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竜の誕生日会

 パーティーはちょっとしたサプライズから始まった。驚いたのは竜ではない。優花と百合が驚いた。

「圭輔!?」

 百合が口に手を当て大声を出す。

 大荷物を抱えて入ってきた数馬と竜に続いてリビングに入ってきたのは、なんと圭輔だった。圭輔は、大きな背中を所在なさげに丸めながら会釈した。

「なんで? なんで圭輔来たの?」

 百合の疑問に、竜が荷物を片付けながら答えた。

「買い物しながらさ、なんとなく思ったんだよ。俺の誕生日会なのに、俺の招待客がいないなあって」

 その時、思い至ったのが圭輔の存在だった。数馬に許可を取って、竜は圭輔に電話した。

「百合もいるし、美味いもんあるぞ」

 そう言って圭輔を誘った。すると「美味いもんがあるなら行く」と圭輔は答えたそうだ。

「ちょっと。私は関係ないの?」

 百合がむくれた顔をしたので、圭輔は少し焦った表情をして「そういうつもりじゃ……」と頬をかきながらつぶやいた。それが火に油を注いだのか、百合はますます怒って圭輔に詰め寄っていった。

「というか、竜は圭輔と連絡取りあってたの?」

 百合と圭輔の幼馴染二人の攻防をさておいて、優花は竜に尋ねた。四人で一緒に遊園地に行ってからひと月以上過ぎていたけれど、今まで竜から圭輔の話を聞いたことがなかった。

「まあ、たまに。仕事の後とかに会ったりして。圭輔、原付の免許もう持っててさ。どんな感じで取ったか聞いたりしてた」

 だから今日もここに来るとき、圭輔は数馬の車に乗ったわけではなく、原付で後ろからついてきたという話だった。

「そうだったんだ……」

 相槌を打ちながら、優花はちょっとショックを受けていることに驚いた。同じ家に住んでいて、まったく知らなかったし、気づかなかった。

 別に、優花にわざわざ報告する必要のないことだ。「そうだったんだ」で済ませれば、それで済むことだ。優花も頭でわかっている。でも、なんだか、竜に隠し事をされていた気分になってしまった。

(別に、竜はそんなつもりないんだろうけど)

 少しもやっとした気持ちを抱えたまま、優花はパーティーを始める準備にとりかかるのだった。



 愛実がびっくりして起きないように、乾杯は小さく控えめに行った。カチン、と六人でグラスを合わせる。でも、それから間もなく愛実の泣き声が寝室から聞こえてきた。佳代は飲みかけのお茶をテーブルに置いてすぐに愛実のところに向かった。

「四人で楽しんでてくれ」

 数馬はそう言って、佳代の後に続いて行ってしまった。

「赤ちゃんがいる生活って、大変そうだね」

 四人だけになってから、百合がぽつりとつぶやいた。

「さっき私たちが料理作ってる間も、佳代さん、基本的に抱っこし続けてたもんね」

「なんか、ベッドに寝かせるとすぐ泣いちゃうんだよね、最近」

 背中にまるでスイッチがあるかのように、ベッドに寝かせた瞬間愛実は泣き始める。抱っこすればピタリと泣き止む。そして再びうとうとして眠るけれども……とひたすら繰り返す。文字通り、手が離せない状況だ。

「確かに大変だけどさ、可愛いから世話焼いちゃうんだよなあ。赤ん坊って不思議だよ」

 竜がコーラを飲みながらしみじみと言った。手が空いていれば、竜は愛実を積極的に抱っこした。むしろ抱っこしたがって、時に数馬と愛実を取り合っている。この間、「大きくなったら俺のお嫁さんになるか?」とふざけて愛実に話しかけて、数馬に思い切り「誰が嫁にやるか!」と突っ込まれていた。

(竜は、いいお父さんになれるんだろうな)

 楽しそうに愛実を抱っこしている竜を見ながら、優花はいつも思う。それはきっと、育ての父の影響なのだ。改めて、葉山広樹という人の器の大きさを感じた。

「で、料理食っていい?」

 会話の途切れ目を見つけて、圭輔が言った。「美味いもん」につられてきたのだから、早く食べたくてしょうがないのだろう。

「俺が一番先だぞ。一応俺が主役なんだからな」

 我先にと竜が唐揚げに手を出した。それを見届けて、圭輔もポテトフライに手を出した。そして、遊園地のお弁当のときと同じように、二人は感想も言わずひたすら食べた。

「美味しい?」

 念のため聞いてみた。そして、予想通りの答えが二人から返ってきた。

「不味かったら食わない」

 優花と百合は顔を見合わせて思わず笑ってしまった。



 それから、作った料理を食べて、用意したジュースを飲んで、取り留めのないことをずっと話した。話をするのは主に竜と百合で、優花がたまに合いの手を入れ、圭輔は黙ったままうなずいていた。ただそれだけのことだったけれども、とても居心地のいい空間で、気が楽だった。

