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初めての体育祭 前編

「そういえば、もうすぐ体育祭だよな」

 九月最後の金曜日。夕食の団欒の中でふと数馬がつぶやいた。

「そうだよ。来週の水曜日」

 会話の流れで優花が答える。

「水曜日だと平日だから見に行けないよなあ」

「えー、お兄ちゃん。見に来る気だったの?」

 びっくりした視線を優花は兄に送った。数馬は一瞬きょとんとした表情になったけれど、すぐに気づいた様子で「そっか」とうなずいた。

「高校の体育祭に保護者はいないな」

「……そっかあ、もう優花ちゃんの運動会を見に行くこともないのね」

 佳代がしみじみと思いだすように合の手を入れる。

 両親が亡くなってからは、運動会はいつも数馬と佳代が見に来てくれていた。優花の通っていた小学校、中学校では、お昼のお弁当の時間は保護者と一緒に食べるのが決まりになっていた。三人で校庭の隅にレジャーシートを広げてお弁当を食べた思い出が浮かぶ。

 優花と数馬達が思い出にふけっていると。

「それじゃあ、俺が観に行こうかなあ」

 と、竜が言い出した。

「は? 何言ってんの?」

 馬鹿なことを言うなと抗議を込めて発言したつもりだったが、何にも響いていない様子で竜は言葉を続けた。

「うちの会社近いし。ちょっとした休憩時間にでものぞきに行っちゃおうかなーって思ったんだけど」

「やめてよ。意味わかんない」

「だって、高校の体育祭ってなんか楽しそうじゃん」

「竜は参加できないし」

「そんなのわかってるよ。雰囲気だけ味わってみたいなーって」

「いい。来なくていいから。むしろ来ないで」

「そんなに言わなくったっていいじゃん」

 竜の口ぶりからは、冗談なのか本気なのか読み取れなかった。冗談であることを願うしかなかった。竜には特に来てほしくなかった。

(だって、どうしたって先輩が同じチームにいるし……)

 自然と一緒にいることが多いと思った。長谷部から話しかけてくるだろうし、優花もそれに応じていると思った。そんな場面を竜に見られるのは気まずい。また竜に誤解されるのは嫌だった。

(誤解がとけたかどうかは、わからないけど……)

 あの日以来、長谷部の話題に触れることがなかったので、竜の中でどんな処理をされているのかがわからなかった。かといって、自分からわざわざ話題を吹っ掛けるのもおかしい気がして、結局確認できずじまいだ。

 なんとなくの不安を抱えながら、優花は体育祭の当日を迎えるのだった。



 うろこ雲の広がる澄んだ秋空の日、いよいよ体育祭は幕を開けた。クラスカラーの鉢巻きを締めた高校生たちがグラウンドに集まっている。クラスによっては、鉢巻きだけでなくクラスTシャツを作って気合を入れているところもある。

「それにしても、うちの組は派手だねえ」

 のんびりした調子で百合が言った。百合の頭には明るいオレンジ色の鉢巻きが締められている。そして体育着ではなく、これまた揃いの明るいオレンジ色をしたTシャツを着ている。

「そうだねえ」

 優花は、やはり同じく派手な明るいオレンジ色をした自分のTシャツに目をやった。当然、自分の頭にも同じ色の鉢巻きがある。

 三学年クラス縦割り対抗の体育祭は、それぞれの組で色が決められている。一組が赤、二組が白、と言った具合に割り振られている。そして、優花たち八組の色はオレンジ色。それも妙に蛍光色寄りのオレンジ。それだけでもずいぶん派手なのだが、Tシャツまで同じ色なものだから、余計に目立つ。おかげで、グラウンドの端にいようが、集団の中に紛れていようが、すぐに八組の生徒を見分けることができた。

 簡単な開会式のあと、早速、二年生のクラス対抗種目、台風の目からスタートした。中学生のときにも同じ種目はあったけれど、迫力がまるで違った。体が中学生より大きいからなのだろうか、力が強いからなのだろうか。いや違う、と思う。全員が全力なのだ。棒の端を持って大きく回る人も、中心で遠心力に耐えて回る人も、誰もが声を出しあって、校庭に砂ぼこりを目いっぱい巻き上げて走り抜けていく。転ぶ人も続出してはいたけれど、それでも力を緩める人はいなかった。

(最初からこんなに飛ばしちゃうんだ……)

 これからまだ、三学年合同のクラス対抗種目と、選抜リレーなども残っているのに。つくづく、イベントごとには力の入る学校だなと思う。優花はこの勢いについていけるか少し不安になった。

「ぼんやり見てるね」

 不意に声をかけられて、反射的に振り返る。そこには、にこにこと笑う長谷部が立っていた。長谷部もまた、派手な蛍光オレンジのTシャツを着ている。

(先輩には……似合わない色かも)

 別に、格好悪いとは思わない。普通に着こなしているとは思う。でも、何となくこの色合いは長谷部のものではないと感じた。

「圧倒されてたりする?」

「えっと、まあ……はい」

 素直にうなずくと、長谷部は少し苦笑いした。

「わかるよ。俺も一年のときはびっくりした」

 周りから応援の声がどんどんと大きくなっていく。悲鳴混じりの歓声も聞こえる。その中で、二人は取り残されたように、ただ黙って目の前で繰り広げられる熱い対決を見守っていた。

