでに、気持ち切り替えなきゃ)

 無理やりにでも切り替えようと、息を大きく吸った。冷たい空気が、肺の中に広がっていくのを感じていたら。

「あれ? 橘さんだ」

 ギクッとして息が止まった。おそるおそる振り返る。

「……河井くん?」

 丸い恵比須顔の河井が、両手に大きなレジ袋を提げてさらににこにこと笑う。

「どうしたの? こんなところで。あ、花崎さんちに行ってたとか?」

「え、あ、まあ、そう。そんなところ。河合くんは? 荷物多いね」

 とりあえずごまかして、話題を変えた。今までしていたこと(人の告白の覗き見)については話せない。

「あー、これ? 今応援部の練習中なんだけど、休憩に食べるやつをいろいろ買ってきたところ。俺は一番下っ端だから」

「大変そうだね。手伝おうか? 自転車の籠に乗せちゃえばいいよ」

「え? いいの?」

「うん。学校すぐそこだし」

 河井には悪いけれど、少しだけ気分転換になりそうな気がしたのだ。落ち込んでいた気分が、河井の笑顔で少しだけ晴れた気もする。

「じゃあお願いしようかな。実はこっちの飲み物がちょっと重くてさあ。でも一人で大丈夫ですって言っちゃった手前、他のやつ呼びづらかったんだ」

 そういう河井の右手にあった袋の中には、二リットルのペットボトルが四本も入っていた。左手にも三本入っている。他に菓子パンやらお菓子。甘いものからしょっぱいものまでいろいろある。

「すごい量だね。応援部ってそんなにいたっけ?」

「今日は文化祭のリハーサルもあって、全員集まってるんだよ」

「全員?」

 ってことは? そこで優花は(それはまずい)と思った。でももう引き返せない。

「そうだよ。宮瀬先輩や長谷部先輩も来てるんだ。あ、ついでに挨拶してく?」

「え、あ、いや……。私、制服じゃないし。中に入るのちょっと」

「大丈夫だよー。今日は土曜だし」

 そういうことじゃないんだけど。とにかく今は会いたい気分ではないのだ。特に長谷部には。

 荷物だけ運んで、会わないようにさっと帰ろう。家で用事があるからと言って、急いで見せれば大丈夫。そう思っていたのに。

「おーい、河井。やっぱ一人だと大変だろ……って、あれ?」

 校門前までやってきたとき、学ラン姿の背の高い人影が手を振っているのを見て。神様はなんて意地悪なんだろうと優花は胸の内で思った。

「橘さん、どうしたの?」

 にっこりとさわやかに笑いながら近づいてくる人は、今一番会いたくなかった人だった。

「えっと……偶然そこで会って」

 どうしたらいいのかわからないまま、優花は長谷部に向かって愛想笑いしてみせるのだった。

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