 料理も半分ほどになったとき、数馬と佳代と愛実が戻ってきた。愛実は数馬に抱っこされながら、黒目がちな瞳をどこともなく宙に向けていた。

「よし。みんな揃ったからケーキ出そうか」

 優花は冷蔵庫からケーキをそっと取り出した。そして、いちごが崩れないように慎重にテーブルまで運び、竜の目の前に置いた。

「うわ、すげえ! マジで作ったの? これ」

 目の前に置かれたケーキを見て、竜が目を輝かせた。それだけでも、作った甲斐があったというものだ。竜の表情を見ているだけで、胸の奥からじんわりと温かくなってくる。

「え!? ろうそくまであるの!? 本格的だな!」

 さすがにろうそくを十六本用意するのも立てるのも手間だったので、数字の「1」「6」が型取られたろうそくを真ん中に立てた。そして、その手前には「竜 おたんじょうびおめでとう」と書かれた楕円形のチョコレートプレートを置いた。 

「じゃ、電気消すよ」

 ろうそくに火が付いたところで、佳代がスイッチを押した。カーテンは閉めたけれど、まだ外には傾きかけの夏の日が出ているので、そこまで暗くはならない。それでも、ろうそくの温かい赤い灯りが竜の笑顔を照らし出した。

「火を消すときは、心の中でお願い事をするとかなうんだよ」

 百合が楽しそうに言った。

「お願い事かあ」

 竜は少し上を見上げて考えた。そしてすぐにうなずいて、ニッと白い歯を見せて笑った。

「うん。決めた」

 その願い事とは何だろうと思う。でも、聞かなかった。お願い事は、聞いてもいけないし、人に話してもいけないものだ。心の奥底で温めるから、願いが叶うのだと思った。

 ちょっと恥ずかしいけれども、ハッピーバースデーの曲をみんなで歌った。その間、竜がはにかみながらも微笑んでいる。その微笑む瞳が、ろうそくの火に揺れて光る。

 そして、竜がふうっと息を吹き、火が消えた。ほんの一瞬、暗くなる。でもすぐに視界が戻って、みんなの表情が見えた。誰もかれもが、幸せそうに微笑んでいた。

 佳代が再び電気のスイッチを入れた。ろうそくから、小さな煙がまだ立ち上っていた。竜は微笑みながらまだそれを見つめていた。

「じゃ、ケーキを切り分ける前に」

 優花は百合に目配せした。百合が満面の笑みでうなずき、隅に置いておいた紙袋を持ってきた。

「竜。誕生日おめでとう。これ、私たちから」

 え? と竜が目をぱちくりさせる。

「誕生日にはケーキとプレゼントでしょ?」

 百合がずいっと紙袋を竜の眼前に差し出した。竜はのろのろとそれを受け取った。そして、茫然としたまま手の中の紙袋を見ていた。

「開けてみてよ」

 優花がうながすと、竜はやはりのろのろと中身を取り出して、包みをそうっと開いていった。

(先輩のアドバイスで、選んだプレゼントだけど……)

 気に入ってくれるかどうか、ハラハラドキドキしながら様子を見守った。中からタオルが出てきた。鮮やかな紺色をベースカラーにした、シンプルなスポーツタオル。同じく、青緑色をベースにした熱中症対策用のタオル。

「なんとなく、竜は青のイメージだったから……」

「優花が選んだの?」

 目を皿のように丸くして、竜が優花を振り返る。

(選んだのは、私……だよね)

 長谷部のアドバイスがあったけれども、最後に決めたのは自分だ。色やデザインも、優花が決めた。だから、小さくうなずいてみせた。

「一応、俺からもあるぞ。さっき誕生日だって聞いたから、家にあるもん持ってきただけだけど」

 不意に圭輔が言った。圭輔が放るように竜によこしたのは、CDだった。パッケージを見る限り、洋楽らしい。

「お前が何好きかわからないから、俺が好きな音楽にした」

 圭輔はイギリスのそのバンドが好きなんだよね、と百合が補足した。優花は詳しくないのでどんな名前のバンドかわからなかったけれど、幼馴染ということもあって百合は知っているらしかった。

「実は……私たちからもあるのよ」

 そこで、佳代が遠慮がちに言った。

 佳代は数馬と顔を見合わせてからうなずきあうと、細長い小さな箱を取り出した。竜が恐る恐るそれを開けると、中には腕時計が入っていた。

「安もんだけどな。仕事してると、必要になるときもあるだろ」

 働いている立場ならではのチョイスだと優花は思った。確かに、働いているなら時間は大切だ。

 竜は何も言わなかった。タオルと、CDと、腕時計を抱えたまま、放心しているように見えた。

(気に入らなかったかな……)

 何の反応もないので、不安な気持ちで竜を見守る。優花以外の面々も、じっと竜の様子を見つめていた。

「……あの、俺」

 ささやくように、竜がようやっと声を出した。そして、ゆっくりとみんなの顔を見回しながら言った。

「俺、このうちに来られて……佳代姉さんと数馬さんと、百合と圭輔と……。優花に会えて、よかった」

 誰も何も言わなかった。ただ、それぞれがそれぞれのタイミングで、微笑みながらうなずいた。

「一生、大事にします。これ」

 竜は少し手に力を込めて、受け取ったプレゼントを自分のほうに引き寄せた。

「ありがとう」

 そして、少し頬を赤らめながら、本当にうれしそうに笑った。

「十六歳、おめでとう。竜」

 優花は言った。言いながら、やっぱり誕生日はいいな、と改めて思ったのだった。


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