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圭輔の相談

 百合と話し終えてから帰宅後。夕飯を作っている時だった。

「なあ、優花」

 野菜を炒めていた優花の横に竜が並んだ。

「今度の土曜日、時間ある?」

「土曜? あるけど、なんで?」

 手を止めないまま聞き返す。聞き返しながら、似たようなやり取りを学校でも朝方したなと考える。

「じゃあさ、ちょっと話を聞いてやってくれないか?」

「話って、誰の?」

「圭輔」

 思わず手を止めて、竜の顔をしげしげと見つめてしまった。竜は「やっぱり」と言いながら、ちょっと気まずそうな表情を見せた。

「その様子だと、百合からなんか聞いたよな?」

「まあ、ね」

 再びフライパンに視線を戻して、優花は菜箸を動かす。

「竜も、圭輔からなんか聞いた?」

「まあ、聞いたよ。だいたい」

「じゃあ、私が何の話を聴けばいいの? 竜が聴いてあげたんでしょ?」

 竜が話を聞いたのなら、自分が出る幕はないと思う。聞いたところで、何ができるとも思わなかった。

「百合がどうしてるか知りたいって。それから、どうしたらいいのか聞きたいってさ」

「どうしてるも何も、だいぶ悩んでいたけど?」

「それで?」

「……それで、って?」

 優花は火を止めると、竜を振り返った。竜は困った表情で頭をかきながら尋ねてきた。

「圭輔はどうしたらいいと思う?」

「そんなの、自分で考えればいいじゃない」

「だから、百合がどうしてるかわからないのに、どうしたらいいかわからないだろ?」

 なんだか腹が立ってきた。百合に話を聞いたときにも圭輔に腹が立ったけれど、今は竜にもなんだかムカついてきている。

「ってことは、百合の態度次第で出方を変えるってこと?」

 思わず口調が鋭くなった。そのせいで、竜が一歩下がったのを見たが、かまわず睨み付けた。

「そりゃ、当てずっぽうにやっても失敗するからさあ……」

「失敗? 失敗って何を」

 ずずいと優花は竜に詰め寄って、菜箸の先を向けた。それを竜が指さして言う。

「優花、それ怖い」

「いいから答える」

 包丁ではなく菜箸なのだからまだ優しいほうだと優花は考える。あきらめた様子で、そのまま竜は話を続けた。

「だってさあ、好きな子に何の策もなくアタックするのはどうかと思うし」

「最初から策なく行動したのは圭輔じゃない」

 間髪入れずに言い返すと、竜がぐっと言葉を詰まらせた。

「それなら、最初からちゃんと段階踏めばよかったのよ」

 そうだけどさあ、とぼやきながら、竜はため息をついた。

「でも圭輔の気持ちもわかるぞ。ただの幼馴染から全然進展してない上に、百合が高校生活結構楽しんでるだろ? もしかして高校で出会ったやつに取られるかもって焦ってたみたいだし」

「焦って……?」

 優花が少しだけ菜箸を下ろしたので、竜はいくらか安心したような表情を見せた。

「あの二人、中学まではずっと一緒にいたわけだろ? 学校だって一緒に通ってたっていうし。でも今はそうじゃない。一緒にいたくてもいられないんだ。でも圭輔ってあんな感じだろ? 自分から言えないんだよ。でも気持ちだけがあるからさあ。つい、突っ走ったらしい」

 確かに、圭輔は無口だ。表情にも感情が出てこない。自分からこうしたいということを言えない性格だろうことは大体想像がついた。つくけれども、だからと言って理解してやれるわけでもなかった。

「だからさ、頼むよ。圭輔に協力してやってくれないか? 優花にしか頼めないんだ。……ダメか?」

 首をかしげて優花の様子をうかがう竜が、しょんぼりと耳の垂れ下がった子犬に見えた。そう思った途端に、不覚にもドキドキし始めてしまった。

(こんな顔されて、どう対処すればいいのよ)

 取り急ぎ視線を逸らす。それを変に思われたくなくて、フライパンに残ったままの野菜炒めをお皿に移す作業を始めた。横から、竜がじいっと見つめてくる気配がして、手が震えそうになる。