「これは八組の勝ちだね」

 つぶやくように長谷部が言ったとき、オレンジ色のチームの旗が高々と掲げられた。アンカーがクラスの旗を揚げ切ったのを確認し、ゴールとなるルールだった。

「幸先がいいね」

 にっこりと長谷部が微笑みかけてくる。

(今、来ていないよね、竜……)

 そんなことが心の隅に引っかかっていて、優花は「そうですね」と微妙な調子でしかうなずき返せなかった。

(なんか変だよね、今の私。どうして、こんなこと気にするの……)

 自分で自分がよくわからない。気持ちの整理がつかなかった。そんな疑問と不安を抱えながらも、体育祭のプログラムは進行していく。

 一年生のクラス対抗種目は「玉入れ」だった。それぞれのクラスカラーの玉をかごに放り投げる。それだけなら何の変哲もない「玉入れ」だが、一味違うのは、対戦相手の玉を自分のクラスのかごに入れると加算されるというシステムだった。となりのクラスのこぼれ玉を入れるもよし、奪いに行くのもよし。そんなルールのため、かごの配列は公平を期すために円形に並べられるのだった。

 いざ、開始のホイッスルが鳴らされると、クラスによって対応が分かれた。とりあえず、自分のクラスの分を入れようとするところ。まずはほかのクラスのを奪いに行くところ。優花のクラスはその半々だ。半分のクラスメイトはクラスの分を入れ、半分は奪いに行っている。優花はとりあえずクラスの分の玉を放り投げている。

(うわ、とられちゃう)

 入れ損ねた玉を拾おうとすると、他のクラスの人が八組の分を奪っていってしまう。他クラスのこぼれ玉を拾って投げても、入らない。優花は球技が苦手なのだ。

 あまり貢献できた気がしないまま、終了のホイッスルが鳴った。

「八組は四位かあ。まあまあ、かな?」

 席に戻りながら、百合が楽しげに言った。百合は割と隣りのクラスの玉を取りに行ったりして楽しんでいたらしい。優花にそんな余裕はなかった。

(さすが百合だなあ。楽しめてるんだから)

 自分はどうでもよさそうなことが心に引っかかってしまっているというのに。

(そうだよ。何にも考えちゃダメ。楽しまなきゃ損なんだから)

 優花は大きく息を吸い込んだ。秋の空気が一気に肺の中に入ってくる。少しだけ、心の中のもやもやが取れたような気がした。



 体育祭のプログラムは順調に進んでいき、次は各クラスの応援合戦となった。一組から順番に披露するので、優花たち八組は最後となる。

 以前長谷部が言っていた通り、応援合戦の出来はクラスによってまちまちだった。一組はそれなりにまとまっていたけれど、二組はグダグダで、歌だけが流れていてよくわからなかった。これを審査するのは生徒会、体育祭実行委員、そして先生たち。いくつかの評価項目があって、その合計点がそのまま体育祭の採点に反映されるという。

(他のクラスの初めて見たけど、うちのクラスはマシなほうかも)

 ギリギリになって振り付けの変わった八組だったけれど、だいぶ簡素化したおかげか、みんな割とすんなり覚えることができた。フォーメーションの移動もあるが、そこまで複雑ではない。

「なんか、緊張してきた。間違えちゃいそう」

 となりにいた百合が振り付けの書いてある紙を見ながら言った。

「そんなこと言われると、こっちもそんな気がしてきちゃうよ」

 できるだけ考えないようにしていたことを言葉にされて、優花も途端に不安になる。覚えたつもりではあるけれど、本番ではちゃんとできるのかわからない。実際、全体で合わせたのは一回きりなのだ。

「大丈夫だよ」

 ぽん、と肩をたたかれて振り向くと、長谷部がニコニコして立っていた。その横に、宮瀬も一緒にいた。

「間違えても誰も分かんないって。適当に周りに合わせてれば」

 割と大きめな声で宮瀬が言うので、周りでは苦笑しつつほっとした空気が流れた。それを感じて、みんなも同じようなことを考えていたのだと知る。


「次は、八組によるパフォーマンスです」


 案内の放送が流れて、七組の生徒と入れ替わって八組の生徒たちがそれぞれの配置へと走る。優花もその流れに乗ってポジションに着く。

 一瞬、静まり返った。一呼吸おいて、スピーカーから耳なじみのイントロが流れ始める。アップテンポのビートに乗り足でリズムを刻み始めた。

(このあと、タイミング合わせて……ジャンプ!)

 優花が思ったタイミングと、周りのタイミングがぴったり一致して、オレンジ色の集団がふわっと宙に浮いた。その瞬間、わあっと観客が沸いた。

(うわ。盛り上がってる)

 夢中で振り付けを追いかけながら、他のクラスの人たちも手拍子をしているのを見た。さすが、今年一番の流行りの曲だ。サビの部分の振りは本家のものをそのまま踏襲していたおかげなのか、クラス関係なく(若い先生も含めて)一緒に同じように踊っているのが楽しかった。

 パフォーマンスの時間はあっという間に過ぎ、最後、全員で同じ決めポーズをして曲が消えていく。消えたと同時に、拍手と歓声の嵐がきた。周りを見れば、振り付けを担当していた三年生たちがハイタッチをして成功を喜んでいた。リーダー格だった女子は泣きそうな様子にも見えた。

(なんか、いいなあ)

 遠巻きに見ながら、そう感じる優花だった。

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