長谷部の素顔
食事をしながら、長谷部は優花をからかい、時々優花も反撃したりした。でも、そんな応酬ばかりでもなく、映画の感想を話したり、学校の話をしたりと、割と普通な会話もしていた。そんなやり取りの間に、優花の緊張はだいぶほぐれていった。そして、いつの間にか二人のハンバーガーとポテトは無くなり、飲み物もほとんど氷だけだった。
「甘いものでも食べようか」
言うが早いか、長谷部は優花の返事を待たずに立ち上がる。
「買ってくるから、ちょっと待ってて」
「え、あ、あの」
戸惑う優花を置いて、長谷部はさっさと階段を下りて一階に行ってしまった。
一人になって、少し長い溜息をついた。さすが長谷部というべきなのか、今の今まで会話は途切れることなく、優花が気まずい思いをすることもなかった。でも、慣れないことをしているせいだろう。急に疲れを覚えた。
(プレゼント、まだ渡せてないな)
カバンの中に入っているプレゼントに意識が向かった。
昨日、百合と一緒に選んで買った。百合が宮瀬からリサーチした意見を参考にしたものだった。
映画館でも渡すタイミングを計っていたけれど、そんな暇はなかった。食事中も、会話が途切れた間に渡そうかとも考えたが、ほとんど途切れることがなかったし、そのちょっとした間もうまくタイミングがつかめなかった。
(いい加減、渡さないと)
今度こそタイミングをつかもうと決心し、しばらく待っていると、長谷部がトレイを持って階段を上がってきた。トレイには、カップに入ったソフトクリームが一つと、水の入った紙コップが二つ乗っていた。
「どうぞ」
まるでウェイターがするように、長谷部はソフトクリームと水を優花の前にそっと置いた。
「先輩の分は?」
「俺はいいよ。橘さん食べて。あ、これは俺のおごりね」
「でも、私が食べるのにそういうわけには……」
優花が財布を出そうとするのを、長谷部はやんわり遮った。
「映画もハンバーガーも、橘さんってきっちり自分の分払っちゃってるし。これくらいかっこつけさせてよ。安いんだから」
長谷部はさわやかに笑うと、気障っぽくウインクして見せた。これでお金を無理やり渡そうとするのは、かえって失礼なのかもしれない。そう思って、優花はうつむきつつうなずいた。その時、思いついた。
(今がそのタイミングかも)
カバンを閉じるのをやめて、優花は小さな包みを一つ取り出した。
「先輩。あの」
水を飲もうとしていた手を止めて、長谷部が優花を見る。一瞬恥ずかしさがこみ上げたけれど、思い切って手の中の包みを差し出した。
「え?」
長谷部がきょとんとした顔になる。
「その、プレゼントです。誕生日の」
まじまじと長谷部は優花を見つめた。あまりに真っ直ぐな視線に、優花はたまらず目をそらし、ただ包みをさらに前に突き出した。
「……ありがとう」
ややあってから、包みを受け取る感触があったので、ゆっくりと手を離した。そして、おそるおそる上目遣いに長谷部の様子をうかがった。
「開けていい?」
ちょっと戸惑い顔の長谷部が尋ねてきた。優花は小さくうなずいた。
長谷部の細長い指が、丁寧に包みを開けていく。ただそれだけ動きなのに、しなやかで妙に色っぽく見える。優花はドキドキしながらただその様子を見守っていた。
「ハンカチ?」
包みから出てきたのは、グレーのストライプ模様のハンカチだった。昨日、百合と一緒にお店を見て回っていた時、この見本品を触ってみて、上品な質感が気に入った。これなら長谷部にふさわしそうだと感じ、すぐに決めることができた。ほとんど迷うことがなかった。
「ありがとう。大事に使うよ」
照れくさそうに、長谷部はふわりと微笑んだ。今まで見たことのない笑顔だった。胸のドキドキがさらに早まって、心がざわざわと落ち着かなくなった。
(こんな笑い方もするんだな)
また違う一面を見つけた、と思った。こうして一緒にいればいるほど、初めて会った時の印象と変わっていく。でも、唐突に気づいた。
(違う。私が、こういう人だって決めつけてただけだ)
印象が変わったのではない。ただ、思い込みで長谷部を見ていただけで、本当の姿を知らなかっただけだ。それに気づいただけでも、確かにデートする価値があった。思い切って今日の約束してみてよかったと、自然に思えた。
「ほら。アイス溶けちゃうよ」
長谷部はちょっと早口で、食べるように促してきた。照れ隠しのように見えた。
「はい。いただきます」
優花は微笑んで、素直にうなずいた。
 