「……私、圭輔には協力しない」

「え?」

 すべての具材がお皿に移り、優花はゆっくりとフライパンと菜箸を置いた。そして竜を思い切って見る。

「私は百合の味方なの。百合がやっぱり圭輔のことは幼馴染としてしか見れないっていうなら、なおさら圭輔には協力できない」

 竜は一瞬目を瞠った。それから、小さくうなずいた。

「そうだな。それは正しいな」

 あまりにあっさり同意されて、ちょっと拍子抜けした。もっと食い下がってくるかと思っていたのだ。

「でも、百合はまだ悩んでるだけなの。だから、今は圭輔の話ぐらい聴いてあげる。百合次第では、圭輔に協力できることだってあるかもしれないし」

 その言葉に、竜の顔がパッと明るくなった。垂れ下がった耳がピンと立つのが見えた気がいた。もしかしたら、尻尾も振っているかもしれない。

「ありがとう優花。恩に着るよ!」

 竜は優花の両手を包むようにぎゅうっと握ると、上下に大きく振った。心底嬉しそうな笑顔がまぶしい。

「圭輔に連絡してくる」

 パッと手を放すと、竜はいそいそとキッチンから離れてリビングに置いてあるスマホのほうへと向かった。

 優花は、竜の不意打ちの行動で思考が停止していた。辛うじて浮いたままになっている手と手を合わせてぎゅっとつかむ。

(竜の手って、あんなに大きかったっけ)

 優花の手より大きくて、厚みがあって、力強い。一瞬だったけれど、触れられたところが異常に熱い。

(ほだされたってこういうことかなあ……)

 そっと手をさすりながら、ふうっと息をつく優花だった。



 そして約束の土曜日がやってきた。駅前のファミレスに入ると、すでに圭輔はやってきていて、大きな体を申し訳なくなるほど縮めながら、目の前の水の入ったグラスを鋭く睨んでいる。知らない人が見れば、そのアンバランスな光景に不気味さを覚えるに違いない。そんな圭輔の前に、優花と竜は並んで座った。

 そのまましばらく、沈黙が流れる。

「緊張しすぎだって」

 軽い口調で竜が言った。もう一度圭輔の反応を待ってみたけれど、言葉を発するどころか微動だにもしない。優花と竜は顔を見合わせてため息をついた。

「とりあえず、なんか注文するか」

 竜が取り繕うように言うと、メニューをテーブルに広げた。とりあえずドリンクバーを頼むとして、軽く食べられそうなものを選ぼうとページをめくっていると。

「今日は俺のおごりだから、好きなの食ってよ」

 突然、圭輔が小さな声で言った。

「俺のために、来てもらったわけだから」

 水のグラスを睨んでいる時と体勢は全く変わっていない。優花と目を合わせようともしない。

「だからあ、圭輔のためじゃないの。私が来たのは百合のためなの」

 ちょっとだけ、圭輔のまぶたが動いた。本当に、一瞬痙攣するように。反応があまりに薄すぎるので、優花はなんだかイライラし始めた。

「圭輔次第では、話の途中でも聞かないで帰るから」

「ちょっと待った、優花」

 優花のイライラを敏感に感じ取って、竜がなだめに間に入ってきた。

「最初からあんまり責めるなって」

「だって」

「ともかく、おごってくれるっていうんだからさ。な?」

 しばらく竜を睨みつけていたけれど、らちが明かない。優花はわざとらしいほど大きくため息をついてから、メニューの一番後ろのページを開いて指さした。

「私、これ食べたい」

 優花の人差し指の先には、分厚いアップルパイに大きなバニラアイスの乗ったデザートの写真がある。さっき、入り口のポスターを見て気になった、期間限定のアップルパイアラモードだ。値段は他のデザートよりも高めだ。

「わかった」

 圭輔はしっかりうなずいた。その様子を見て、優花はイライラを鎮めることにした。

(それなら話を聞いてあげようじゃないの)

 決してアップルパイアラモードにつられたわけではない。と、頭の隅で思う優花なのだった。



 圭輔から聴いた事の顛末も、百合から聴いたものとほとんど同じものだった。知ってはいたけれど、圭輔のサイドから見たらどのようになっているのかが知りたかったのだ。百合の味方だけれども、完全に百合寄りの見方だけしていたら、ちゃんとしたことが見えなくなってしまう。

 百合の話と圭輔の話の違いをあげるなら、圭輔は順序だてて淡々と話したことだ。百合は時々脱線しながら、感情がこみあげてしまって話に詰まることもあった。

(時間が少し経ってるのもあるかもしれないけれど)

 それにしても、あまりに冷静に話しているから、本当に悩んでいるか疑わしくなる。

「……百合は、どうしてる?」

 話の終わりに、ボソッと圭輔が言った。独り言のようで、一瞬質問されていることに気づかなかった。

「学校では普通にしてるよ。でも、時々ぼんやりしてる」

「ぼんやり?」

「たぶん、考えてる。いろいろ」

 百合は確かに、考えているのだろう。圭輔のことをどう思っているのか。よくわからないままなのか、それとも幼馴染以上にはなれないと思っているのか、まだ優花には話していない。優花も、無理に聞いたりしない。

「考えてるってことはさ、まだ望みはあるかもしれないんだろ?」

 横から竜が入ってきた。優花は煮リンゴをフォークで刺しながら少しだけ肩をすくめた。

「さあ。だって、わからないって言ってたし」

「わからないなら、どっちに転ぶかわからないってことじゃないか」

「幼馴染として以外、考えたことないとも言ってたけど」

「それは今までの話だろ。今はちょっと意識し始めてるかもしれないじゃん」

「やっぱり幼馴染以外考えられないって結論になってるかもよ」

「なんでそんな意地悪な言い方すんだよ」

「私にしてみれば、どうしてそんな楽観的な考えができるのかが不思議」

「希望は持ったほうがいいじゃないか」

 むうーっと竜とにらみ合った。いつものことだが、どうしてこう話が平行になってしまうのか。竜の言わんとしていることがわからないわけではないけれど、やはり受け入れがたいものがある。なぜか反発の気持ちが生まれてしまうのだ。

「わかった」

 突然、圭輔が声を出した。思ったより大きな声で、思わず目を丸くする。

「俺、ちゃんと百合に告白する」

 思わぬ宣言に、しげしげと圭輔を見つめてしまう。圭輔が、こんなにはっきり何かを言ったことがかつてあっただろうか。

「そうだよな。百合の気持ちは百合に聞かなきゃわからない。よく考えたら、俺、ちゃんと言ってないんだ。だから、百合も悩むんだ」

 圭輔は一人うなずくと、すっかり氷の解けた水をくいっと一気に飲み干した。

「優花。百合を呼んでくれ」

「え?」

「百合、俺から連絡しても全然返事を寄越さないんだ。だから、今、ここに呼んでほしい」

「え、今? ここに?」

 今、ここで告白しようっていうのか。急な展開についていけないで、あたふたしてしまう。それは竜も同じようで。

「今、ここでっていうのは、少し考えたほうがいいんじゃないか?」

 焦った様子で助言している。

「俺たちがいたんじゃ、百合だって困るだろうし」

「そ、そうだよ。場所はここじゃないほうがいいかもよ? もう少し落ち着いて話せそうなところ、考えよ? そしたら呼んでみるから」

 圭輔はしばらく考えたあと「わかった」と渋々うなずいた。内心ほっとしながら思う。

(意外に、突っ走っちゃうタイプだったんだなあ、圭輔は……)

 いつも無口で、ドンと構えているような性格だと思っていたのだが。結構回りが見えなくなってしまうところがあるようだ。

 そうして、三人で少し話し合ってから、優花は百合に電話を入れた。事情を軽く話して、百合の反応を待つと。

「いいよ」

 と、張り詰めた様子の声が返ってきた。

(こっちが緊張してきたんだけど)

 心臓が妙に高鳴っていくのが不思議で仕方なかった。

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